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ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
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終わらない異変


  市川はスクーターの後ろに座り、山道を下っている。目の前には大垣の背中があり無言でスクーターを走らせていた。

  あれは一体何だったのか。思い出したくもない出来事だったが、それでも考えずにはいられない。

  市川はこれまでいわゆる心霊体験というものが全く無かった。幽霊などの存在を信じたことは無かったし、夢たちの話も内心では半信半疑だった。

  未だにさっきのことが現実の出来事だと受け入れられずにいる。ふとこれは夢の中なのではないかと思い唇を噛んでみるとリアルな痛みが口元に走った。

  幻覚や幻聴だったのだろうか。それならばあんなにはっきりした光景はあり得ない。その上大垣も同じ体験をしている以上、2人が同時に同じ幻覚を見たとは考え辛い。

  あれが現実の出来事だということは、認めざるを得ない。

  あの村には何があるのか、あるいはあったのか。あの女の姿は誰なのか。なぜ夢たちがあんなことになったのか。自分たちは本当に助かったのか。

  数えきれない疑問と不安が頭に浮かぶ。だがどれもいくら考えたところで答えの見つかるはずのないことだった。

  前向きに考えれば、あの金属片を村に戻すという目的は果たせたのだ。これで夢たちの異変が収まれば、疑問は残っても問題は解決できたことになる。

  ではもし収まらなかったら?それどころか自分や大垣まで異変に見舞われたら?そんな最悪の想像をどうしても捨てることができない。

  とにかく今からは唯明たちの容態を見守ろう。もし最悪の事態になったら、そのときになんとかするしか無い。そう自分に言い聞かせ、なんとか心の平静を保った。

  そんな考え事をしているうちにスクーターは山を抜けて市街地に入った。

  人の多い場所に来ただけで少し安心感が増した。やはりさっきは考えすぎの杞憂だったのかもしれない。そんなふうにも思えた。

  見覚えのある建物が見えてきた。新城駅だ。大垣はスクーターを駐車場に入れて市川を降ろした。

「ありがとね、乗せてくれて」

  この男への印象がどうであれ、ここでは自分が礼を言べきだ。

「それはいいんだが、連絡先を教えろよ」

「え?」

  いきなり何を言い出すんだ、やっぱりこんなのと関わるべきじゃなかった。市川がそんなことを思っていると大垣が言った。

「勘違いするな、下心とかじゃねえよ。

  これから佐々木唯明のところに行くだろ、それでもし体の異変が治ってなかったりおれ達自身に何かあったりしたら、また協力して対処する必要が出てくるだろ。そのためだ」

  確かに言っていることは正しい。それでやはりこの男に連絡先を渡すのは本能レベルで危険を感じる行為だ。

「いや…でも……」

  市川が口ごもっていると、大垣が舌打ちして凄んだ。

「いいからさっさとしろ」

  その声に脳がフリーズし、気が付いたらスマートフォンを取り出していた。

「LINEのQRコードだ」

  大垣に従ってLINEを起動し、QRコードを表示する。彼もスマートフォンを取り出してそれを読み込む。「大垣毅」というアカウントが表示され、友達に追加するかを問われる。「はい」をタップした。

「よし、じゃあ佐々木のことは連絡しろよ」

  そう言って彼は走り去って行った。

  市川はため息をついた。後悔のため息を。

  スマートフォンで時間を確認すると1時半頃だった。ふと自分が激しい空腹だと気付く。極度の恐怖を感じた後は生存本能が刺激されて生理的な欲求が強くなると聞いたことがあるが今がそうなのだろうか。

