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ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
7/13

設楽へ

図書館で得た情報をもとに市川たちは設楽市へ向かう。


  図書館を出た2人はスクーターに乗り、設楽町に向けて走り出した。ダムの底にあった村は四輪村といい、四輪村の人々は設楽町に移住した。そこに行ってかつての村の住人から話を聞くのが目的だ。

  後部座席で揺られながら、市川は大垣に対してなんとなく申し訳ない気持ちになった。昨日から彼の運転するスクーターに乗せてもらってばかりいたからだ。それに燃料代も払っていない。

「ごめんね」

「なにが?」

「昨日からずっと乗せてもらってばっかりだったから」

「別に、協力した方が効率いいからそうしてるだけだ」

「燃料代くらい払わせてよ」

  市川がそう言うと、大垣は吹き出して体を震わせた。そういえば彼が笑ったのを見るのは初めてだ。

「わたし何か変なこと言った?」

「いや、なんでもない」

  一体何がおかしかったのかわからないが、気持ちは少し楽になった。

  国道301号線を通って岡崎に入った。インターチェンジを通り過ぎて道が細くなる。

「バイパスに乗った方が早いんだけどな」

  大垣がつぶやいた。

「なんで乗らないの?」

  そう訊きつつも、内心ではバイパスは恐いので乗らないでくれて助かったと思っていた。

「排気量が足りないんだよ。バイパスは125cc以上じゃないと乗れなくて、コイツは119ccだから」

「そうなんだ」

  そもそも排気量とは何なのか知らないが適当に返事をした。

「免許は持ってるの?」

  この際一番気になっていたことを訊いてみることにした。どうか持っていますようにと心の中で祈る。

「今は持ってる」

「『今は』ってどういうこと?」

  嫌な予感がする。

「中学の頃は無免で乗ってたな」

  聞かなければ良かったと後悔した。

「市川は?」

「なんのこと?」

「バイクとか乗らんのか?」

「乗るわけないでしょ!」

  あんたと一緒にしないでよ!と言いかけたがやめておいた。

「なんで?免許は16から取れるのに」

「なんでって、禁止されてるでしょ。それに危ないし」

「今乗ってんじゃん」

  大垣は笑いながら言った。

「それは…今は緊急事態だから特別なだけ!」

「でも校則を破ってることに変わりないだろ?」

「破りたくて破ってるわけじゃないし…」

「おれだってそうだ」

「え?」

「おれはバイクに乗りたいけど学校は禁止してる。だから仕方なく校則を破って乗ってるだけだ」

「そう…」

  彼の主張を聞いて、やはり互いに理解し合えない存在なのだと思った。

  辺りを見ると田舎道に入り、車通りも少なくなっていた。前方にガソリンスタンドがある。

  大垣はスクーターをガソリンスタンドに入れた。どうやらここはセルフスタンドらしい。

  先に市川が降りて、次に大垣が降りる。大垣はスクーターのシートを上げると、その下にあった給油口を回して開けた。そこに給油口があったのかと市川は思った。

  レギュラーガソリンの5リットルを選択し、ノズルを挿し込む。量が少いのですぐに終わった。

「払ってくれるんだろ?」

  大垣が言った。

「えっ、うん。もちろん」

  一瞬戸惑ったが、これで負い目を感じずに済むと思った。支払いは752円で思ったよりも安い。

「最近燃費が悪いんだよな」

「そうなの?」

「ああ、誰かを載せとるからな」

  冗談ぽく言った。

「一体誰なんでしょう?」

  市川もわざとらしく言った。

「普段はどのくらいなの?」

「だいたいリッター40くらいだな」

「ふうん」

  テレビのコマーシャルなどで低燃費だと宣伝されている車でもせいぜい30km/l程度なのに、これは40kmも走るのかと関心した。

  なんだかこのスクーターが急に魅力的に思えてくる。これがあれば、行きたい場所にいつでも行くことができる。電車やバスのように時間を制限されない。それに乗ること自体が刺激的で楽しい。彼が校則を破ってまで乗る気持ちがわかったかもしれない。

  いや、何を考えているんだ!バイクに乗るなんてとんでもない違反行為だし、自分は大垣のような不良ではない。市川は自分に言い聞かせた。

  2人は再びスクーターに乗り走り出した。山道に入り、光が木々に遮られて薄暗くなる。

  ここまで来て、市川は不安になりはじめた。本当に設楽に行けば四輪村に住んでいた人々に会えるのだろうか。

  確かに「東三河の原風景」には四輪村の人々は設楽に移住したとあった。だがそれは40年も前の出来事だ。40年の間に死んだり設楽を離れたりした人も多いはずだ。あの本によれば村の人口は300程度だったらしいが、その中で今でも設楽にいるのは何人なのだろうかと考えるとその数はかなり少なく見積もらざるを得ない。

  設楽に四輪の住人がいたとしても探し出すのは困難だろう。設楽の人口がどれだけかは知らないが何千、何万という人々の中から探し出せるとは考えづらい。

  もし仮にかつての村民に出会えたとして、村のことを話してくれるとはかぎらない。隠したい事実があるかもしれないし、忘れてしまっていたりする可能性もある。

「ねえ、大垣君」

「何?」

「ほんとに会えるのかな、村にいた人に」

「本には設楽に移住したって書いてあっただろ」

「でも40年も前のことでしょ?今じゃあほとんど残ってないはずだし簡単に見つかるとは思えないの」

「そりゃあ何も考えずに探してたら見つからんだろ」

「何か考えがあるの?」

「町の役場とかに行けばいろいろと記録が残ってるはずだからそれを基にして探していけば効率的に見つけられるだろ。それに、『四輪村にいた人』は少なくても『四輪村にいた人を知ってる人』はもっと多いはずだから人づてに行けば見つかるはずだと思ってるけどな」

