表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
3/13

目的地は九連ダム

唯明の頼みを受けて九連ダムに向かう市川、そこでまたしてもあの男に出会う。

  5月18日土曜日、市川はいつもより1時間程早い6時に目を覚ました。正確には目覚まし時計に目を覚ませられた。

  窓からは微かな西日が差し込んでいる。

  どう見積もっても、九連ダムへ行くには3時間以上の時間がかかるためこの日は早起きを余儀なくされた。

  九連ダムへはまず名鉄豊田線に乗り豊川稲荷駅へ。そこから飯田線に乗り換えて新城駅で降り名鉄バスの駅前バス停から東栄バス停へ。そこからは徒歩だ。

  考えたただけでうんざりするような行程だ。全くよく鈴木と夢はあんな所へ行ったものだと思った。

  布団から抜け出し、重い身体で脱衣場へ向かう。

  寝間着を脱ぎ、少し迷った後にジーンズを履き長袖の青いシャツを羽織る。

  あまり気に入っている服では無かったが、ダムまでの道のりを考えて動き易さを優先した。

  例の金属片はハンカチに包んでビニール袋に入れ、他の荷物と共にショルダーバッグへ詰め込んだ。

  両親はまだ寝ているようで、自分以外に物音を立てる者はいない。

  朝食はパンと牛乳で簡単に済せ、家を出たのは6時半頃だった。

  今日九連ダムへ行くとは親に言っておらず、部活の練習だと言って嘘をついた。ダムへ行くなんて言ったら、理由をあれこれ聞かれて面倒になると思ったからだ。

  外に出ると、5月とはいえやはり早朝の肌寒さが感じられ、身震いして駅へ歩き出す。

  駅に着くと、自分の他には本当に部活に向かうであろうジャージ姿の学生とスーツ姿のサラリーマンが1人ずついるだけだった。

  予定通りに電車が到着すると、降りる乗客はいなかったのですぐに乗り込んだ。

  車内には思ったよりも多くの乗客がいたが、それでも座席は空き放題で適当な所に腰を下ろした。

  車掌が笛を吹くと同時にドアが閉まり走り出す。普段学校へ行くのとは逆方向だ。

  豊川稲荷駅までは30分程かかる。まだ眠気が残っているから寝てしまおうかとも思ったが、寝過ごしてしまうことを恐れて止めておくことにした。

  その代わりに何か考え事をしようとして、市川の頭に浮かんだのはあの男だった。

  昨日鈴木亮を訪ねたときに居合わせた男だ。

  正直な所、市川は昨日の彼の態度に対して少なからず腹立たしく思っていた。

  初対面にも関わらず、いきなり「代わりに持って行ってやる」なんて上から目線で恩着せがましいことを言われたうえにバイクに乗っていることを咎めたら小馬鹿にするような態度を取られれば憤りを覚えるのも当然だ。

