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ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
6/13

東三河の原風景

図書館で村のことを調べる市川たち。そこで知る歴史とは…

  すぐに聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。そちらを見るとシルバーのスクーターに黒いフルフェイスヘルメットを被った男が乗っている。大垣だ。

  大垣は市川の前でスクーターを停めて降りた。

「佐々木はどうだった?」

  大垣が訊く。

「一昨日よりひどくなってる」

「そうか、鈴木も同じだ」

「私にも異変が起きてる」

  そう言って手を見せる。

「あいつらと同じだ、干からびてる…」

「このままだと私たちも危ない」

「そうだな、急ぐぞ」

  そう言うと大垣はスクーターのシートを開けて、中からシルバーのジェットヘルメットを取り出した。

「これ被っとけ」

  ヘルメットを市川に渡す。

「ありがとう」

  ヘルメットを被ると、ややオーバーサイズ気味だった。ストラップの留め方に戸惑いつつ、なんとかぐらつかない程度に固定した。

  大垣がスクーターに乗り、市川もその後ろに座る。彼はリュックサックを背負っており、少し乗りづらかった。

  アクセルを捻り走り出す。豊田市図書館は市内の中心に位置し、ここ伊保町からは15kmほどの距離だ。スクーターなら20分くらいで着くだろう。

  大垣の運転するスクーターに乗るのはこれで2度目だが、早くもそれに慣れてしまっていることに気付いた。はじめは強い恐怖心と抵抗感があったが、今では何の抵抗も抱かずに彼の運転に身を任せている。

  市川の知らない道に入った。そして思っていたよりも早く図書館の姿が見えてきた。

  彼は図書館への近道を知っていた。ということは何度もそこへ行っているのだろうか。図書館に通うようなタイプには見えないが、意外とそうではないのかもしれない。

  彼は迷いなく図書館の駐輪場に進みスクーターを停めた。

  豊田市図書館は市立としてはかなり規模の大きな図書館だった。中学生の頃に勉強をするために何度か来たことがあったが調べものをしたことは無かった。

  2人はスクーターを降りて入口に向かう。自動扉を抜けると、インクと紙の匂いが鼻孔にふれた。

  館内は明るく、手前には広いスペースに椅子が置かれていてそこで読書をしている人が多い。その奥には高いスチール製の本棚が何十列も並んでいる。

  市川は貸出カウンターの隣にある館内の案内図を見た。二階の一角に郷土資料コーナーがあるようだ。

  階段を登り通路を行くと「郷土資料室」と書かれた札の掲げられた部屋があった。

  中に入ると3列の両面本棚に年季の入った見た目の本が並んでいる。少し薄暗く、陰気な雰囲気だった。

  資料は地域ごとに分類されている。

「九連ダムは新城だったよな」

  大垣が言った。

「うん、確かそのはず」

  大垣は奥の本棚から奥三河の資料を探し始めたので、市川は手前から取り掛かった。

  見落とさないよう目をこらして本の仕切りに書かれた地域の分類を見ていく。

  半田、常滑、大府…この辺りは尾張知多の列らしい。次を見ると津島、愛西、蟹江とある。尾張海部だ。ここでもない。

  静かな部屋に、2人の足音だけが微かに響いていた。ただ黙って本棚に目を凝らす。

  そうしていると、大垣が声を出した。

「あったぞ」

  市川は顔を上げ、そちらに駆け寄って本棚を見る。「新城」と書かれた仕切りが目に入った。

「どれを読んだらいいんだ?」

  大垣が呟く。新城の資料は軽く100冊以上ある。確かにこの中からあの村の情報を探すのは骨が折れそうだ。

  取り敢えず、村のことが書かれていそうなタイトルの本を3冊手にとった。「三河地方の農村」「昭和の新城史」「東三河の自然と開発」という本たちだ。

  そのうちの「昭和の新城史」を大垣に渡す。

  部屋には小さな机に椅子が2つだけ備え付けてあり、そこに本を置いて腰を降ろした。

  市川は「東三河の自然と開発」を開いた。目次を見ると「九連ダムの建設」という項目がある。

  そのページを開くと、そこには九連ダムが開発された経緯が書かれていた。

  かつて東三河では水不足が深刻な問題だった。そこで国営事業として計画されたのが豊川用水だ。その豊川用水の水がめとして九連ダムが作られた。

  事業に着手したのは1968年(昭和43年)で、九連ダムは1978年(昭和53年)に完成し、せき止められた人工湖は鳳来湖と名付けられた。

  その際に九連川の流域に存在した四輪村が水没した。

  と書かれている。

「ねえ、これ見て」

  大垣を呼んだ。

「何か分かったか?」

「あの村の名前」

  そう言って、本を見せる。

「ヨリン村?いやシリン村か?」

「わからないけど、これで調べやすくなったんじゃない?」

「そうだな」

  大垣はメモ帳を出して箇条書きをした。

  •村の名前…四輪村

  •ダム完成…1978(S53)

