本当に大切なもの
ユリは妖精たちの先頭で
キノコの群生地を目指し飛んでいました
森にいつもの活気はなく
全てが息を潜めているかのようです
ユリの頭の中はごちゃごちゃでした
"早く結界を張って東のみんなを守らないと!
せっかく力があるんだから
必要とされているときに使えなきゃ
コケモモさんが言ってたことが気になるなあ
ぼくが騎士のたまご?
たまごってあのたまごだよね?
ぼくは……丸くないよなあ……
スズラン大丈夫かな 襲われてないかな
ちゃんと逃げてるかな 見に行きたい
でも、ここを放って行くわけにはいかないしなあ"
こんな考えををもう十数回繰り返しています
やっと着いて、
キノコの上に各々腰を下ろした妖精たちは
話し合い始めました
「何もないところに結界を張るのは難しいから
葉っぱかなんかで覆ってみてから
それの周りに付与するかたちで
結界を張るのがいいんじゃないかしら?」
バラが提案します
「いや、それじゃ遅いし、第一どうやって作るんだ?
ここには魔力の強い奴ばっかり集めたから
手先が器用な妖精らしい妖精はいないぞ?」
コケモモが反対します
「いないことはないと思うよコケモモくん
でも、時間がかかるのは事実だろう
今、私たちに求められているのは早さだ
バラくんもそう思わんかね?」
スイレンがそう意見すると
他のリーダーたちも概ねそれに同意し、
バラも渋々頷きました
ユリと、ついてきてくれた仲間たちは飽きてしまい
キノコの上でぴょんぴょん跳ねて遊んでいます
その様子をちょっときつい目で流し見た後
コケモモがこう提案します
「思いついた!
バラが言ったような基礎になる結界を
あいつが最初に張ればいいんだよ!
あの、黒妖精が!」
「なんて無茶なことを!
結界を張るのがどれだけ大変か
あなたは特によく知っているはずでしょう!」
「うるさい! そんなことはどうでもいい!
今はこれが最善策だ!そうだろスイレン?」
少し怒った様子のコケモモの意見に
スイレンは、少し考えた後
「黒の彼には悪いが、これが最善であろうな」
方針が決まりました
「というわけで、ごめん、よろしくユリ」
「大丈夫です。任せてください!」
ユリは手のひらに力を集めて
ぎゅっと縮めて、集めて、縮めてを繰り返し、
充分にたまったら、それを横方向にだけ開放します
眩い光がユリの全身をキラキラ巡り、
練り上げられて結界を形作っていく様に
少なくない数の妖精が神々しさを感じました
開放を20回と少ししてようやく
仮の結界が出来上がりました
透き通るような水色のそれには
確かな光が宿り、薄いながらにも存在感があって
その上で南の精霊樹の結界から
北の結界までしっかり届いていました
これを本当に1匹の妖精がやったのかと
その場の誰もが目を見開き唖然としました
ユリは疲れ果てて膝から崩れ落ちたので
ホウセンカがふわふわ浮かせて
キノコの上に横たえました
「よくやった!
黒の…ではなくて、ユリくんだったね?
あとは皆でこれを強化すれば
この場をしのぐのに窮することはないだろう!
君は私たちの救世主だ!」
スイレンがユリを褒め称えました
「全員位置について!
今のうちにちゃっちゃか強化するの!
ほら!始め!」
号令をかけると、バラ自身も力を注ごうとします
その時
「本当に凄いことだなあ
僕らはこぶし二個分でも疲れ果てるというのに
まるで化け物じゃあないか
これの外にいる真っ黒けの獣と
どっちの方がよりとんでもない化け物なのか
わかりゃしないね、まったく」
手を大げさに動かし、
ニヤリと笑みを浮かべながらコケモモが言いました
「ここまでできるんなら
この先だって君一人の方が早そうだな?まっ黒くん
みんなのことを思うなら、
君がやるべきだと自分でも思うだろ?
