無能王子と猫かぶり令嬢
急性新作書きたい病に襲われて、前から書いてみたいと思っていた悪役令嬢ものをさらっと書いてみました。
テンプレをなぞるだけではつまらないので、オリジナリティというスパイスをぶちこんでみた結果がこれだよ。
悪役令嬢ものだけど恋愛してないから、コメディに放り込んでみます。
とある王国。
本日は、第四王子の立太子記念式典の宴席が、有力貴族たちを招いて豪華に行われていた。
そんな宴の最中、宴もたけなわとなった頃、唐突に会場に一つの叫びが木霊する。
「リライン・アンスリット公爵令嬢!
お前との婚約の破棄を、今ここに宣言する!」
よく通る声による突然の宣言に、暫しの静寂が会場に広がった。
示しあった訳でもないというのに、まるで何かの舞台のように人の輪が広がっていき、当事者たちを遠巻きに囲む。
相対するのは、二人の男女。
少年は、冴えない容姿の青年。
着ている衣装こそ高品質なものだと見ただけで分かるが、肝心の本人があまりにも冴えない為に、不釣り合いという感想しか抱けない。
女性は、反対に華やかな印象だ。
豊かな金髪は黄金のように煌めき、ワインレッドのドレスは彼女の魅力的なスタイルを際立たせている。
ややツリ目がちだが、他のパーツとのバランスにより、まるで女王のような威厳のある美貌となっている。
少年の名は、アルフォンス・シーラー・フリージア。
この王国の第四王子にして、この度、次期国王の座、王太子の椅子に座る事となった人物である。
女性の名は、リライン・アンスリット。
現宰相であるアンスリット公爵の娘であり、アルフォンス王子の婚約者である。
何かの演出なのか、何故か広間の照明が落とされ、次いで相対する二人をそれぞれに照らし出すように光が生まれた。
リライン令嬢は、この異様な状況に狼狽える事なく、開いた扇子によって口元を覆い隠して涼しい顔をしている。
うんともすんとも言わない彼女に痺れを切らせたアルフォンス王子は、続けて言い放つ。
「優秀な君の事だ。
理由は……わざわざ言わずとも分かるだろう」
勝ち誇るような彼の物言いに、リライン令嬢は小さく吐息する。
まるで断罪のようだ、と。
最近、巷間で流行っている娯楽小説のワンシーンを彷彿とさせる状況である。
ちらり、と、視線を動かせば、アルフォンス王子のすぐ近くに、一人の女性が立っているのが見えた。
「……はてさて。
この身に婚約破棄される覚えはありませんが、もしやそちらの女性が関係しているのでしょうか?」
「惚けるつもりか?
彼女は全く関係ない。
私がヘタレないように鞭を持たせて待機させているタダの侍女だ。
気にするな」
意外な答えが返ってきたな、と、割りと本気で思った。
よく見れば、確かに王子付きの侍女である。
見覚えがあった。
普段とは違う化粧とこの場に適した華やかなドレス姿に、見事に騙されてしまった。
そして、更によく見れば、背に隠された手に握られた乗馬鞭が見え隠れしている。
いつでも王子を打擲できるよう、準備は万端のようだ。
有能である。
不敬罪も甚だしいが、まぁこの王子なので大した問題ではないだろう。
気を取り直したリライン令嬢は、改めて問いかける。
「では、何故でしょうか?」
「ほう。あくまでもシラを切るつもりか。
よかろう。
ならば、言ってやろうではないか」
アルフォンス王子は、芝居がかった様子で、カッコよく彼女を指差しながら叫ぶ。
「リライン・アンスリット公爵令嬢よ!
私が貴様に相応しくないからだッ!」
「ほう……。
私が、相応しく、ない、と?」
随分と下に見てくれた言葉に、ミシリと扇子が軋む音がした。
どうこき下ろしてやろうかと思案していると、彼は首を横に振る。
舞台役者の才能があるのでは、と言いたくなるくらい大袈裟な態度である。
「違う違う。何を勘違いしている。
良いか? もう一度言うぞ?
私が! 貴様に! 相応しくないのだッ!」
「…………あー」
やはり突然の事に頭に血が上っていたらしい。
こんな単純な勘違いをするとは、まだまだ未熟だとリライン令嬢は反省した。
そんな彼女を放って、アルフォンス王子は訴え続けていた。
「貴様! おい、貴様!
