愛していた方に側妃になれと言われました
⚫︎あらすじ
幼い頃に出会ったヘクター王子に、そっと片想いを寄せ続けていた伯爵令嬢セレサ。
彼と婚約を結ぶことができたのに彼からの扱いはそっけないものだった。
そしてある日――告げられる。
「側妃になれ」
ヘクター王子にはどうしても正妃にしたい相手がいるらしい。
その一言で一気に冷めたセレサは、行方をくらますことにした。
初恋を捨てて幸せになる令嬢の話。
⚫︎登場人物
・セレサ……主人公令嬢、ヘクターに想いを寄せていた
・ヘクター……第一王子、主人公の婚約者
・フィニア……ヘクターが正妃に望む相手
初恋というのは、呪いのようなものなのかも知れません。
貴族に生まれた以上は普通は初恋をそっと胸に秘めておくものでしょう。しかしなまじ私はそれが叶ってしまったものですから、振り向いていただきたいなど愚かな考えをしてしまったのです。
努力をすれば愛していただけるのでは、と夢を見ていました。家庭教師や教育係の方に優秀だとお褒めに預かっておりましたから、私こそが伴侶に相応しいと思っていただけるだろうと考えていました。
冷たい瞳で、無感情な声で、告げられるまでは。
「セレサ。余の側妃になれ」
大事な話があると言われて……もしかすると数ヶ月後に迫る結婚式についてのことではないかと浮かれていましたらこれです。
喉が急速に乾き、張り付く感覚。どうにか声が震えないように気をつけて答えました。
「私に何か不足がございましたでしょうか」
「正妃は華やかな女性が好ましい。貴女は公務とそれなりの社交は任せられるが、それだけだ」
華やかさ……?
私は今まで、そんなものは求められてきませんでしたのに、いきなり何をおっしゃっているのでしょう。
第一王子ヘクター殿下の婚約者、ひいては妃として必要なものは全て身につけたつもりです。
金の髪に橙の瞳。太陽のごとき輝かしい美貌と朗らかな笑顔に、幼い頃の貴族子女の集まりでお姿を拝見した私は一目で惹かれて、己の人生を殿下のために全て捧げてきました。
それでも、足りなかったというのですか。それとも最初から殿下の眼中にはなかった?
婚約者に選ばれたはいいものの、ヘクター殿下から笑いかけられたことはほとんどなくて。
お慕いし続けていたのは殿下の笑顔をもう一度見たかったから。日に日に減っていく顔合わせは殿下が忙しからだろうと思って……いいえ、思い込んで、ここまでやってきたのです。
ああ、なんと愚かな私。
「つかぬことをお伺いしますが、正妃に据えたい方がいらっしゃるのなら、お名前を教えていただきたく」
「……アウロン伯爵令嬢フィニアだ」
私は公爵家の出。後ろ盾としては最適に思えますが、アウロン家は事業が右肩上がりだとかで他家のものを買収することで広大な領地を誇る大富豪。
しかもフィニア・アウロン伯爵令嬢は社交界でかなり人気のある方。故にヘクター殿下は私を側妃としても構わないとお考えになったわけなのですね。
たいへん理に適ったご判断ですから、父も王家とアウロン家との衝突を避けてあっさり認めてしまうことでしょう。
私の心を置き去りにして。
好き、でした。
たとえそこに熱がなくとも目を向けていただけたら嬉しかった。言葉を交わすだけで満足だったのに――私の胸にあった想いが急速に色褪せていくのを感じます。
側妃というのはつまり予備。
正妃が孕めなかった場合、その代わりとなるのが側妃の務めであり、あとは雑多な公務をこなすくらいなもの。
私に、そんな道具になれと殿下はおっしゃるのです。
百年の恋も冷めます。冷めたあとに残るのは貴族としての義務のみですが、それすらどうでも良くなるくらいに虚無が私を覆い尽くしていきました。
飼い殺しにされるのは御免です。
殿下のお傍にいられる他の女性を見なければならないのなんて、もっと嫌。
だから――。
「恐れながら殿下、私は側妃になる気はございません」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
殿下はたいへん困った顔をなさいましたが、もはやそれが私の心を揺することはなく。
父にこのことを報告すると言って馬車に乗ってお暇させていただきました。
今まで頑張り続けた反動がきたのでしょうか。
私は数十日間にわたって寝込んでしまい、それを理由に側妃のお話は殿下が諦めてくださったと病床にて耳にしました。
一度も見舞いに訪れてくださらなかったのは、殿下の中で私は所詮いてもいなくても構わない存在でしかなかったからに違いありませんね。
私とヘクター殿下の婚約は解消。嫁ぎ先を失ってしまったわけですが……。
「いつまで傷心のふりをしている。まさか嫁ぎたくないなどと言い出すまいな?」
ヘクター殿下と最後にお会いした日から一月が経とうという頃、いい加減我慢ならないと父が私の元を訪ねてきました。
「申し訳ございません」
ヘクター殿下への愛を失った今、一体どうやって生きていけばいいかわからないのです。
なるべく美しく見えるようにと整えていた髪も肌もすっかりボロボロ。まるで魂の抜けた亡骸のようになってしまっていた私は、父に謝ることしかできません。
なのに。
「まあいい。お前の縁談を見つけた。体の調子が悪くとも構わないからそこへ嫁いで務めを果たせ」
「縁談、ですか」




