君影草の白昼夢
風が草を揺らしさらさらと音が流れていきます
ユリが話し終えた頃には
お日さんの光でぽかぽかする時間になっていました
それでもユリに
スズランの羽から離れる気はおきなくて
2人で寄り添ったまましばらく無言で泉を眺めます
たっぷり数分経ったあと
スズランが口を開きました
「たしかにあたし達は毎日おんなじことを
ぐるぐる繰り返してるわ
それに、どこが欠けてもいけないし、
妖精が足りてないわけでもないから
どこかで空きがでたら
すぐに他の子が代わりに入るでしょうね
だから、あたしがあたしじゃなきゃいけないって
言い切れはしないわよね
……そう考えたら歯車っていうのは
ぴったりな例えかもしれないけれど……
それだけじゃないとも思うの」
どこからともなく
透き通るような白い蝶と漆黒のアゲハがやってきて
くるりくるり、ふわりふわり
楽しそうに花々の上を舞っています
スズランはユリをヒョイっと回して
ちゃんと向かい合わせになるようにし、
ぱちっと音が出そうなほどしっかり目を合わせて
それからちょっとほほえむと話を続けました
「ねえ、ユリくんって時々さ
みんなの通勤中に
ちょっと高いとこまで飛んで眺めてるでしょ?
あたしも時々やるんだけどさ
ユリくんはあれはどう見えてるのかな?
あたしにはね、橋に見えるんだ
西の森と、中央の泉付近と、東の森とを
みんなの羽の光が繋いで橋を渡すの
こんなに立派な橋を渡るのは神様だと思うの
じゃあ、どうして渡るのかしら
きっと、大好きな人がいるんだわ!
それで、日の出や日の入りのガヤガヤに紛れて
東から西に、西から東に逢いに行くのよ!
禁じられた恋なのかもしれないわね
それで、ずっと一緒にはいられないから
哀れに思った大精霊様が妖精達に魔法をかけて
泉を中継地点にして橋をかけてあげてるのよ
そんなふうにあたしは思うわけだけど
ユリくんはどうかな?」
時々、身振り手振りを混ぜながら
楽しそうに話し終えたスズランは
期待のこもった目でユリを見つめます
「ぼくはそこまでは考えていないなあ
ただ、あの景色が虹色の絹みたいに見えて
きれいだなあと思っていたんだ」
ユリが恐る恐る答えると
スズランはユリの回答を喜んで、
ニコニコ笑いながら夢心地で語りました
「絹! あの、滑らかな感じとか
時々日の光をはじいてキラキラする感じとか
たしかに絹っぽいわね!
けれど、もしあんなに輝く絹で服を作ったのなら
着る子がどんな羽を持っていても
きっと見劣りしちゃうわ
ああ、そうだ、月の女神様ならどうかしら!
十五夜の月のような色の羽を持っているとしたら
きっとよく似合うわ!」
ユリもなんだか嬉しくなって
一緒にニコニコしながら話を聞きました
「それでね!私が言いたいのはね!」
スズランは一転、真面目な顔をしました
「はっ! ああ、うん。どうぞ?」
「ちゃんと聞いてよ?
今の話で、つたえたいのはね、
あたし達はお互いの全部を
知っているわけじゃないってことなの
あたしがさっき話したこと、
思いつきもしなかったでしょ?
当然よ。頭の中覗き込むわけにはいかないものね
何を考えているのか
どんなふうに見えているのか
なんとなく想像することはできるけれど
本当にそうなのかは、わからないの
最後の最後はみんな
世界にたった1人ぼっちなのよ。きっと。
でも、逆に考えてみると
誰もが、他の子には想像もつかないような、
その子だけのきらきらを持ってるかもって
おもえるわよね!
しかも、お喋りができるあたし達は
その特別な宝物を
伝え合うことができるわ
そうやってきらきらを分け合えれば
お互いの存在がお互いの心のどこかに
刻まれてずっと残っていくのよ!
これって素晴らしいと思わない?」
頬を薄くピンクに染め
ぱっちり見開いた目に光を集めたスズランは
神秘的に思えるほど可愛らしくて
ユリは思わず見惚れました
「ね、わかる?
あたし達って、こんなに素敵な存在なのよ
必要とされることは嬉しいし
やりきった! って気持ちもいいけれど
それが全てじゃないの思うの
1番大切なのはつながりなんじゃないかしら
自分をよりわかってもらおう
相手をよりわかるようになろう
ごく当たり前なその心の働きかけを忘れたとき
あたし達は本当にただの歯車に成り下がるのよ」
聞いたユリは、
天使に頭をガツンと殴られたような気がしました
"最近ぼくはいつも仕事に夢中だった
いつからあんまり喋らなくなったのだろう?
思えば休んだ次の日戻ってきた時も
いない間にどんなことがあったか、
どういう理由があったか何も聞いていない
それなのに一人で騒いで、悲しくなって……
本当にご苦労なやつはこのぼくだ"
その時突風が吹いて
あたりに落ちていた花びらがぶわあっと舞い上がり
2人の周りにひらひら降りました
「スズラン、本当にありがとう、目が覚めたよ
君はほんとうにいいお姉さんだ」
すっきりした顔のユリが
照れたように濡羽色の瞳を細めつつ言います
スズランは胸を張って口角をニッと上げ
「ふふんっ でしょ? お姉様と呼んでいいのよ?
とにかく、ユリくんが元気になってよかったわ」
と自慢げに言いました
ユリはスズランの髪についた赤い花弁を取った後
軽くお辞儀をしてから飛び立ち
手を振りながら優雅に去って行きました
そしてユリが見えなくなった後……
「まったく。10日間も寝てたのに
1日も経ってなかったと本気で思ってるのかしら
寝てる間は時の流れがはやいのね
夢をみていたのかもしれないわ
覚えていたら今度聞いてみましょう!
それにしても……
お姉さん、かあ……」
スズランはそっと呟きながら
ゆっくり帰っていきました
あの時舞った花びらの中に
決して散ることのない精霊樹の葉の
赤黒く萎れ落ちたものが
1つ、2つ混ざっていたことに
2匹はついに気づかないままでした
物語が動き出した……予感……?
改題後、初投稿です。
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