  文句の1つでも言ってやりたいが、彼の風貌や態度にはそれを許さない雰囲気があった。

  だが、それに気圧されて何も言えなかった自分が余計に腹立たしく感じる。

  鈴木が彼に対して敬語を使わずに話していたことから多分同じ1年生なのだろう。

  彼のことを「毅」と呼んでいたが、名字はまだ不明だ。

  昨日の態度やスクーターに乗っていることからして世間から不良と呼ばれる人種であることは間違い無い。

  市川は自分のことをそこそこ真面目な方だと思っていたし、付き合ってきた人物にも規範を大きく逸脱するような者はいなかった。

  だからどのような形であれ、彼のような人物と知り合ってしまったことを後悔していた。

  もし今度学校で会った際に絡まれたりしたらどうしようかなどと考えている。

  とにかく彼とは金輪際関わりたくない。

  しかし、今の市川と彼には共通の目的地がある。もしかしたら彼も今、ダムへ向っているかもしれない。

  「どうか出会いませんように」そんなことを思いながら、電車に揺られていた。

  しばらくして、車掌のアナウンスが目的駅への到着が近いことを知らせた。

  若干うとうとしていた市川は慌てて目を瞬いた。

  豊川稲荷駅は名鉄豊田線の終着駅でもあるため、全ての乗客が荷物をまとめたり、立ち上がったりしている

  市川も席を離れ、ドアの前に立つ。

  電車が駅に止まると空気音と共にドアが開く。

  時刻は7時を過ぎており、気温も多少暖かくなっているように感じる。

  ホームに降りると、多くの乗客が電車の到着を待っていた。ターミナル駅だけあって人が多い。

  次に乗る電車が到着するのは20分後なので、特に急ぐわけでもなく改札へ向かう。

  改札はホームから階段を登って右手にある。交通ICカードをかざすと電子音が鳴り扉が開く。

  飯田線ではこのICカードは使えないため、券売機で新城駅までの切符を購入してから2番線のホームに行った。

  少し待ってから、時刻表通りに到着した電車に乗り込む。

  先程よりも乗客は多いが、座席が全て埋まる程では無かった。市川は先頭車両の座席に腰を下ろした。

  40分程経って、新城駅に到着する。新城には田舎のイメージを持っていたが、中心である駅と周辺は思った以上に人が多く賑やかな雰囲気があった。

  改札を抜けて駅を出ると右手にバス停を見つけた。駆け寄って時刻表を見ると、次にバスが来るのは20分以上後だ。

  栄えているように見えても、やはり田舎なんだな。そんなことを思いながら辺りを見渡して切符売り場を探す。

  切符売り場は駅入口のすぐ横にあったが、見落として通り過ぎていたようだった。

  市川は苦笑して引き返した。切符は券売機と窓口で買えるようになっている。

  券売機のタッチパネルを操作して東栄までの切符を購入する。

  しばらく待つと予定通りにバスが到着した。市川以外にも何人か乗客はいたが、空いている座席はいくつかあった。

  市川が杖を抱えた女性の横に座ると、バスはディーゼルエンジンの音を響かせて発車した。

  車窓の景色を眺めているとはじめはビルや大型の商業施設が目に入ったが、徐々に建物の姿は無くなり畑や田圃が景色の大部分を閉めるようになり5つ程バス停を過ぎた頃にはほとんど山道に入っていた。

  そんな景色をぼんやりと眺めていると運転手のアナウンスが東栄バス停が近いことを知らせる。

  市川は立ち上がって降車ボタンを押す。

  景色が変わって小規模な集落に入った。バスは停車し、運転手が東栄に着いたことを告げる。

  市川が降りると、他に何人か地元の住人と思われる老人が降車した。

  スマートフォンを起動し、グーグルマップを開いてダムまでの道を確かめる。しばらく国道沿いに歩いた後、脇道に入って行く道程だ。

  距離は6kmくらいで歩けない程では無いが、骨が折れるのは確かだ。それに山道なので勾配も急な上、歩道も無いので自動車に轢かれる危険も大きい。

  しかし、これは友達を助けるためだ。そう自分に言い聞かせ歩き出す。

  しばらく歩くと体が汗ばんできたのを感じて上着を脱いでバッグに仕舞う。

  だらだらと続く緩い勾配を無心で進んでいると柵に囲まれた田圃に差し掛かった。傾斜のある土地に段状の水田が整えられている。

  こういった柵には野生動物の侵入を防ぐ為に電気が流れていると聞いたことがあるので、触れないように気を付けつつ通り過ぎようとした所、あぜ道で何やら作業をしている人が目に入った。

  熊手を持ち地面に散らばった草を一箇所に集めており、脇には丸い刃の着いた草刈り機が置かれている。

  麦わら帽子をかぶっており顔はよく見えないが、立ち姿からして男性の老人に見えた。

  市川はここで地元の住人を見つけて喜んだ。というのも歩いても歩いても脇道が見つからず、本当にこの道がダムに続いているのか不安になっていて誰か道を尋ねられる人はいないかと思っていたからだ。

  近づいて声をかける。

「あのー、ちょっといいですか?」

  老人は手を止めて市川の方を向く。皺が刻まれて、日焼けした顔が見えた。

「うん?なんだね?」

  訛りを含んだ口調で言った。

「お仕事中にすみません。九連ダムに行くにはこの道で合ってますか?」

「そうだの、この道しばらく行って、左に行く道があるでそこを曲がって行くだよ」

  どうやら道を間違えていることはないようだ。

「わかりました。ありがとうございます」

「歩いて行くだか?」

「そうです」

「けっこうこんきい坂があるで、がんばりんよ」

  『こんきい』とは奥三河の方言で『きつい』という意味だ。

「そうなんですか、じゃあ頑張って歩きます」

「あと、今そこの道で工事やっとるでな。気をつけなね」

「わかりました、どうもありがとうございました」

  そう言って老人と別れ、再び道を行く。するとようやく左手に分かれ道が現れた。

  そこからは更に勾配が急になり、息を弾ませながら進んで行く。

  足の疲れを感じ始めた頃、後ろから何かが登ってくるのを感じて振り返ると自転車に乗った男だった。

  自転車と言っても市川が普段乗ってるママチャリと違い泥除けやスタンド、荷台とカゴも付いておらず独特な形状のハンドルや鮮やかなカラーリングを施されたフレームのロードバイクだった。

