誰からも愛されない傷物令嬢は、白い結婚をします 〜男には恵まれなかったけれど、素敵な友人ができました〜
ジャンル:その他
⚫︎登場人物
・カリーシャ……主人公。火傷の跡がある。通称傷物令嬢。
・ブレア(クレア)……カリーシャの結婚相手だが白い結婚。帝国将軍だが、実は女であり、本名はクレア。
・オーブリー……メイド。
・ブレア……ブレアの双子の兄。本来将軍になるのは彼のはずだったが死んでしまったため妹のクレアが彼の代わりを務めることに。
⚫︎あらすじ
幼い頃に顔に火傷を負った公爵令嬢カリーシャは、そのせいで第二王子の婚約破棄されてしまう。
身分も容姿も傷物になってしまった彼女は、悪徳と有名な隣国の将軍ブレアの家へ売られるように嫁ぐことになる。
そして、嫁いだ先で言われた言葉は。
「――残念ながら、僕は君を愛することはない」
自分は誰からも愛されることなどないお飾りの妻でしかないのだとカリーシャは悟った。
しかし、愛のない結婚の先に待っていたのは、夫やメイドたちとの楽しい生活だった。
そして明かされる、『君を愛することはない』と言われた真意。それはなんと、ブレアが実は女だったからで……?
「――残念ながら、僕は君を愛することはない」
淡々とした口調で告げられたのは、これから夫となる者からの拒絶とも取れる言葉だった。
貴族の結婚は政略だ。そんなことは理解しているし、最初から彼が自分に興味がないことくらいはわかっていた。
だから彼女――カリーシャは「はい」と静かに頷く。文句も嫌味も泣き言も、何も言うことなどないのだ。そのまま結婚届にサインをする。
こうして、カリーシャの愛のない結婚生活が幕を開けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カリーシャはとある王国の公爵家の長女であった。
だが公爵家と言っても地位は低く、元は伯爵だったものが成り上がって公爵家になっただけだ。地盤は決して硬いとは言えず、それを確固たるものにするために父――公爵家当主イードは長女のカリーシャを第二王子に嫁がせるという判断をしたらしい。所詮政略結婚である。
第二王子ベリダットは理想的な人だとカリーシャは思っていた。
茶髪に茶色の瞳の地味な自分なんかとは比べ物にならない、金髪碧眼の申し分ない美丈夫だったし、周りの評判も良かったからだ。
カリーシャは彼と幸せな結婚をするはずだった。
そのための努力は惜しまなかった。たくさん勉強をして、彼の妃になるにふさわしいよう努めていたつもりだ。
けれどその日々は十三歳の時、とある事故――否、事件によって一瞬で水の泡となる。
公爵家に新しく迎え入れた義弟のスカイ。
彼は義姉であり長女のカリーシャを何かと気に入らないと言っていた。曰く、態度がでかいというのである。カリーシャ自身はむしろ自分は臆病で出しゃばらない方だと思っていたのだが、スカイにとっては鬱陶しかった。何より彼女は勉強ができる。それに嫉妬したのだろう。
父も母も見ていなかった時、二人だけでティータイムを楽しんでいた時、スカイはカリーシャに誤って紅茶を浴びせた。
もちろんうっかりなんかではなかった。明らかに投げつけたことがわかるその紅茶はカリーシャの顔面に直撃し、その皮膚をただれさせたのだから。
翌日、カリーシャの顔には無数の水膨れができた。
それはどんどん膨らんでいき、たった一日で顔が二倍ほどにまで腫れ――その腫れが引いた後には痛々しい火傷の跡が頬にくっきりと刻まれていた。
それがカリーシャの不幸の始まりだった。
顔がひどくなってしまったカリーシャは数日にわたって屋敷に監禁された。
義弟の愉快そうな顔を見ると心底腹が立ったが、だからと言って何ができるわけでもない。両親に訴えても「スカイだってわざとやったんじゃないに決まってるだろう」と逆に怒られる始末。
自分は愛されてなどいないのだとその時に知った。実際、両親はカリーシャへの気遣いの言葉を一言だってかけてはくれない。
そして結局、火傷が残った顔でパーティーに出席せざるを得ない日が来てしまった。
そこで会ったのは婚約者でありカリーシャが一番慕っていたベリダット王子だった。彼なら私を慰めてくれるかもしれない。そんな風に思ったのに。
「うげぇ」
カリーシャを見た彼の第一声がそれだった。
その日のパーティーが終わらないうちにカリーシャは第二王子ベリダットから婚約破棄を告げられる。
『顔に蚯蚓を貼り付けた女など俺の嫁にふさわしくない!』のだそうだ。
父は抗議したが、カリーシャのためにそうしたのではない。婚約がなくなってしまえば王家との繋がりが断たれるからだ。
それは結局慰謝料という形で補償され、それ以上公爵家は文句を言わないことになった。カリーシャの気持ちなど誰も考えもしなかっただろう。
それから彼女は泣き伏せり、何年も屋敷に引きこもることになる。
もう、誰にも会いたくなかった。自分が好きだった人からも火傷を負ったというだけで捨てられ、家族にももう政略の駒にならないと言って放っておかれる。何のために生きているのかわからなかったが、自殺してしまえばそれは公爵家の恥になるので両親はそれを許してくれない。
