ドアマットヒロインの義妹はざまぁされたい
ジャンル:異世界恋愛
⚫︎登場人物
・シビル……主人公。元平民の伯爵令嬢で、虐げられヒロインの義妹。
・メリンダ……シビルの義姉。いわゆるドアマットヒロイン。
・伯爵……クズ。
・現伯爵夫人……シビルの母親にして金狂いのクズ。
・ダグラス……メリンダの婚約者。こっちもクズ。
⚫︎あらすじ
平民だったシビルはある日突然、伯爵令嬢になる。
快くヘラナック伯爵に迎え入れられたシビルだが、彼女の義姉となるメリンダは誰からも愛されない可哀想な人だった。いわゆるドアマットヒロインだったのだ。
「……あなたがシビルさんなのね。初めまして。私は今日からあなたの義姉になるメリンダよ」
今にも泣きそうな顔であたしに挨拶したのは、あたしのお義姉様だという人物――メリンダ・ヘラナック伯爵令嬢だった。
いや、義妹というのは正しくない。本当は血のつながっている異母姉妹。あのクソ親父が浮気してできた子供があたしだから。
メリンダが悲しんでいるのは、きっとあたしのせいなんだろうな。
父の浮気相手の子が自分の屋敷へ我が物顔でやって来た。そんなことになったらお貴族様の娘はプライドが傷つくだろうことは容易に想像できる。平民風情が、って殴りかかってこないだけ、メリンダは優しいのかも知れない。
「あたしはシビル。シビル・ヘラナックになるのかな。適当によろしく」
――まあ、別に仲良くする気はないけどね。
そんなあたしの内心を見通したのか、メリンダはますます悲しそうな顔をした。
それを見ながらあたしは思う。泣きたいのはこっちだよ、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あたしは娼婦の娘、シビル。
母さんはなかなかの美人だ。『見た目だけは』という但し書きはつくが、とにかく美人。だから毎日食っていくのには困らない程度の生活をする、ごく一般的な平民だった。
他の大勢の人たちと一緒に町で生き、母親似で容姿が良いのもあって随分可愛がられていた自負はある。友達と遊び、時には喧嘩し、恋もする。そんな普通な人生を送るものだとずっと思っていた。
……なのに十三歳のある日突然家に見知らぬ男がやって来て、あたしたち母娘を引き取ると言い出した。それから全部めちゃくちゃだ。
母さんは目の色を変えて狂喜乱舞した。『憧れの貴族生活ができる』って魔女みたいに笑ってさ。
あたしたちの家にやって来た男はどうやらどこかのお貴族様らしい。実はあたしの母さんとは愛人関係にあったようで、「遅くなってしまったが迎えに来た」とのことだった。
つまりあたしはこの男の娘。そう、今まで一度も会ったことがないのに、あたしの意思とは関係なく娘にされてしまう。
もちろんそんなの嫌だ。でも、お貴族様には逆らっちゃいけない。そうしたら首が飛ぶ。それは平民なら誰でも弁えている常識の話。
つまりあたしに選択肢はないってわけだ。
あたしはその夜涙を必死で堪えながら、荷物をまとめた。
長年住みなれた狭くて薄暗い我が家ともこれでお別れだ。
親しい人たちに別れは言わなかった。きっと悲しくなってしまうだけだから。
だからあたしは母さんを急かして、誰にも見られない夜明け前にさっさと家を出た。そしてお貴族様の馬車に乗せられて、あたしの新しい家に向かったんだ。
……だからあたしはメリンダが気に入らなかった。
そりゃ、彼女は彼女なりの苦労があるんだろう。だが自分だけ悲劇のヒロインぶるだなんてずるいじゃないか。
あたしだって辛い。辛くて胸が張り裂けそうだ。なのに笑顔で挨拶しなきゃいけない。父だと名乗る男に、「お父様、お父様の娘になれて幸せだよ」って心にもないことを言わなければぶち殺される。