私が巷間でなんと呼ばれているか、知っているか!? 知っているだろう!?
〝無能の放蕩王子〟だぞ!?
そして、私自身! それを否定しない!
私は無能だッ!」
「堂々と宣言する事ではないでしょうに……」
リライン令嬢の呟きに、会場にいる誰もが内心で頷いた。
アルフォンス・シーラー・フリージア第四王子。
彼は、優秀だった兄王子たちに比べ、遥かに劣った無能である。
第一王子は、内政に才覚を示し、貴族たちのみならず、民にも程好く利益を還元し、誰からも好まれていた。即位すれば、偉大な賢王となった事だろう。
第二王子は、武勇に優れていた。
個人的な武芸もさる事ながら、軍の統率に並々ならぬ才を発揮し、活躍していた。
即位すれば、守られる王から守る王として名を馳せたことだろう。
第三王子は、社交性に優れていた。
巧みな話術と豊富で広範に渡る話題の数々は、様々な人種の渡し船となり、国内のみならず、国際関係さえも操ってみせたほどだ。
即位すれば、国際社会のリーダーとして一目を置かれた事だろう。
そして、第四王子である。
彼は無能だった。
いや、特別に劣っている訳ではないのだが、華々しい兄王子たちに比べ、彼には何の特徴もない無難な王子であった。
出涸らしだの余り物だのと、口の悪いものは噂し、本人も周りも否定しない事から、それが当たり前の認識となっている人間である。
やれば、多分、それなりに出来ただろう。
兄たちほどではないにせよ、歴代王の平均値を越える程度の器と才はあると、教育係は思っていた。
だが、本人にやる気がない事と、優秀な兄が三人もいる事が合わさって、結果、彼は熱心な教育も矯正もされる事なく、無能なままで放置されていた。
下手に刺激して欲を出され、骨肉の争いとなっても困るから。
そんな彼が、何故、優秀な兄王子たちを差し置いて王太子となっているのかと言えば、その悉くが相次いで死んでしまったからである。
第一王子は暗殺され、第二王子は流行り病で、第三王子は災害に巻き込まれて、次々と死んでしまった為、無能な彼にお鉢が回ってきてしまったのだ。
まさに、青天の霹靂。
アルフォンス王子自身、それを聞かされた時は何かの冗談だと使者を追い返したものである。
「私を王太子にするとか、馬鹿なんじゃないのか!?
国が滅ぶぞ!?
父上に直訴しても取り合ってくれないし、親の情とやらにでも血迷われたのか!?」
「……親子と言えど不敬罪、と言いたい所ですが、何一つとして間違った事を言ってない辺り、とても悩ましいですね」
「なんなら不敬罪でしょっぴいてくれても構わんぞ?」
「いえ、それは駄目です。
何故ならば、貴方様は王太子なのですから」
リライン令嬢の言葉に、アルフォンス王子は苦い顔付きとなる。
「貴様、貴様もなのか。
何故、私を担ぎ上げようとするのか。
世の中は私が思っている以上に愚かなのか」
「ふむ……。
そうですね。よろしいでしょう。
アルフォンス殿下の内心、しかと受け止めました。
思っていたよりは賢明だとも理解しました。
なので、こちらも正直な気持ちと真相をお話ししましょう」
「ほう? やはり裏があるのか、この悪党どもめ。
是非とも御高説願おうではないか」
偉そうに高みから言う。
いや、一応、確かに偉いのだが。
「ええ、是非、聞いていただきましょう。
と、その前に、一つ、質問があるのですが、よろしいですか?」
「構わん。言ってみたまえ」
「この婚約破棄の一件、陛下……お父上はご存知でしょうか?」
「いや、知らないとも」
堂々とあってはならない事を彼は認めた。
「……貴族の婚姻とは政略による、言わば契約の一種。
それを家長の許しもなく破棄するとは……」
「ああ、大変に許しがたい蛮行にして愚行だな。
だからこそ、私はやっているのだがね」
「やはり、この結末は廃嫡される事が狙いですか」
「その通りだとも。
いつまでも首を縦に振らない父上をその気にさせる為にね」
どうしても王太子をやりたくないらしい。
その為ならば、最悪、極刑すらあり得る行為を平然と行うのだから、中々の胆力である。
使い方が大いに間違っているが。
「承知しました。
疑問点も解消できましたので、今度は私がお話ししましょう」
律儀に感謝の礼を捧げた後、リライン令嬢は語り始める。
リライン・アンスリット公爵令嬢。
現宰相であるアンスリット公爵の娘であり、元は第一王子の婚約者、そして現在はアルフォンス王子の婚約者となった女性である。
血筋のみならず、容姿や能力、性格においても優れており、次代の王妃として彼女以上の適格者はいない、と言われている。
