ヒューマニズムについて
ヒューマニズム、人道主義、博愛主義。
この種の考え方は、とても大切だと思います。
が、思いを、人間から人間以外の動物へ。さらには植物も含めた生命全体まで広げてみると、「いい気なものだ」とも言えてしまう考え方でしょう。
生命は、他の生命を犠牲にしなければ、他の生命を奪うことなしにはその生命を持続させていくことはできない。
これは、この世界が根源的に持っている原罪です。
ヒューマニズム、人道主義、博愛主義は、その原罪をしっかりと認識した上で唱えるべき考え方であると思います。
人間もまた動物である、という考え方に立てば、平和よりも、日常的に常に厳しい生存競争に晒されるのが当たり前の姿ということになります。
例えば、サラブレッド、競走馬の世界。
ミスターシービー、オグリキャップ、ディープインパクトなど、名馬は美しいストーリーで彩られます。
多分、何も考えてはいない馬たちに、様々なエピソードを付随させて物語られます。
私もそのような文章は好んで読みます。
が、現実を見れば、サラブレッドは、経済的動物。
ごく一部の、駆けるのが速い牡馬だけが、牝馬と子孫を残す行為を行うことが出来る。馬によっては年間で、百を超える回数を。
それ以外の馬は、牝馬をその気にさせるために使われ、その気になればお役御免のアテ馬に使われる。乗馬や誘導馬に使われる。
そしてそれ以上に多くの馬が、食肉になる。
涙なしには語れないような過酷な世界です。
もし人間の世界が、サラブレッドと同様であれば。
人間の世界も、権力者は、何人でも愛妾を持てた。
絶対的権力者が存在している政体であれば、その相手は数百人に及ぶ。
歴史的に見れば、それが普通でしたし、女性の初夜(処女)権は、権力者が持つというような社会もあったようです。
そういう社会であれば、見目麗しく、多くの男性にとって魅力があると感じる女性は権力者のもの。
権力を持たない男性が相手にしてもらえるのは、それ以外の女性。そして人数的にいって、女性とは無縁の男性も多く出現するということになるでしょう。
人間もまた動物だと思えば、それが当たり前の姿。
しかし、人間は、歴史を重ねるにつれて、出来るだ多くの人間が「より良い」と感じることのできるような世の中を模索し続けて、その結果、現在の、一夫一妻制が望ましいとさせる世の中になった。
こういう認識もあって良いのではないかと思います。