そんなあたしの事情をメリンダはちっとも考えていない。どうせあたしのことを『平民から貴族に成り上がって大興奮している馬鹿な娘』としか思っていないだろう。
メリンダとは友達になれないし、なるつもりも毛頭ない。
ひょんなことから義姉妹になった同い歳の二人。だけどそれはただ戸籍上の話。こんな出会い方じゃ、どうやってもお互いのことを受け入れられるはずがないのだから。
あたしたちはこれから先もずっと、今まで通り他人のままだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あたしたちがヘラナック伯爵家に来てからというもの、メリンダの扱いは家畜以下のものだった。
あたしたちが来るまで、伯爵家の前妻……メリンダの母親が生きていた頃はまだメリンダも人並みに暮らせていたらしいけど、今は三度の飯もろくに食わせてもらえていなかった。
さすがにこれにはあたしも同情してしまった。
自分より見目麗しいからと嫌悪した義母……つまりあたしの母さんからは持ち物を取り上げられ、前妻の愛娘であるということが気に入らなかった伯爵からは屋敷を追い出されていた。
メリンダに親しい侍女や執事はみんな解雇されてしまったらしい。しかも紹介状なしで。平民のあたしにはよくわからないが、使用人たちの不満げな顔を見るに多分ものすごく非常識なことなんだと思う。
そうして味方のいなくなったメリンダは、今は使われなくなった屋敷の犬小屋で暮らすことを強要された。
「シビルちゃんは気にしないでいいのよ」と母さんは言った。「あいつには犬小屋がお似合いだよ」とクソ親父が笑った。その日からあたしは、たとえ血が繋がっていようとも二人のことを親とは思わなくなった。
助けてあげたい、と思わなかったことがなかったわけじゃない。
あまりにも可哀想すぎた。メリンダとは打って変わって可愛がられているあたしが何か言えば変わるんじゃないかと考えたこともある。
でもあたしは結局、力を貸すという選択肢を選ばなかった。
なぜなら、代わりにとてもいい案が思い浮かんだからだ。
――これならあたしも、この地獄から抜け出せるかも知れない。
ここは天国だと普通は思うだろう。
デロデロに甘やかされ、言ったら何でもほしいものがもらえる。一生遊んで暮らすことだってできる。
でもあたしは嫌だった。だってクズばかりだったから。あいつらと同じ空気を吸っていることに、これ以上耐えられなかったから。
そして好きでもない男と結婚させられるのは、死んでもお断りだったから。
あたしは贅沢三昧した。
この家が一分一秒でも早く没落するように頑張った。動きづらいフリフリのドレス、脂っこくて口に合わない料理。
そしてそのついでにメリンダのろくでもない婚約者を奪って味方につけておくことにした。
「お父様ぁ、メリンダお義姉様ってばずるくない? あんな格好いい男の人と婚約者だなんて。あたし、あの人と結婚したいな」
そう言っただけでクズどもはイチコロだ。
もしかすると元々あたしにあてがうつもりだったのかも知れない。やけにスムーズにメリンダの婚約者、ダグラスが手に入った。
髪の手入れもろくにしていないでボロボロなメリンダより、あたしの方が当然ながら男受けはいい。ちょっと媚びればダグラスはあたしの虜になった。
「あんなブス女は嫌だったんだ。君のような者が婚約者になってくれて嬉しいよ」
本当に嬉しそうに笑う馬鹿を、本気で殴りつけてやりたくなったが寸手で堪えた。
そうなると計画が破綻する。処刑ではなく没落、この形があたしにとって望ましいのだから。
――あたしは平民に落ちぶれる。そして、シビル・ヘラナックなんていう仮初の伯爵令嬢じゃなくて、ただのシビルとして生きていくんだ。
ドアマットヒロインを書こうとして失敗しました。テンプレなのに意外と難しい。
ご意見などございましたら、よろしくお願いします。