特に、能力に関しては非凡であり、第一王子とは日々統治について論争を交わしており、彼女の提案によって施策されたものも、数多く存在している。
一方で、そんなリライン令嬢の活躍を妬む輩は一定数いるものだ。
最初の婚約者である第一王子を皮切りに、第二、第三王子すらも、彼女と婚約を結んで間もなく死んでいる事から、疫病神とも、死神とも、もっと酷いものでは彼女が殺しているという噂まで立っていたりする。
「まず、アルフォンス殿下がどうしても王太子から外されない事についてですが……私が陛下にお願いしているからです」
「…………ほぅ」
何故、という疑問はあるようだが、アルフォンス王子は黙して続きを聞く姿勢を保つ。
やはりタダの馬鹿ではない、と思う。
賢い馬鹿だ。
やる気がないから馬鹿な無能なだけで、やれば出来るだけの器と才を持っているのだろう。
もったいない事に。
「理由は簡潔に、私の我が儘です」
「……やはり父上は耄碌したか。
実の息子の訴えを退け、他家の令嬢の我が儘を通すとは。
暗殺部隊を編成しなければいけないか」
「そうすると、アルフォンス殿下が即座に王位を継ぐ事になりますが?」
「ちっ、仕方ない。
幽閉して、実権は宰相辺りに握らせておくか」
「……殿下は本当に玉座に興味がないのですね」
ここまで徹底していると、感心したくなってきた。
玉座を辞退する為ならば、処刑も覚悟しているという突飛具合なのだ。
ある意味、彼こそが最も祖国を愛し、祖国を想っているのかもしれない。
多分、気のせいだが。
咳払いをして気を取り直したリライン令嬢は、続きを語る。
「何故、そのような我が儘を、と思われる事でしょう。
本来であれば心の内に留め置くつもりでしたが、殿下の真っ直ぐな告白に心を打たれました。
私も本心を語りましょう」
「聞こう。語りたまえ」
そして、彼女は滔々と心に秘めていた熱い想いを紡ぎだす。
「私は、生まれたその時より、ロイド殿下の婚約者と定められました。
物心付くかどうかという時分より、未来の王妃として、国母として相応しくあるようにと、様々な教育を厳しく詰め込まれて参りました」
「そうだね。知ってる」
「頑張った甲斐もあったのでしょうか。
幸いにも、ロイド殿下は女性らしくない教養を身に付ける私を気に入って下さり、政略の婚約者だというのに、日々、交流し、時として私の意見を採用してくれる事さえありました」
「それも知ってる。それで?」
第一王子であるロイド王子とリライン令嬢は、政略上の関係とは思えない程に仲が睦まじく、将来はおしどり夫婦となって手を取り合って国を支えてくれるだろうと、当時、非常に評判が良かったものである。
第一王子が死んで以降、運命は大変に狂いまくっているが。
「恋だとか愛だとか、そんな物を感じてはいませんでしたが、それでも充実した幸福な日々でした。
ですが、そんな日常も突如として幕を降ろしてしまいます。
ロイド殿下の暗殺劇です」
「…………」
「突然、奪われてしまった幸福だった日々。
国を上げて犯人である隣国貴族を、隣国ごと滅ぼしてやりましたが、全く気は晴れません」
「あれは嫌な事件だったね。
特に得るものがなかった辺りが」
王国の力を落とそうとした隣国の暗躍の結果だった。
その結果、盛大に逆鱗に触れて国が滅ぶとは彼らも思わなかっただろう。
どうでもいい事だが。
その報復戦争で第二王子が獅子奮迅の大活躍をして名を挙げた事も、今は些細な話である。
「ロイド殿下の葬儀を終え、報復戦争も無事に圧勝しても、私の心にはぽっかりと穴が空いたまま。
私は、婚約者を失った事に悲嘆に暮れておりました。
同時に、どうして? と疑問を抱きました」
「何に、かな?」
「悲嘆に、です。
ロイド殿下と私は、あくまでも政略の関係でしかないというのに、何故、私はこんなにも悲しくなっているのでしょう、と、そんな事を考えていたのです。
考えて考えて、その果てにようやく私は自らが気付いていなかった気持ちに気付いてしまったのです」
「つまり、反吐の出るような甘酸っぱい恋心を……」
「そう、野心です」
「……おや? 思っていたのと違うぞ?」
アルフォンス王子の言葉を遮るように、リライン令嬢ははっきりと言った。
あまりにも予想外な言葉に、彼は首を傾げた。
会場にいる他の者たちも同様だ。
完璧令嬢だとか淑女の鑑だとか、そんな呼ばれ方をしているリライン令嬢から、思いがけない言葉が聞こえた気がして、揃って首を傾げ、耳をホジっている。
そんな空気を無視して、彼女は熱い気持ちを吐露する。
「私は、上り詰めたかったのです!