  仮にそうでなかったとしても、昼食を食べるには丁度良い時間だ。手頃な飲食店がないかと辺りを見ると蕎麦屋の看板が目に入った。

  あそこにしよう。そう思った途端、自分の身なりに気付いた。服は泥だらけで、靴の中まで泥水に濡れている。ズボンは膝が破れ血が滲んだままだ。

  道路を挟んだ駅の向かいにコンビニがあり、まずはそこへ向かった。

  ガーゼとアルコールティッシュを購入し、傷口の汚れを落としてガーゼを当てる。

  服の汚れを拭き取り、どうにか身なりを整えて蕎麦屋で昼食を済ませた。

  駅に戻り電車を待つ間に夢にLINEでメッセージを送る。

「ダムに行って、あれを戻してきたよ」

  数分も経たずに返信がきた。

「本当にありがとう!命の恩人!」というメッセージと共に、キャラクターが土下座をしているスタンプが貼られている。

「明日様子を見に行っていい?」

「いいよ」

「9時でいい?」

「OK」

  そんなやり取りをしていると豊川行きの列車が到着した。


  翌日、5月19日日曜日

  市川は8時半頃に家を出た。唯明の異変が治っていることを祈りながら駅に向かう。

  駅に着いて、時刻表通りに到着した列車に乗り込む。座席は全て埋まっている。吊り革に掴まると、車掌のアナウンスと共にドアが閉まり走り出した。

  列車に揺られながら、市川はふと自分の手を見て違和感を覚えた。どことなく色見がくすんでいて、生気が無いような気がする。

  普段はピンク色の爪が一面白くなっていて、まるで病人のようだ。

  背筋に冷たいものが走った。5月の陽気にも関わらず、全身が総毛立つ。まさか自分まで異変が起きているのか。

  自分も唯明のように干からびていくことを想像すると、恐怖と絶望感が襲いかかる。それと同時に夢に対する恨みがましい気持ちが湧いてきた。

  そもそも彼女達がおかしなことをしなければ、あんな恐ろしい思いをすることも無かったし、今こうして異変に怯えることも無いのだ。

  そう思うと、今日会ったときに文句の1つくらいは言う権利があるような気がした。

  そこまで考えて、市川は1度冷静になろうとした。まだこれが異変だと決まったわけではない。たまたま今日は肌の具合が悪いだけかもしれないのだ。

  不安の余り、疑心暗鬼になっているだけかもしれない。唯明の様子を見て、治っているようならば自分にも異変は起きないはずだ。

  そうしていると、列車は見る目的の駅に到着した。他の乗客をかき分けて降りると、財布を取り出そうとする。

  すると手がこわばって財布を取り落としてしまった。幸い線路には落ちなかったので苦笑しながらそれを拾う。

  改札を抜けて少し歩くと佐々木家が見えてきた。

  玄関のインターホンを鳴らすと中から足音が聞こえてドアが開かれた。出てきたのは唯明の母親だった。

  一昨日と変わらない深刻そうな、疲れたような表情だ。

「おはようございます、市川です。唯明さんに会えますか?」

「あの子は今大変なの。悪いけど帰ってちょうだい」

「まだ治らないんですか?」

「ええ、あの子から聞いたわよ。ダムに行ったんでしょう。そこで拾ったものを返しに。

  大変なことをさせて悪かったわ、そんなことで治るわけないのに…」

「佐々木さん、信じられない気持ちはわかります。

  でも、確かにあの村には何か異常な、尋常ではないものがありました。実際に見たんです。

  あの場所が、夢さんの異変に関係していることは間違いないと思います」

「そんな……あなたまでそんなことを…」

  母親がそう言いかけたとき、2階から声が聞こえた。

「お母さん、誰か来てるの?」

  かなり掠れてはいるが、唯明の声だとわかる。

「なんでもないわ、寝てなさい」

  母親が言った。しかし、市川はすかさず叫んだ。

「唯明!いま行くから!」

「結佳!?お母さん、やっぱり結佳が来てるの?」

  母親はため息をついて、諦めるように言った。

「あの子は2階よ。なるべく早く帰りなさいね」

「お邪魔します」

  靴を脱いで家に上がる。母親の横を抜けて階段を駆け登った。彼女の部屋の前に立ち、ドアを叩く。

「入って」という声が聞こえ、ドアを開けるとベッドに横たわる彼女の姿があった。

  顔を見ると、一昨日よりも更に悪化している。顔中に皺とひび割れが刻まれて、その姿まるで即身仏のようだ。

  土気色の顔は、死人だと言われても納得してしまいそうなほどだ。

  そばに行くと、か細い声で言った。

「ごめんね、大変なことさせて。私このまま死ぬんだと思う」

「そんなに悪いの?」

「うん、体から水が抜けるのが止まらないの」

「昨日、ちゃんとあれを村に戻してきたのに?」

「ありがとう、でももうだめみたい。無駄骨を折らせちゃってごめんね」

「そんなこと無い、絶対治るよ」

  夢は何も言わなかった。

「あの村で、何かおかしなことは無かった?」

  市川が訊くと唯明は目を瞬かせ、俯いた。

「どうなの?」

「実は…見たの、女の人みたいな影を。でも鈴木君は何も見えないって言ったから…」

「やっぱり、なんで隠してたの?」

「言ったら、怖がって行ってくれないって思って……ごめんね…本当にごめん……」

  泣き出しそうな顔で言った。

「私も見た、女の人みたいなのが追いかけてきたのを。それだけじゃ無くて、水が震えたり叫び声が聞こえたり、地面が揺れたりしてた。

  あの場所は普通じゃ無い。あそこに何があるのかを知らないと、私たちは助からない」

「『私たち』って、どういうこと?」

  市川は右手を差し出した。

「これって…」

「そう、私も同じ異変がおきてるの」

「ごめんなさい……私のせいで…」

  夢は顔を覆って泣き出した。

「あの村のこと何か知らない?」

「ごめんなさい、何も知らないの」

  市川頭を抱えた。このままでは彼女も自分も、そして鈴木とおそらく大垣も干からびて死んでしまう。

  しかし、まだ有余はある。あの村について調べれば、何か助かるための方法がわかるかもしれない。

  インターネットで調べられるかと考えたが、数十年前にダムに沈んだ村のことが詳細にわかるとは思えなかった。

  そこで思いついたのが図書館だ。図書館には大抵、郷土の歴史が調べられる本が置かれている。

  そこならばあの村のことを調べられるはずだ。

「じゃあ、もう行くね」

「えっ、うん。じゃあね」

「できる限りのことはするから」

「ごめんね、本当に」

「いいよ」

  そう言って部屋を後にする。階段の下では母親が待っていた。

「お邪魔しました」

  軽く頭を下げて玄関を出る。

  そういえば、大垣が連絡しろと言ってたのを思い出してスマートフォンを取り出した。

  LINEを起動し、メッセージを送る。

「佐々木夢の異変は治っていない。私にも異変が起きている。

 これから図書館へ行って、あの村について調べるつもり」

  すると1分もたたずに返信がきた。

「鈴木も同じだ。今のところにおれに異変は無い。今どこだ?」

「佐々木夢の家」

「おれは鈴木の家にいる。図書館まではおれが乗せていく。

 そこで待ってろ」

  確かにここから図書館までは電車でも自転車でも時間がかかる。それでも普段ならばバイクに乗るなどという行為は絶対にしないだろう。

  だが今は自分と他人の命に関わる、猶予を許さない非常事態だ。校則など気にしている場合ではない。

「了解」

  とのメッセージをすぐに送った。




 

 


 

 

 

 

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