  大垣の言っていることは一応理屈が通っているが、現実はそんなにうまく行くとは思えなかった。

「そうだといいけど」

「まだ探し始めてもないのに心配したってしょうがないだろ。それか他にアテがあるのか?」

「…そうだね」

  市川は渋々納得した。しかし大垣の行っていることは正しい。他にできることは無い。

  少しして小さな街にさしかかった。大垣はコンビニにスクーターを停めて言った。

「トイレと飯にするか」

  腕時計を見ると2時45分だった。あまり空腹ではなかったが、疲れはかなり溜まっていたのでありがたかった。運転をしていたならなおさらだろう。

  コンビニに入ると大垣は一目散にトイレに駆け込んだ。我慢していたのだろうか?

  市川はサンドイッチとオレンジジュースをカゴに入れてレジに並んだ。イートインでサンドイッチの包装を剥がしていると大垣が隣に座った。おにぎり2個入りのパックを2つとホットドッグ、それから変な色の炭酸飲料を抱えている。

  大垣は市川よりも先にそれらを全て平らげてしまい外に出た。市川も急いでサンドイッチを胃に流しこむ。

  外に出ると、大垣はすでにヘルメットを被りスクーターに跨っていた。すぐに後ろに乗り走り出す。

  街を抜けて川沿いの山道を登っていく。そうすると「ようこそ新城へ」と書かれた看板が見えてきた。どうやら岡崎を抜けたらしい。

  ふとポケットのスマートフォンから着信音が聞こえた。確認したかったが、もし走行中に落としでもしたらと思い後回しにした。

「あ、そうだ」

  突然大垣が言った。

「さっきなんで笑ったのか教えてやろうか」

「さっき?」

「お前が燃料代を払うって言ったときだ」

「ああ、あのとき。なんでなの?」

「今までにも女を後ろに乗せたことはたくさんあったけど、そんなこと言うやつは一人もいなかったから面白かったんだよ」

「そういうことだったの」

「そういうことだ」

  女を乗せたというのは交際相手のことだろうか。これまでに女性と付き合った経験があるということなのか。やや低い身長やずんぐりした風貌からはあまりモテそうな気配は無い。だが大垣に交際相手がいたとしてもあまり驚きは無かった。彼のような性格は恋人を作りやすいことは経験に乏しい市川にもなんとなくわかる。

  おそらくだが、フられたり嫌われたりしても精神的なダメージがあまりないのだろう。断られたら次に行くだけだ。だから試行回数が多くなり自分を受け入れてくれる人にも出会い易い。

  また嫌われることを恐れないために堂々と、それどころかやや強引な態度で他人に接することができ、決定権を握りやすい。こういうタイプが好きな女性は決して少なくない。まあ市川自身はそうではないが。

  市川は恋愛の経験がほとんど無い。恋愛に興味がないというわけではなく、恋愛感情を抱ける相手に出会ったことが無かった。男子に誘われたことは何度かあったが全て断ってきた。

  今は目の前に一人の男がいる。彼に対して恋愛感情を抱くことがあるだろうかと考えたが、即座に否定した。確かに初対面のときから印象は改善してはいるが恋愛感情に昇華することはまずあり得ない。彼のようなルールを軽視する人間は市川の最も苦手とするタイプだ。

  吊り橋効果といい、男女が恐怖体験を共にすると恋愛感情が芽生えるという話を聞いたことがある。彼とはダムの底でこれ以上ないほどの恐怖をともにしたが、そういう感情は一切感じなかった。

  連帯感や仲間意識のようなものはあるが、あくまで自分たちに起きている危機を解決するための協力関係だ。それが無ければ本来市川と大垣は縁のない二人だ。この危機が終われば、もう関わることはないだろう。

  市川がそんなことを考えていると、トンネルに入った。そこを抜けると「設楽町」という青看板が目に入った。

「やっと着いたな」

  大垣がつぶやいた。時計を見ると4時になろうとしている。

  少し走ると住宅地に入り、大垣は道の脇にスクーターを停めた。スマートフォンを取り出し、グーグルマップで役場の場所を調べている。

  市川もスマートフォンでさっきの着信を確かめると夢からLINEでメッセージがきていた。

「私、あと3日で死ぬみたい」

  メッセージにはそうあった。動揺しながら唯明に電話をかける。彼女はすぐに出た。

「あれ、どういうことなの?」

  彼女は涙声で言った。

「さっきまた病院で視てもらったんだけど、医者にそう言われたの」

「本当なの?」

「嘘つくわけないでしょ」

  なんと言うべきなのかわからない。「絶対に助ける」と言いたいが、そんな自信はなかった。

「今わたし達は必死であの村のことを調べてる。助かる方法を見つけるためにね、だから死ぬって決まったわけじゃない」

  これが市川に言える精一杯だった。

「ごめんね、結佳。私のせいでそんなことさせて」

「いいから、じゃあお大事にね」

「うん」

  そう言って通話を終えた。

「何かあったのか?」

  大垣が訊いた。

「夢が医者にあと3日で死ぬって言われたって」

「3日か…なら急がないとな」

  そう言って、アクセルをひねった。

読んでいただきありがとうございます。よければ感想や表情等よろしくお願いします。

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