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ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
8/13

秘匿された歴史

設楽に着いた市川と大垣は四輪村出身の人物に接触しようとするが…

設楽町の役場は近代的な外観の2階建てだった。同じ敷地内に図書館と託児所が併設されている。

大垣はスクーターを駐輪場に停めた。役場まで歩きながら市川が言った。

「なんて言って教えてもらうつもりなの?」

「高校でやってる研究のためだって言えば教えてくれるだろ」

「それなら設定をちゃんと決めた方がよくない?」

「それもそうだな」

話し合った結果、2人は深見ヶ丘高校の郷土研究部でダムに沈んだ村のことを調査しているということにした。もちろん実際には郷土研究部なんて部活動は存在しない。

「それと、聞くのはおれじゃない。おまえにやってもらう」

「え、なんで?」

「普通おれみたいなムサい男より、女の方が教えてやりたくなるもんだろ」

「それはわかんないけど、別にいいよ」

「なら頼んだ。学生証持ってるか?」

「財布にあるけど」

「ならそれも見せた方が信用されやすいはずだ」

「わかった、そうする」

2人は入り口の自動扉をくぐった。待合室を挟んだ奥に窓口がある。彼女たちの他に来客の姿は無かった。

市川が窓口に立つと、中年の女性が出てきて対応した。

「ごめんんさいね、待たせちゃって。どんな御用?」

やけに張のない声だった。

「あの、私たちは県立深見ヶ丘高校の者で郷土研究部の活動として昔九連ダムが建設された際に沈んだ四輪村という村のことをしらべているんです。

それでその村の住民が設楽町に移住したということがわかって、今設楽に住まれている四輪出身の方にお会いしたいと考えているんです。よければそういった方のことを教えて頂けませんか?」

そう言って学生証を差し出した。

「深見ヶ丘?どこの高校?」

「豊田です」

「学校の勉強で来たの?」

「はい、部活で研究をしているんです」

「そっちの男の子も?」

大垣の方を見て言った。

「自分もそうです」

大垣はやけに真面目な調子で言った。

「大変ねえ、今の子は。えーと何を調べたいの?」

気怠そうな口調で女性が言った。

「四輪村から設楽に移住してきた人を調べたいんです」

「それってどのくらい前のことかしら?」

「40年前です」

「うーん、そんなに昔の記録が残ってるかわからないけど一応調べてみるわね」

そう言うと窓口の女性は席を立った。

「大丈夫か、あのおばさん」

大垣が心配そうに言った。確かにちょと適当な雰囲気があるのは市川も感じていた。

「私たちが学生だからかな」

「こっちは人の命が掛かってんのに」

それでも、一応協力してくれてはいるのであまり不信感を持ったわけではなかった。

そうしていると女性が戻ってきて言う。

「わるいけど、そんなに昔のは見つからなかったわ」

ここで何もわからなければ、村の人々を見つけるのは限りなく困難になる。そう簡単に諦めるわけには行かない。

「どうしても四輪村にいた人に会いたいんです。よく探してみてくれませんか?」

「そう言われてもねえ、40年も前の記録なんてどこに行ったかわかったものじゃないのよ」

「他の人に変わってください。ちゃんと探せる人に」

大垣が口を挟んだ。明らかに苛立っている。

「たぶん誰も探せないわよ」

不機嫌そうに女性が言った。

「なんで?」

「3年前に役場の建て替えをして、そのときに古い記録は置き場所が無かったから処分しちゃったの」

「はあ?」

「そういうことだから諦めてちょうだい」

大垣は言葉を失っていた。市川も同様だ。失望がじわじわと心を覆っていき、なんと言うべきなのかを考える余地すら無くなる。そうして沈黙が流れていると、後ろから声が聞こえた。