「1978年って言うと40年前か」

「かなり昔ね」

「ここまで古いと資料が残ってるのかすら分からんな」

「それでも探すしかないでしょ」

「そんなこと、言われんでもわかってる」

  大垣は再び本を開いて調べ始めた。市川も本に目を通す。

  この本には、それ以上ダムや村のことは書かれていなかった。

  「東三河の農村」を開く。写真が中心の風景資料だ。目次を見ても四輪村の文字は無い。1ページずつ見ていったが、四輪村に関する情報は無かった。

  大垣が席を立って、新たに本を取りに行き、5冊ほどを抱えて持ってきた。

  そこから「戦後の三河史」という本を選んで目を通す。一通り眺めて、とくに有益なものは無かった。

  次に調べたのは「新城風土記」だ。これもハズレだった。

  そうして次から次へと資料を漁っていったが、一向に四輪村に関することはわからないままだった。

  やはり50年という年月は、ちっぽけな村の記録を消し去るには十分過ぎるのかもしれない。

  諦めかけたとき、大垣が興奮気味に言った。

「おい、これ見ろよ!」

  大垣が見せたのは「三河地方の神社」という一冊だった。彼が開いたページには古めかしい色合いのカラー写真に撮られた神社があった。

  その下に四輪(しりん)弥代日(みよび)神社と書かれている。

「弥代日神社…そういえば、鳥居の跡みたいなのを見た記憶がある」

「おれも見た、間違いない」

「でも、今起きてる異変と関係あるの?」

「わからん、ただこの本によると弥代日神社は四輪村の特有な信仰に基づいた施設で、いろいろと普通じゃないらしい」

「何が普通と違うの?」

「そこまで詳しくは書いてない」

「そっか…なら、もっと調べないと」

「そうだな。あ、それともうひとつ気になることがあった」

「なに?」

「さっき九連ダムの建設について書かれた本を読んだんだけど、なぜか四輪村の住民は全く反対しなかったらしい」

「それは変じゃない?」

「ああ、普通は自分の村が沈められるなんてことになったら、簡単には受け入れられないはずだ」

「よっぽど補償が良かったのかも」

「だとしても、あっさりと故郷を売るなんてあり得ない」

「何か特別な事情があったのかな」

「故郷を離れたい事情が?」

「住民が村を離れたがっていたなら、村に何か危険なものがあるのも説明がつく」

「やっぱりあそこには何かがあるんだ」

  大垣がメモを書き加えた。

  •弥代日神社…独自の信仰

  •ダム建設に反対しなかった…村を離れたい事情が?

  2人は再び、貪るように資料を読み始めた。少しずつだが、答えに近づきつつあるという実感が彼らを駆り立てていた。

  無我夢中でページをめくり、それ以外は全く視界に入らない。静けさの中に興奮が充満している。

  そして市川は「東三河の原風景」という本を調べ始めた。内容は著者が実際に訪れた村の様子を綴ったものだった。

  あちこちが虫に喰われ、変色している。そうとう古いようだ。刊行された年を確かめると昭和43年、つまりダムの完成と同じ年に刊行されている。

  目次を見ると、四輪村の文字があった。はやる気持ちを抑えてそのページを開く。

  そこには、かつて著者が訪れた四輪村の生活が鮮明に描写されていた。どうやら著者は実際に村に住み込んで調査をしていたらしい。

  村人たちの農作業の様子や、食べ物、歌などの文化が詳細に説明されている。

  それによると四輪村の人々は雨をもたらすとされた神を弥代日神社に祀っており、代々弥代日家の家系の者が雨乞いの儀式の中心となり、祈祷を行っていたという。

  著者は村がダムに沈むことを悔やむ気持ちを綴っていた。そして、四輪村の住民は新城の設楽町に移住したと書いてある。

「ねえ、見てよ」

  大垣を呼んだ。

「四輪村のことが詳しく書いてある」

大垣は本をじっくりと読んで言った。

「あの村にはシャーマニズムが成り立っていたのか」

「シャーマニズム?」

「霊的な世界が信じられてたってこと、シャーマニズムの中心になるのはシャーマンって呼ばれる神とか精霊とかと交信できる人物のことだ。ここでは弥代日家がシャーマンだった」

「本当にそんな世界が?」

「非科学的だよな。でも、おれたちが見たものは科学的に説明できる物じゃない」

「私たちに起きてる異変も霊的なものが原因ってこと?」

「おれはそうだと思う」

「じゃあ、これからどうするの」

「村の住民は設楽に移住したんだよな?」

「ええ」

「そこに行けば、村にいた人に話を聞ける。どうすればいいのかわかるかもしれん」

「そうね、設楽はどの辺りにあるの?」

「新城の北だ、ここからだと3時間くらいで行ける」

時計を見ると、ちょうど1時を回った頃だった。

「すぐに行きましょう」

「そうだな」

急いで本を棚に戻して部屋を出る。階段を駆け下りて出入り口を抜けた。



 

 




 



 

 


 

 


 

 

 

 

 


 


 

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