それともしたくないのかい?
君は妖精なのに
妖精のために働きたくないのかい?」
聞いたユリは、何かに取り憑かれたかのように
ゆっくりと体を起こし、結界に歩み寄りました
ユリの仲間たちやバラ、スイレンたちが、
何か言っているようですが、ユリの耳には入りません
"ぼくは必要とされてる。
必要とされてるんだから頑張らないと….
ぼくは妖精だ。
だから、みんなのために頑張らないと…
頑張れないぼくに居場所はない
みんなにとっての化け物になっちゃうんだ
うん、化け物は嫌だなあ
ぼくは妖精でありたいよ"
結界に手を添え、
力を流しもうとしたところで膝がガクンと落ち
意識が朦朧としてきて
景色がぐにゃんとまがり
やがて、
こみ上げてきた眠気に抗えなくなったユリは
静かに目を閉じ
意識をどんどん遠ざけてしまいます
パリンッッ
なんだろう?聞いたことある気が……まあいいや
「ふはっ ふははは!!
こんな長さ、まともな結界を
張れるわけないだろバカどもめ!
せっかくの黒妖精がむだになったなあ!
こいつさえいなければ
おまえらなんかこわくないんだよ!」
うるさいなあ
あんたの声キンキンするからすきじゃないんだよ
そのまま暗闇に呑まれて
意識がふわふわして
まっくろまっくろ
ぼくはとろけて
消え……
『1番大切なのはつながりなんじゃないかしら』
スズランの言葉がすっと頭に浮かびました
"今度こそぼくは
『つながり』を大切にできたかなあ?
今度こそぼくは
相手のことをわかろうと出来たかなあ?"
そう思ったユリが重いまぶたを持ち上げて
薄く目を開けると
6つの顔がユリを覗き込んでいました
ユリは気づきました
ユリの大好きで大切な『きらきら』と
大事に紡いで守るべき『つながり』が
確かにそこにありました
しかし、どの顔も悔しさや悲しみに歪み
涙でぐちゃぐちゃになってしまっていました
今になってようやく
ちょっとまともにまわるようになってきた頭は
さっき聞こえた音と声の意味を理解し
「あはっ」
今度は意思を持ってぎゅっと目を閉じました
"ぼくはぜんぜん変わってなかったな
こんなに近くに『つながり』があるのに
必要だとか、みんなのためだとか
上辺の言葉だけなぞって……このざまだ
もうやめよう。かえるんだ。
ぼくは、
ぼくとぼくの本当に大切なもののために
この力を振るう
でもそれだけじゃ足りない
今のままじゃあ
この両の手のひらから
大切なものをぽろぽろ落っことしてしまう
だから、どうか大精霊様
ぼくが騎士のたまごなんだか、
たまごの騎士なんだかよくわからないけれど
守りたいものを守り切る力をぼくに!"
その瞬間ユリの体の内側から
光よりも速く飛び回って
この世界の全てを目に焼き付けたいような
あの天の彼方まで響くほど
全力の、高らかな大きな声で歌い出したいような
むずむずする熱いものがぐんぐん込み上げてきて
ぶわあっとあふれて、かあっと熱く体を包み
まぶた越しにも眩しいような鮮やかな光が
ピカッと放出されて、すうっと消えた
まぶたをぱちっと開けたユリは
その時初めて
自分が両手を掲げて祈りを捧げていたことと
自分の羽が、元の濡羽色に加え
妖精の煌めきを一つ一つ集め
宝石にして散りばめたかような虹色を得て
輝いていることに気づき
驚いてぐんっとからだを起こしました
すると、周りを見回す間もなく
妖精たちが
涙の跡が残る顔にニカッと笑いをうかべて
思いっきり抱きついてきました
ユリはみんなをぎゅうーーーっと抱きしめながら
1匹1匹と顔をじっと見合わせたあと
決意を新たに天を仰いだ