「用事が済んだんならかわってくれるかの」

振り向くと、白髪の老人が立っていた。顔には深い皺が刻まれているが、背筋はまっすぐに伸びている。

「あっ、すみません」

市川が窓口を離れると、女性が老人の姿を見て言った。

「あら田代さん、どうしたの?」

「所得証明書を取りにきただけど」

2人はどうやら知り合いらしく、書類を記入しながら世間話を始めた。諦めて出口に向かおうとすると、女性が言った。

「そうだ、田代さんなら知ってるかも」

「なんのことかの?」

「あの学生さんたちが昔のことを知りたいみたいなんだけど、教えてあげたら?」

そう言って市川たちの方を見た。

「すみません、少しお聞きしてもいいですか?」

市川が田代と呼ばれた老人に訊いた。

「べつにいいけど、あんまりあてにしんでな。忘れたことの方が多いで」

老人ははっきりした声で言った。

「ありがとうございます」

市川が頭を下げると大垣も続いた。そして大垣はポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。

「それじゃあお聞きしますが、40年前に九連ダムが建設されたのはご存知ですか」

「ああ、覚えとるよ。完成したのを見に言ったときはびっくりしたもんだ」

「そのときに四輪村という村が沈んで、住民がこの町に移住したんですがどなたか知っている方はいませんか」

「うーん、知っとることには知っとるけど」

「その方にお会いしたいんですが、どちらに?」

「いや、去年亡くなっとってな…」

「そ、そうなんですか…」

大垣が後ろで小さくため息つくのが聞こえた。

「でも確かそいつの近所にも四輪から来た人がいたはずでな」

「本当ですか?」

「そのあたりは移住のために開発された場所でな、昔は大勢四輪からきた人が住んどった」

「場所を教えて頂けますか?」

田峯(たみね)のあたりだな。確か住所は…」

大垣が住所をメモ帳に書き込む。

「ありがとうございます、本当に助かりました」

「ただ、村からきた人に会えても何も教えてくれんかもしれんけどな」

「どういうことですか?」

「亡くなった知り合いに村のことを訊いたことがあったけど、あんまり喋りたがらんかった。なんでかは知らんけど言いたくないことがあるのかもしれん」

やはりあの村には何かがあるのか。それも他人には言えな何かが。だとすればなおさら知らないわけには行かない。隠されたものに異変の真実があるに違いないと市川は思った。

老人に礼をして、スマートフォンで田峯の位置を調べる。田峯は設楽の北西にあった。ここからの距離は10kmも無い。2人はまたスクーターで走りだした。

市街地を抜け、田畑が並ぶ郊外の道に入る。地図をみた限りでは田峯には農場の間に小規模な住宅地があるだけだったので人探しは難しくなさそうだった。

これで四輪を知る者に会うことになる。そう思うと希望を持つのと同時に少し不安な気分にもなった。もしかつての村人でも異変についてなにも知らなかったら、知っていたとしてもそれが隠したいことなら真実を知ることはできなくなる。そうなれば誰も助からない。

「大垣君」

「どうした」

「さっきの人が村からきた人は村のこと話したがらないって言ったよね」

「そうだな」

「なんでだと思う?」

「さあ、でもそれがこの異変に関係してるなら話してもらわんわけにはいかんよな」

「話してくれるといいけど」

「人が死にかけてるって言えば、たぶん話すだろ」

「それでも話さなかったら?」

「その時はおれがやる」

「やるって、何を?」

「言わない」

「何する気なの?」

「お前には絶対できないことだ」

一体何をするつもりなのかわからないが、これ以上は聞けなかった。

そうしていると住宅地が見えてきた。斜面に数十軒の民家が立ち並んでいる。大垣は住宅地に入ると、木造の古い家の前で止まった。

「ここが住所の家だ」

2人はスクーターを降りる。

「取り敢えずあの家から行くか」

大垣は隣にある瓦屋根の平屋を指して言った。家の玄関に立ちインターホンを鳴らすと、「はーい」という声がして扉が開かれる。

出てきたのは50代くらいの女性だった。

「すみません、私たちは高校で郷土研究をしている者でして」

「はあ」

「このあたりで四輪村の出身の方を知りませんか?」

「四輪村の人?」

「はい」

「昔は大勢いたんだけどねえ、まだ生きてる人はいたかねえ、うーん」

女性は頭に手を当てて考えて言った。

「ちょっとお父さんに聞いてみるね」

そして奥の部屋に行き、同じくらいの歳の男性を連れて戻ってきた。

「この子たちがね、四輪村の人に会いたいんだって」

男性はしわがれた声で言った。

「向かいの長峰さんはまだ生きとったかの」

「去年亡くなったでしょ」

「そんなら片岡さんとこだの」

「その方はどちらにお住まいですか?」

市川が訊く。

「この道を右に行って突き当りを左に、そこから3番目のところを右に曲がってすぐのとこだの」

大垣がメモ帳に図を描いて確認した。

「ここで合ってますか?」

「おお、合っとるよ」

「ありがとうございます」

2人は片岡と呼ばれた者の家に向かう。大垣はやたら歩くのが速くなっているが、その気持ちは市川にもわかった。友人と自分の命を救うための情報を目の前にして気持ちがはやらない方が不思議だ。しかしそれにしても速いので、市川は小走りにならなければいけなかった。

