婚約破棄されたドブ鼠令嬢ですが、初恋の白馬の王子様が迎えに来てくれました
ジャンル:異世界恋愛
簡単あらすじ
ドブ鼠――鼠獣人であるマウラーレは、人の国でそう呼ばれていた。
政略結婚で人の国の皇太子に嫁ぐ予定だったマウラーレ。しかし皇太子はマウラーレをよく思っておらず、周囲の人間たちと共に「ドブ鼠」と罵り、挙げ句の果てには公衆の面前で婚約破棄を告げた。
「その薄汚いドブ鼠を殺してしまえ。獣人の国には後で戦争でも仕掛ければ良いのだからな」
皇太子の独断で暗殺されそうになったマウラーレ。しかし彼女をとある人物が迎えに来て……?
ドブ鼠。
この国でマウラーレはいつもそう呼ばれていた。
獣人の国ニーヴィオと人の国シェロンガーが同盟関係を結んだ証として、シェロンガーの皇太子とニーヴィオ獣人国の名家の令嬢マウラーレとの婚約が結ばれ、彼女が人の国にやって来てからずっとだ。
最初こそ歓迎されたものの、マウラーレが鼠臭いのが気に入らないのか、それとも掌に乗ってしまうほど小さい体が嫌だったのか。
気づけば皇太子とその一派から「ドブ鼠」と呼ばれていて、いつしかそれが定着してマウラーレは罵られるだけの存在となってしまった。
――私だって嫁ぎたくて来たわけじゃないのに。
それでも必死に耐えていた。どんな辱めを受けても、怒りに任せて噛み付いたりしないように。
でも、その努力は全部無駄だったらしい。
「マウラーレ! 貴様のような汚らわしいドブ鼠と結ばれてやる気はない。皇太子ミゲル・ディア・シェロンガーの名において、貴様との婚約を破棄する!」
「ドブ鼠にはこれがお似合いだ」と言われて着させられた真っ黒なドレスを纏い、お菓子が並べられたテーブルの上にちょこんと座っていたマウラーレは、大きな声に驚いて背後を振り返った。
そこにいたのは皇太子ミゲル。燃え盛るような赤髪の彼は、威圧的にこちらを睨みつけている。その視線が怖くて、マウラーレは尻尾をブルリと震わせた。
「……み、ミゲル様。理由をお伺いしても?」
「貴様などもう不要だ。俺は真に愛する女性を見つけた」
そう言う皇太子の腕に抱かれているのは、マウラーレとは似ても似つかない大きな体をした人間の少女。
ああ、確かに彼女の方が皇太子にお似合いなのかも知れない。彼女もミゲル皇太子と一緒になってマウラーレを罵り、それだけではなく踏みつけたり毒を食べさせようとしたりと散々ひどいことをしてきた。心根が腐った者同士、仲良くやっていけるのだろう。
でも、だからと言って、こんな場所――大勢が参加している夜会の真っ最中で婚約破棄しなくたっていいのに。
とことんマウラーレを馬鹿にしている態度に腹が立った。でも、ここで揉め事を起こしたらダメだと、怒りに震える歯を食いしばった。
「わかり、ました」
「悔しいだろう? 元々貴様などには俺の婚約者など務まらなかったのだ。獣人国の王が我が国との友好関係を望むからこそ婚約者を寄越すことを条件に同盟を呑んでやったが、貴様を俺の婚約者にあてがうなどとち狂っているにも程があるだろう。ああ、本当に貴様には腹が立つ。だがそれも今日までの話だ。これから俺は、彼女と共に生きていくのだからな!」
「ミゲル、嬉しいっ」
あまりの怒りを抑えられず、髭が逆立ってしまう。
彼女と共に生きていく? それは別に構わない。だが別れるならさっさと別れてほしい。どうして貶められなければならないのか。マウラーレはいい加減我慢の限界だった。
「……では私は祖国に帰ります。婚約破棄に伴い同盟も解消。これでいいですね?」
「ちんけなドブ鼠のくせに生意気を言うなよ。
理由はこうだ。『哀れなドブ鼠嬢が急死してしまったため、婚約を破棄せざるを得なかった。条件を全うできなかったドブ鼠嬢の有責により、同盟は破棄』。
なあに、構わん。獣人の国には後で戦争でも仕掛ければ良いのだからな」
え、とマウラーレが声を漏らしたと同時に、皇太子は叫んだ。
「――衛兵、その薄汚いドブ鼠を殺してしまえ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マウラーレは必死で抵抗した。
衛兵が振るう剣に噛みつき、彼らの腕によじ登って骨を噛み砕いたし、地面を這いずり回って会場から逃げ出そうとした。
殺されるわけにはいかない。こんなところで死にたくはなかった。
しかし、最後には捕らえられてしまった。
他でもない皇太子ミゲルの手によって。
「哀れなドブ鼠よ。最後に言い残すことはあるか」
凶悪な笑みを浮かべる皇太子にスッと腕を伸ばす。
しかしマウラーレの爪が彼の顔に届くことはなかった。尻尾をぶん、と振り回しても、虚しく皇太子の手に叩きつけられるばかり。わずかなる反撃も許されてはいなかった。
嫁ぎたくもない相手の国に行って、虐げられて我慢して、婚約破棄されたと思ったらこうして今殺されようとしている。
自分のここ数年を振り返ったマウラーレは泣きそうになった。本当はしたいことがたくさんあった。結婚を誓った人だっていたのに。それが全部奪われてしまった。
獣人に生まれたのが悪かったのか、こんな鼠だからいけなかったのか……。
そして死を覚悟した、その時だった。
ご意見などございましたら、よろしくお願いします。




