呪われた死神令嬢が、愛を知り、笑顔を取り戻すまで ~あなたのその手に触れたいの~
ジャンル:異世界恋愛
登場人物
⚫︎ジェーン……主人公。貴族令嬢として生まれるが、呪いによって人に触れるだけで死なせてしまう力を持ち、十五年もの間屋敷の地下室に閉じ込められて過ごした。死神令嬢と呼ばれている。
⚫︎ハロルド……使用人として屋敷へやって来た少年。ジェーンを連れ出す。
簡単プロット
『死神令嬢』と呼ばれ、屋敷の地下室で過ごしていた少女ジェーン。
彼女は生物に触れるだけでそのことごとくを死に追いやってしまうという呪いがかけられており、閉じ込められるうちに心が凍ってしまっていた。
そんな彼女の元へある日やって来たのは、新しい使用人の少年ハロルド。
彼はジェーンの心を次第に溶かしていき、外の世界へと誘う。ジェーンは戸惑いながらも屋敷を抜け出し、自分の呪いをとくための旅に出るのだった。
私は一人、いつも通り地面にうずくまってぼぅっとしている。
暗い電灯の光だけが部屋を照らしており、そこの真ん中に私がポツンといる以外は何もない。でもこんなことはもう慣れっこだから何とも思わない。
私の目の前にはすっかり冷え切った朝食が置かれている。
それが朝食なのかどうか、本当のところはわからない。ここには窓がないから外が朝であるのか昼であるのか、はたまた夜であるのかがわからないのだ。というより私は朝も昼も夜も実際のところは知らなかった。
でも朝食と言われて出されたものがこうして冷めているのを見れば、今はおそらく朝と呼ばれる時間を過ぎており、もうすぐ昼と皆が言う時刻が近づいているのであろうことだけはわかった。
「……」
私はただ生かされているだけだ。
この小さな『地下室』という私の部屋で、ただ死なないようにされているだけ。でも心はとっくに死んでいるのだろうから生きているのかどうかは本当のところは怪しいものである。
ずっとそうだ。物心ついた時にはここにいたから、別にこの部屋で過ごすのが苦痛だとかは思わない。ただ寝て起きて考え事をして、腹が減ったら冷めた食事を食べる。ただそれだけを繰り返す一日が今日も始まっている。
どうしてこんな生活をさせられているのかと問われれば、それは私が死神だからと答える。
私は死神だった。この手に触れた生物はたとえ小さな虫であろうともはたまた巨獣であろうとも皆息絶えてしまう。そういう呪いなのだと言われた。
生まれた途端に母を死なせた。私を抱き上げた産母はまるで毒に侵されたかのようにして苦しみ悶えながら息を引き取ったのだという。
他にも私に触れた人間や動物は見境なく死なせてしまった。私がそう望んだわけではないのに。
まだ幼い赤子であった私はすぐにこの屋敷の地下室に押し込められることになる。この屋敷は公爵という、顔も知らない私の父である人物が所有している物だから、私の姿を見ることができるのはごく限られた使用人だけだ。父も会おうと思えば会えるのかも知れないが、母を死なせた私になど会いたがってはくれなかった。
使用人たちに『死神令嬢』と揶揄されながら、与えられた本で色々なことを知った。しかしそれが手の届かぬ事柄ばかりであると理解し絶望したこともある。私が空というものを拝める機会はきっと一生ないのだろう。大きな湖が外の世界にはあるのだと聞いた。行ってみたいと思った。
でも死神である私に自由な行動が許されるはずもない。
私は、部屋から一歩も出ることさえも禁じられていた。少しでも出ようとすれば鞭打たれる。そのうちに私もすっかり諦めてしまって、部屋の中でただただ座り込む日が多くなった。
私はどうして今を生きているのだろう。自分の意思ではなく、ただ存在として長らえているだけのこの命に一体何の意味があるのか理解できない。野山を駆け回ってこそ生きている実感が得られるのだと何かの本に書いてあった。生きるというのは子を育むためであるとまた別の本に記されていた。
では、野山を駆け回りもせず、子を孕むこともできない死神令嬢の私にこの世界は何を求めているのか。
そうして考えあぐねながら日々を過ごしていたある日、扉は突然に開かれる。
それは昨日と何が違うのかわからないいつも通りの朝のことだった。静かに開かれた部屋の戸の向こうから、見慣れない少年が姿を現したのだ。
休止服を着ていることから使用人であることは明白だ。そういえば昨日長年勤めてきた老女が死んだと聞いた気がする。その代わりに私の世話を押し付けられたのだろうかと思った。
「初めまして、ジェーンお嬢様。俺はハロルドっていいます。今日からお食事係を務めさせていただきます」
ぎこちなくお辞儀をする少年を見つめる。
名前を呼ばれたのなんて何年ぶりだろう。ぼんやりそんなことを考えつつ頷くと、私はすぐに彼から興味を失って視線を逸らした。
彼がどこからやって来て、私をどういった目で見ているかなど知りたくもない。どうせ外を知らない可哀想なお姫様である私を笑いに来たのだろう。なら、存分に笑えばいいではないか。
私は所詮死神だ。人の心など持っていないのだから傷つくこともない。
「ジェーンお嬢様、昼食お持ちしました。……って、なんだこれ。全然食べてないじゃないか」
私は答えない。朝食に手をつけなかったのは腹が空いていなかったから、ただそれだけだ。
絶句している少年をよそに私はまた思考の海に耽る。深く深く沈んでいく。
「しっかり食べなくちゃダメじゃないですか。ほら、あーん」
食べ物が口の中に押し寄せてくる。はぁ面倒臭いと思いながら、口を開いた。
しかし私は既に別のことを考えている。いかにこのうるさい小蝿を無視するかについてだ。
私は死神。死神は決して、人と交わってはいけない。
ご意見などございましたら、よろしくお願いします。