メモに従って歩いて行くと、「片岡」という表札の家に着いた。かなり年季の入った木造の家だ。

「ここだな」

「うん」

インターホンを探したが見当たらず、大垣が戸を叩いた。すると中から足音が聞こえて玄関の引き戸が開く。かなり高齢に見える男性がそこに立っていた。

「どちら様で?」

男性が不審そうに言った。

「私たちは四輪村のことを調べているものです」

「それで?」

「片岡さんでしょうか」

「そうだけど」

「四輪の出身だと聞いて、お話を伺いたいと思って来たのですがよろしいですか?」

そう言うと、片岡は怪訝そうな顔をした。

「なんであそこのことを知りたいんだ?」

「えっと…私たちは高校の郷土研究部で…」

市川がそう言いかけたところで大垣が遮った。

「いや、この人には本当のことを言う」

大垣が片岡を見据える。

「片岡さん、最近雨が降らなくて九連ダムが干上がってるのは知ってますか」

「そうらしいな」

「それでおれたちの友達がダムの底に沈んでいた四輪村に行きました。そしたら戻ってきたそいつらの身体が干からびていったんです。おれたちもそこへ行って異常なものを見てきた。こいつの身体にも異変が起きてます。

なんでこんなことが起きてるのかわかりませんか?治す方法は?」

片岡の顔に驚愕の色が浮かんだ。

「なんだそれは……おれは知らん、そんなことはなにも知らん!」

血相を変えて片岡が言った。

「だったらあの村で何があったのか教えてください」

「なんのことだ」

「なんでダムの建設に反対しなかったんですか?」

「そんな昔のことは忘れた」

「そんなわけない」

「本当だ、もう帰ってくれ」

片岡はそう言うと戸を閉めようとしたが、大垣が手で抑えて阻んだ。

「友達が死にそうなんだ!頼むから教えてください」

「なにも知らん!」

老人は扉から手を離した。すると抑えていた大垣の力と釣り合う力がなくなり、バランスを崩して倒れ込んだ。

「ぐわッ」

倒れた大垣が呻く。老人はその間に戸を締めて鍵をかけた。

「だ、大丈夫?」

市川が差し出した手を無視して立ち上がった大垣は戸を叩いて怒鳴った。

「おい、出てこい!絶対なんか隠してるだろ!」

返事は無い。

「このままだと友達が死んじゃうんだよ!頼む!誰にも言わないから!」

すると、中から片岡が言った。

「いいかげんにしろ!警察を呼ぶぞ!」

「け、警察!?それは…」

「だったら帰れ」

「くそッ、ずらかるぞ」

そう言って大垣は家を後にして走り出した。市川も急いでそれを追いかける。

数十メートル走ってようやく大垣は立ち止まった。

「なんで逃げたの?」

息を切らしながら市川が訊いた。

「だって警察呼ぶって…」

だからといって走って逃げることはないだろうと思った。そんなに警察が恐いのか。

「でもあいつ、絶対なにか隠してるだろ」

確かにそれは市川も感じていたことだった。特に身体の異変について聞いたときの表情の変化はあからさまだ。

「しかもそれは異変に関係してる」

「間違いないな」

しかしもはや彼から話を聞くのは無理だ。

「この辺りは村から移住した人が多いって言ってたから、とりあえず他に村の出の人を探すぞ」

「わかった」

そうして2人は家々を回って四輪出身の人を探したが結局見つけることはできず、時刻は6時を回った。家に帰らないわけにもいかず、帰路についた。

あと3日しか有余がないというのに、ここまで来てなんの情報も得られなかったことは大きな痛手だ。しかも他に情報を得られそうなあては無い。

もしかしてこの状況は”詰み”なのではないか。そんな考えが市川の頭をよぎった。このまま友人と、そして自分の死を待つしかないのだろうか。

「これからどうしたらいいのかな」

すがるような思いで大垣に訊く。

「まだ全部の家を回ったわけじゃないから、また明日出直して聞き込んでいく。それと本とかネットでも調べられることはあるだろ」

そんなことは市川も既に考えていたことだった。もっと他に良い方法がないかを聞きたかったのだ。

「そんなのじゃなくて…」

そこまで言いかけて、大垣の怒りを買いそうだと気づいて止めたが遅かった。

「じゃあ、他に方法があるのかよ!どこでどうやったら、誰に会ったらあの村のことがわかるんだ?」

『誰に会ったら』その言葉が市川の思考に引っかかった。誰か知っている気がした。あの村のことを知っている人を。村の住人ではない。

そうだ、あの人だ。あの本を書いた人。

「あの人ならわかるかも」

「誰だよ?」

「図書館にあった『東三河の原風景』を書いた人、その人は実際に四輪に住んで村のことを調べてた」

「あの本はだいぶ古かったけど、まだ生きとるかわからんぞ」

「死んでるとも限らないでしょ」

「そうだな、その人を調べるぞ」

ようやく僅かな希望が見えてきた気がした。

















































































































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