エミリアの旅立ちと、アーネストのフラグ
準備が整い、いよいよエミリアが出発する日となった。
「白銀の翼」のみなさんが、さっそうと馬に乗って、エミリアを迎えに来た。
「じゃあ、行ってくるね、みんな」
と、エミリアが言う。
「ひと月で、戻ってくるよ」
予定はひと月だ。城塞までの道のりは、馬でも片道で六日ほどかかるだろう。
「もちろん、クエストがうまくすすめば、もっと早く帰れるだろう」
と、アマンダさんが、馬をおりて、おれたちに言った。
「エミリアが、みなさんのもとに、一日でもはやく戻れるように全力を尽くすよ」
「「「は、はい。よろしくおねがいします」」」
「みんな、無理しないでね。あたしが帰ってくるの、待っててね-」
エミリアが、笑顔を見せて、言った。
エミリアは、まだ自力では馬を操れないので、ケイトリンさんの後ろに乗せてもらって、出発だ。
馬に乗った四人が、だんだん遠ざかる。
エミリアは、ときどき、こちらをふりかえった。
おれたちは、エミリアの姿がみえなくなるまで、じっとその場で見送っていた。
「なあ、パルノフ、ヌーナン」
おれは、言った。
「おれは決めたぞ。エミリアがこのクエストを終えて戻ってきたらな」
これはおれの決意である。
「ひさしぶりに、みんなで故郷に帰ってみよう! 一人前になったおれたちのすがたを、見てもらうんだ。うん、楽しみだな!」
おれは力強く宣言した。
「お、おい、アーネスト」
ヌーナンが渋い顔をしている。
「なんだ? 不服か?」
パルノフも同様の顔だ。
こいつもか。
「アーネスト、お前、またやっちまったな…」
「なにがだよ」
「いまのセリフだよ」
「それがどうした? お前らだって、帰ってみたいだろう」
「それはそうなんだが…」
おれは首をひねった。
さっぱりわけがわからないぞ、ヌーナン。
ヌーナンがあきれたように言う。
「アーネスト、いいか、いま、お前が言ったのは、フラグ中のフラグだ」
「はあっ? フラグ?」
「今のは、けっして、口に出してはならない言葉なのだ」
「わからんなあ…言うとどうなるんだよ」
「こういう場面で、そんなこというと、だいたい、その通りにはならないんだよ」
「ってことは?」
「なにか起きて、エミリアが帰ってこないか、おれたちが故郷に帰れないか…」
「おいっ! えんぎでもないことを言うなよ」
おれは憤慨した。
「いや、アーネスト、お前がうかつなことをいうからだ」
パルノフまでが、ヌーナンの肩を持って言った。
「お前のそういう言動で、おれたちはいつもいつもたいへんな目に遭っている」
「そ、そうなのか?」
二人は、深くうなずく。
「この件は、エミリアもまちがいなく同意するはずだ」
そんなあ…。
その、フラグなるものの存在には納得はいかないものの、だんだんおれは不安になってきた。
ああ、エミリア、どうか無事に帰ってきてくれよ…。
思わず、口に出した。
「うーん、大丈夫だろうな、エミリア…。まさか、エミリアの魔法が通じない、とんでもない呪いがでてきたりしてな…それとも、あの『白銀の翼』でも太刀打ちできないような魔物と遭遇しちゃうとか? いや、そもそも、城塞にたどり着く前に、盗賊の襲撃がきて」
「「だから! アーネスト、お前は! いい加減にしろ!」」
ヌーナンとパルノフが怒鳴った。
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まあ、そんなことがあって、エミリアは「白銀の翼」とともに、五芒星城塞に向かい、のこされたおれたちは、こうして朝起亭の食堂で、「暁の刃」の行く末を案じているわけだ。
「とにかく、エミリアがクエストを達成してもどってきたときに、おれたちが、なんの進歩もないままだったら、それこそ愛想を尽かされかねないな…」
「そうだな、それはそうだ」
「おれたちも、この一ヶ月の間に、少しでもレベルアップしておかないとな、がんばろう」
「「「おう、おう、おう!」」」
と、三人はかたく誓い合ったのだった。
ぶじ、おれたちのこれからの方針は固まったので(よく考えたら具体的なことはなにもきまってないのだが)、そこからは、幼なじみの男三人、安心して、気の置けない会話を交わす。まあ、たわいの無い内容だ。
そのうちに、パルノフがおれに言った。
「なあ、アーネスト、そういえばさあ」
「なんだ、パルノフ」
「このまえ、おれたちは、苦労の末、ルシアさまのところへ『時の鐘』を届けたじゃないか」
「ああ、あのときの、お前たちのひどい言い草は、今もよく覚えているぞ」
そう、今、この地をゆるがしている、時間を破壊する恐るべき「時の魔獣」と、ルシアさま率いるスーパーパーティ「雷の女帝のしもべ」との、世界の存亡をかけた戦いで、おれたちはたいへん重要な役割を果たしているのだ。
なにしろ、魔獣を退治するのに無くてはならないという『時の鐘』を発見し、ルシアさまにもたらしたのは、まさに、このおれたち「暁の刃」であり、となるとこれは、おれたちがこの世界を救ったと言っても過言ではないのではないだろうか?