  ああいった自転車が軽くて速いことは知っているが、それでもこんな坂道を自転車で登るのは楽では無いはずだ。サイクリングとは物好きな趣味だなと思った。

  自転車乗りは市川を追い抜き、ぐんぐん坂を登って行ってすぐに見えなくなった。

  しばらく歩くと木々の間からダムの壁が見え始めた。ようやくゴールが目に入り高揚した気分で少し歩が速まった。

  すると、前方から1台の自転車が下って来た。よく見ると先程抜かされ自転車乗りだ。

  なぜ急に引き返したのか疑問に思いつつ進むとその答えが見えた。

  黄色と黒の警告カラーの看板がこの先が工事中であることを知らせている。看板にはこう書かれている。

『この先、安全のため歩行者、自転車の通行不可』

  普段の市川なら、この看板を見て素直に引き返すところだろうが、今はそういうわけにもいかない。友達の生死に関わるからだ。

  しかし警告を無視して歩いて行っても、工事現場の作業員などに見つかれば追い返されるのは目に見えている。

  自動車が通るのを待って、それに乗せてもらうという手も考えた。しかし世の中善人ばかりではない。

  こんな人気の無い山中で見ず知らずの人の車に乗るのはあまりに危険だ。

「どうしよう……」思わず呟いて頭を抱える。

  市川が途方に暮れていると後ろからエンジンの音が聞こえた。振り返ると1台のスクーターが坂を登って来た。

  スクーターの色はシルバーで黒いフルフェイスのヘルメットを被った男が乗っている。その姿には見覚えがあった。

  フルフェイスの男は市川の視線に気付いたのか、それとも看板に注目したのか看板の手前でスクーターを止めた。

  男はヘルメットを被ったまま看板の文字を読んだ。そして市川の方をちらりと見るとヘルメットを脱いだ。

  その顔はやはり市川にとって記憶に新しい男のものだった。

  毅だ。

「お前、どうすんの?」

  毅はいきなり話しかけた。

「どうするって……」

「通れねえじゃん」

「うん……」

「乗せてやろうか」

「え?」

  彼が言っているのは「バイクの後ろに乗れ」ということなのか。バイクに乗ることは当然校則で禁止されている。もし学校に知られたら叱られるどころでは済まないはずだ。

  市川自身ははどちらかといえば真面目な性格でこれまでにルールを逸脱するようなことはしてこなかった。

  そして突然こんなことを言われて頭がフリーズしてしまった。

「えっと……」言葉が出て来ず言い淀む。

「乗らんなら、もう行く」

  そう言って彼はヘルメットを被り直し、アクセルを回す。

「待って!」

  慌てて呼び止めた。確かにバイクに乗ることは重大な校則違反だ。おまけにヘルメットも無い。

  しかし、ここで行かなければ友達を見捨てることになる。それはどんなルール違反よりも彼女の良心に反することだ。

「じゃあ乗れよ」

  そう言って彼はアクセルを戻す。しかし市川はバイクの二人乗りなどしたことが無かった。

「どうやって乗れば良いの?」

「乗ったこと無いのか?」

「うん」

  彼はため息をついてかったるそうに説明を始めた。

「まずステップを出して」

「ステップ?」

「シートの下ら辺に折りたたんであるヤツがあるだろ」

  そう言われてシートの下を見ると確かに金属のレバーのようなものがたたまれている。

「うん、あった」

「それを出して」

  手前にそれを引っ張ると思ったよりも固かったが、ステップが横に飛び出る形で現れた。

「反対もだ」

  言われた通り反対で同じことをする。

「そこに足を乗せてここに座って」

  そう言って後ろのシートを叩いた。

  シートを跨いで、ステップに足をかける。

「捕まっとけよ」

  掴まれと言われて、どこに掴まればいいのかわからなかったが昔読んだマンガで前の人の肩に掴まっていたシーンがあったのを思い出し彼の肩に手をかける。

「おい、そこは掴むな」

  慌てて手を離す。

「後ろに取っ手みたいなのがあるだろ」

  振り返ると、腰のあたりにちょうど掴めそうなバーがあった。

「利き手は?」

「右だけど」

「じゃあ右手でそれを掴んで、左で俺の腰を持て」

  言われた通りにすると、さっきまでより体が安定したような気がした。

「持ったか?」

「うん」

「じゃあ行くぞ」

  彼がアクセルをひねると、スクーターは音を立てて走り出した。


 

 


 

 

 

 

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