頂きに! この世の頂点に!
そして、世界の全てを思うがままに動かしたかったのです!
その第一歩が王妃の座であったというのに!
ロイド殿下が亡くなってしまった事で、その道が早々に閉ざされてしまった!」
「おやおやおや?
凄い本性を現してきたぞ、この女」
「ですが、天は私を見捨てなかった!
これまで惜しみ無く王妃教育を施し、また優秀な能力を見せてきた私を捨てるのは、勿体ないと、陛下や王妃様が思ってくださった!
そのおかげで、私は次なる王太子となった第二王子殿下の婚約者となる事ができました!
捨てる神あれば拾う神あり、とはこの事です!
私の野望は、首の皮一枚で繋がったのです!」
「千切れてた方が良かった気もするが……」
アルフォンス王子の感想に、会場の誰もが頷くが、妙な熱のある彼女の独白を止める力にはならなかった。
「ですが!
何の運命の悪戯か、どんどんと私の踏み台が亡くなってしまうではありませんか!」
「遂に踏み台と言ったか、こやつめ」
「既に年増に片足を突っ込んでしまった我が身です。
いくら優秀だとて、これ以上の年齢差ともなれば確実に婚約者から外されてしまいます」
リライン令嬢は二十代前半であり、平民ならばともかく、十代で結婚から出産までしてしまう貴族女性としては完全に行き遅れである。
なんとか、これまで積み重ねてきた評判によって王太子妃の地位を守ってきたが、これ以上は流石に無理である。
何故ならば、アルフォンス王子の下、第五王子はまだ五歳なのである。
彼が王太子となるならば、もう新しく候補を選定して、改めて教育するという損切りの思考となってしまうのは確定的に明らかだ。
「分かりますか? 分かりますよね!?
アルフォンス殿下が、私の最後の希望なのです!
貴方様には、何が何でも玉座に就いて貰わねばならないのです!」
これまで淑女の仮面を被り続けてきた令嬢の、熱い、熱すぎる告白を受けて、会場は静まり返っている。
アルフォンス王子は、腕を組み、しっかりと彼女の言葉を受け止めた後、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「なるほど。
リライン公爵令嬢よ、貴様の言葉、この私はしかと理解した」
「では……」
「たが、しかし!」
希望に顔を輝かせる彼女の言葉を遮り、彼は言う。
「それに私が付き合わねばならない理由はないッ!
私は、王などやりたくないのだ!」
「…………そうですか。
まぁ、言葉だけで理解を得られるなどとは、思っておりませんでしたが」
意地でも嫌だ、と言うアルフォンス王子を、彼女は説得する事を断念した。
「では、仕方ありません。
第二案です」
「なんだと?」
覚悟を決めた表情で、リライン令嬢は片腕を真っ直ぐに掲げ、堂々と宣言する。
「我がアンスリット公爵領は、王国からの独立をここに宣言します!」
「なんだとぉ!?」
「そして、旧体制の打倒を!
王国への宣戦布告も、この場にて宣言します!」
「貴様!
自分が何を言っているのか、分かっているのだろうな!?