そんな地獄を過ごしていたある日のことだった。十七歳になったカリーシャのとある話が舞い込んで来たのは。
「隣国の将軍様が、花嫁を探しているそうだ。お前がそこに嫁ぎなさい」
カリーシャにそう告げた父は、そうはっきり言った。数日ぶりに交わした言葉だったにも関わらず、それが至極真っ当なことであるかのような顔で。
自分に拒否権がないことをカリーシャはすぐに悟った。彼女とて馬鹿ではない。こんな屋敷にいるくらいならと、その結婚話を受けた。
「将軍様は大層金持ちだし隣国とのコネを作れば我が公爵家にとって利益になる。それに、将軍様は相手の容姿は問わないそうだからお前に適任だ。せいぜい最後くらい役に立て」
――私なんて所詮最後まで父にとっては道具でしかないのね。おそらく偽装結婚というところかしら。公爵家にはたくさんの金が入るのでしょうね。
カリーシャはもはや失望することもなく、そのまま身支度を整えて隣国に嫁ぐことになる。
そして結婚相手の帝国将軍、ブレア・ヴェロネードの屋敷に到着した。
応接間にて顔を合わせた彼は、話に聞いていた『帝国の毒牙』と呼ばれる恐ろしい将軍のイメージはまるでなく、とても柔和そうな笑みを浮かべた細身の青年だった。
黒く、男性にしては長い髪をしており、瞳がまっすぐこちらの心の奥底を見つめてくるようだ。それでいて彼を一眼見た感じでは、悪い印象は抱かない。
それに彼はカリーシャの顔の火傷を見ても騒いだり、それどころか眉を顰めることもなかった。だからもしかしたらいいのかも知れない、と思ったのだけれど、
「――残念ながら、僕は君を愛することはない」
直後に告げられた言葉は、想像通りのものだった。
……一瞬でも希望を抱いた私が馬鹿だった、とカリーシャは思った。
正直言ってしまえば、愛されなくても別に構わない。私を愛する人間なんてこの世のどこにもいないことは、もうわかっているから。
カリーシャはあくまで道具だ。今までその所有権が父にあったが、それがブレアに渡っただけのこと。どういう目的でカリーシャを使うつもりかは知らないが、おそらくお飾りの妻だろう。この顔で突っぱねられなかっただけ感謝しなければならないくらいなのだし。
なるようになればいいわ、とカリーシャは思った。どうせ自分が何を思ったところで意味はない。カリーシャは信頼していた人から婚約破棄されたその瞬間から、自分の無力さを知ってしまっている。
だからお飾りの妻としてせいぜい生きようと思った。
期待に応えようなんて思わない。ただそこにいるだけでいい、存在のみを求められた存在。なら、それに従う他にやることはないのだ。
ブレアからは、「僕の屋敷は自由に歩き回っていい。ただし、僕の部屋には入らないでくれ」とだけ言われた。なら言われた通りにしようとカリーシャは考える。彼との顔合わせが済むとすぐにあてがわれた個室へ向かい、ベッドに身を横たえた。
これから始まるであろう無味乾燥な日々に思いを巡らせながら、彼女は眠りに落ちたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「奥様、朝でございますよ」
聞きなれない声で目覚めを促され、カリーシャはそっと目を開けた。
見慣れない天井だ。そうだ。自分はヴェロネード家に嫁いで来たのだ。ぼんやりとした寝起きの頭でそこまで思い出し、ベッドから身を起こす。確かこの声はこの家のメイドの一人だったはず。
「今起きたわ。今日は清々しいくらいに天気がいいのね」
戸口に立つメイドにそう言って笑いかけてみる。
こうやって起こされたのは何年ぶりのことだろう? 自分が傷物になってからずっと、使用人たちからすら忘れられた存在になっていたものだからこんな朝は久しぶりだった。まだ少し瞼が重い。
「はい。奥様は少々お疲れのご様子ですが、大丈夫でございますか?」
「……。大丈夫よ。それで、朝食のために呼びに来たのかしら? ええと、お名前は……」
「奥様の専属メイドのオーブリーでございます」
そうだった。昨日、ブレアから『専属メイドを用意しておいた』と紹介されたのをようやく思い出す。
公爵家にもかつてはカリーシャの専属メイドがいたが、婚約破棄騒動のゴタゴタの際に解雇されてしまい、ここしばらくはそんなものとも無縁だったわねとふと思う。別にそれを恨みがましく思ったりはしないのだけれど、カリーシャのような出来損ないを甲斐甲斐しく世話しなければならないオーブリーが少し可哀想になってしまった。
「私のような者に仕えさせて悪いわ」
「いえいえ。奥様はとても素敵な方でございます。ご自分を卑下なさるなどもったいない」
「私に価値なんてないわ。あなたも、私が嫌になったらすぐに捨ててしまってちょうだいね」
裏切られるのは嫌だ。だから最初から信頼されたくない。
私はオーブリーの甘い言葉を全て切り捨てると、部屋を出た。そのまま昨日案内された食堂だという場所に向かって歩き、なるべく何も考えないように努めようと決めた。
オーブリーの声が背後からしたが、私の耳には入らなかった。
ご意見などございましたら、よろしくお願いします。