それはもう、たいへんな苦難だったのだ、時の鐘を運ぶというのは。
おれがひいひい言いながら、艱難辛苦に耐えているときの、こいつらの無神経な発言ときたら!
それでも苦労をともにする仲間かよ。
「それはもう忘れろ」
「忘れられるかよ! で、それがどうしたんだよ」
「鐘をとどけたとき、あのへんな男、ゴッセンとか言ったか」
「ああ、たしか時の監視者とか名乗ってた、あのうさんくさいおっさんな」
「そうだ。そのゴッセンが、お前に言ってただろう」
「ん? なんかいわれたっけか?」
「鐘をとどけたから、アーネストには加護があたえられる、って言ってたじゃないか」
「そうだったか?」
「なんで忘れるんだよ」
ヌーナンがあきれた顔でいった。
「アーネスト、覚えてろよ、それくらい…」
「忘れろといったり、忘れるなといったり、勝手なヤツらだなあ。で、それがなんだ?」
「だからさあ、その『加護』ってなんなんだろうという話だよ」
「どうなんだ、アーネスト、あれ以来なにか感じないか?」
「うーん?」
おれは首をひねった。
あの事件以来、なにか、かわったこと、か…。
いや…なにも思いつかないが。
おれの様子をみて、パルノフが
「例えば、体力があがって、身のこなしがすばやくなった、とかどうだ?」
と、聞いてきた。
「…それはないな」
「だろうな、いつものどんくさいアーネストだもんな」
「おいっ!」
「じゃあ、なにか新しい技が使えるようになったとか?」
「…ない。そんなことがあったら、とっくに自慢してるよ」
「そりゃそうだな、お前はそういう単純な性格だ」
「だからその言い方!」
おれは怒って、逆に聞き返した。
「なあ、ヌーナン、パルノフ、じゃあお前らから見て、どうなんだよ? あれ以来、おれがなにか、いままで違うことが突然できるようになったりして、さすがアーネストだ、たいしたもんだ、と感心したことは何かないのか?」
「それはない」
「うん、確かになにもない」
二人は即座に断言した。
「ははは…」
おれは脱力した。
「どうなってるんだろうなあ? あのゴッセン、その場で、でまかせ言ったのか? まあ、たしかに、妙なうさんくさいヤツだったけどさあ」
「ひょっとしたら、そのうちに、じわじわ発現してくるんじゃないの?」
「だといいがなあ…」
「いやいや、そんな加護、きいたこともないぞ」
結論はでないまま、朝起亭の夜は更けていくのだった。
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その頃。
「白銀の翼」とエミリアは、城塞に向かう途上で、野営をしていた。
ぐっすり眠っていたエミリアが、ふと、人の気配に目を覚ますと、寝ずの番をしていたケイトリンが、たき火の明かりもとどかない闇の中から、静かに戻ってくるところだった。
「あれ…ケイトリンさん…?」
エミリアが声をかけると、ケイトリンがにやりと笑って、たき火の明かりに白い歯が光るのがみえた。
「あっ、起こしちゃったかな、ごめんねエミリア」
「なにか異常でも?」
「なに」
と、ケイトリンは、こともなげに言った。
「気づいたら、盗賊団が、わたしたちを遠巻きにして、襲撃の機会をうかがってたんでね」
「えっ」
「ちょっと片づけてきたよ。二十人ばかり、息の根をとめてきたから。エミリアは、安心して、寝ててもらっていいよ」
「えっ? えっ?」
「バカな連中だね。夜の闇のなかで、ただの盗賊が何十人いようが、暗殺者に勝てるわけがないじゃない?」
そう言って、さわやかに笑うのだった。
とりあえず、アーネストの立てたフラグは、ひとつ、回収されたようである。
いつも読んで下さってありがとうございます。さすが、いつものアーネスト、期待を裏切りません。
「暁の刃」が、「時の鐘」をもたらしたエピソードは、本編「アンバランサー・ユウ」第三編「時の大伽藍」編に書かれていますので、未読の方はそちらも読んで下さると、作者は泣いて喜んじゃうよ!