冗談では済まんぞ!?」
「勿論、全て承知の上です。
それと、殿下。
まさか、勝てるとお思いで?」
「むしろ、勝てないと思っているのか?
たかが一領地の反乱で揺らぐとでも?」
アンスリット公爵領は、確かに豊かな土地であり、私設軍も精兵揃いだ。
一対一ならば、他のどんな領地にも負けないし、なんなら小国程度ならば彼らだけで落とせるほどの軍事力を持っている。
だが、所詮は王国の一領地でしかない。
四方を他領地に囲まれており、四方八方から攻め立てられて勝利できる程では、流石にない。
それが分からぬ彼女でもなかろうに、と訝しんでいると、会場の中から反乱に追随する声があった。
「我が伯爵領は、アンスリット公爵にお味方します」
「我が男爵領は……」
「子爵領は……」
続々と王国ではなく、公爵領へ味方するという宣言が出てくる。
その数は約半数にも上るだろうか。
立太子記念パーティに呼ばれる有力貴族の約半数が、国家への反逆を良しとしているのだ。
衝撃的な出来事である。
「何の準備もなく、この様な事を行う筈がありまそんよ、殿下?
馬鹿なのですか?
ああ、無能の馬鹿でしたね、そういえば」
「おのれ、リライン・アンスリット公爵令嬢め……!
姑息な手を!」
それでも、勝算がない訳ではない。
格段に下がったが、まだまだ勝ち目はある。
それは、リライン令嬢も分かっている。
だが、それでも良いのだ。
これは最終手段であり、分の悪い武力闘争も確かに覚悟していたが、今ならばそこまで行かないと確信している。
何故ならば、目の前の彼は、プライドも何もない、愛国的な賢い馬鹿である。
きっと彼ならば、国を守るために最良の判断を下してくれるだろう。
そして、その予想は現実となる。
「…………貴様の要求は?」
現状を理解しているのだろう。
苦渋に歪みきった表情で、アルフォンス王子は絞り出すように訊ねた。
「殿下に大人しく玉座に座って頂くこと。
そして、王妃として私を迎えること。
以上二点で、矛を降ろしましょう」
「ぐぬぬぬぬぬぬっ……!」
凄く、嫌そうである。
そこまで嫌か、と思うが、まぁ価値観は人それぞれだろう。
戦えば、まだ王国側が有利である。
厳しい戦いになるだろうが、勝算は王国側の方が高い。
しかし、内乱ともなれば他国が介入してくる可能性が高い。
領陣営が弱りきった所で介入し、漁夫の利を得て全てをかっさらわれかねない。
そうなれば、国の滅亡さえ見えてくる。
それは、国を想って自らの命すら投げ出せるアルフォンス王子にとって、望むところではない筈だ。
「さぁ、賢明な判断を、殿下」
「…………言っておくが、私は何もしないぞ?」
アルフォンス王子が、苦り切った表情で言う。
彼の天秤が傾いた事を確信したリライン令嬢は、満面の笑みで応じる。
「ええ、構いませんよ。
実権は私が頂きます」
「本当だな?
後から私に仕事をさせるなよ?」
「ええ、勿論。
殿下は大人しく玉座に飾られているだけで良いのです」
「……………………私、アルフォンス・シーラー・フリージアは、王太子となる事を……ここに、誓う……!」
「良き判断ですわ、だ・ん・な・さ・ま♡」
血を吐き出さんばかりの王子と、恍惚とした笑みの令嬢。
勝敗はここに決したのである。
まぁ、既定路線通りに王子が王太子となったというだけの茶番だった訳であるが。
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蛇足的な後日談。
その後も往生際悪く、幾度も手を変え品を変え、廃嫡を狙うアルフォンス王子だったが、彼の願い虚しく、正式に王位を継ぐ羽目になってしまった。
そうしてやっと諦めが付いたらしく、国王となった彼は、以前の言葉通りに玉座のお飾りを徹底し、実務には一切関わらなかったという。
歴史の中では、稀代の傀儡王などという蔑称で呼ばれる事となった。
一方で、精力的に王国を盛り立てようとする王妃の尽力によって、王国はその歴史上で最も巨大な版図を築き上げ、大帝国として隆盛を誇ったとか。
ちなみに、その立役者である王妃もまた、史上最凶の悪女という呼び名を頂戴したりも。