真夜中の大冒険
咲き乱れていた花々は
ひとつ、またひとつと閉じて垂れ下がり
ほのかな灯りを残して蕾になっていきました
気づけば日は落ち、辺りは暗く
シーンと静まり返り、時々虫の声が響きます
ぽつんと1匹残ったユリは
足元の苔むした岩を勢いよく蹴り、飛び立ちました
「さあさあ、おもしろいことはないかな?」
呟きながら、かさのぷっくりした
色とりどりのキノコの並びを渡っていきます
ポヨンッポヨンッと飛んではずんで
宙返りだってできちゃいます
楽しくなったユリは風を集めて加速します
蕾や葉、茎に草枝の間をぬうように飛び
木のうろを通り抜けると、
寝ぼけたサクラの妖精がびっくりして花びらを1枚おとしてしまいました
「おっとごめんよ。明日バラさんに相談してくれ」
ユリは呼びかけつつも、速さを緩めることはなく
時々くるっと回りながら夜の森を突き進みます
宙にキラキラ輝く露が浮いているのが見えました
不思議に思って近づいてみると
銀の糸にくっついているのがわかりました
触れるとベタっとしたので
ユリはびっくりして糸を弾いてしまいました
露が全部ぽとぽと落っこちて
いくつかがユリの羽を濡らしました
このままでは風邪をひいてしまうと思ったので
少し残念に思いながらも
ユリはすぐに帰ることにしました
少し重くなった羽を頑張ってはためかせて
高くまで上がってから滑るように飛びます
だんだん寒くなってきて
ユリの歯がカタカタ震えました
「おうちに帰ったらこの前もらった
ぬくぬく玉をつかおうかな
それから、花びらをいつもよりぎゅっと閉じて
ふわふわぽかぽかで眠るんだ」
暖かくていい香りがする百合の花が
なによりも恋しくて
はやく、もっとはやく、と
焦りがユリの心に生まれてふくらみます
「痛っ! うわああ! おっとっと」
少し経ったころ、突然
ユリは羽に痛みを感じ
バランスを大きく崩しました
倒れた木の上に降り立って見てみると
右の羽の先の方ががスパッと切れてしまっています
いつのまにか、スゲが沢山生えているところに入ってしまっていたようです
かわいそうに、ユリはどんどん青ざめていきます
傷口から力がとろとろでていっているのです
ユリは必死でぴょんぴょん跳ねて
なんとか百合のある泉のほとりを目指します
いつもはなんとも思わない草木や岩、木の根が
真夜中に地面から見ると
大きくてまっくろな恐ろしい怪物に思えました
「あのゆらゆらしてるのはただの葉っぱで
あのギザギザしてるのは折れた枝
ここは大精霊様に守られた聖なる森なんだから
怖いものなんてないさ
怖いものなんて……ぴゃっ! あ、きのこか……
ないんだから!ないったらない!
だいじょうぶ!
焦らないで慎重に……」
ユリは、心細くて怖いと感じながらも
周りをキョロキョロ見ながら
安全そうな足場を選び
注意深く進んで行きました
ようやく近所の泉が見えてきました
静寂に包まれ凪いだ水面には
まんまるな月がぽっかり浮かんでいて
少し眩しいくらいでした
ずっと足元を見て跳んでいたユリは
その時初めて、遠く空を見上げました
全てを飲み込まんとするような闇に
チカチカ瞬く星々が一面に散らばっていて
ユリが今まで見てきたどんな宝石より
美しく輝き、貴やかでした
月は黄金色の姿を惜しむことなく晒しており
その遥かなる存在を目にしただけで
災難だった今日の冒険も
悪くなかったなと感じたユリが
思わず目を細めると
そこから5本の金色の道がすうっと伸びて
ユリの行く先を祝福しているようでした
しばらくそうしてぼうっと空を眺めた後
百合に帰ったユリは
花びらの中に倒れ込むと
あっという間に眠りにつきました
ユリはそのまま10日間眠り続けました