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ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
11/13

尋問

校舎を出ると既に大学生の姿があり、時刻は9時をまわっていた。駐輪場に来るとさっきは無かった自転車やバイクが並んでいる。

今から設楽に向かうと着くのは12時頃だろう。昨日唯明が「このままだとあと3日で死ぬ」と言っていたので、その時点で残された時間は2日と半日だ。いよいよ一刻も無駄にすることができない、なんとしてでも片岡から真実を聞き出さなければと市川は思った。

大垣のスクーターに着くとハンドルに掛けてあったヘルメットを被り後部座席に乗る。もはや慣れてしまった動作だ。彼は時々スマートフォンで道を確かめながら設楽へ向けてスクーターを走らせた。そのスピードはなんとなく昨日よりも速いような気がする。

走っている最中に彼は始終無言だった。フルフェイスヘルメットでその表情は見えないが、まとっている雰囲気はこれまでと明らかに違うのがわかる。汗の匂いがした。運動や高温による発汗ではない、内心のストレスによるものだろう。つまり大垣もなんの躊躇もなく逸脱を犯すわけではなく、葛藤のうえでの決断なのか。そう思うと市川は少し安心したような気がした。

彼は片岡から真実を聞き出すためにおそらく相当な行為をするだろう、それを自分は許容し恩恵を受けるつもりでいる。それなら自分も同罪だ。だからせめて彼の行為を見届けなければいけない。

「なあ」大垣が話しかけた。

「この際だからおれが何をするつもりなのか全部伝える。お前にやってほしいこともあるけど、いいか?」

むしろその方が助かると思った。なにをするのかわかっていた方が心の準備をしやすいし、彼だけに全てをやらせるのは後ろめたさもあるからだ。

「わかった、話して」

「片岡がまた何も言わなかったら、おれはあいつを痛めつける。それで情報を聞き出せればそれ以上は何もしない。痛めつけると言っても殴ったり蹴ったりはしない。腕の関節を極めて、話さなければ折ると脅すつもりだ」

だいたい予想通りのことだった。関節を極めるというのは殴ったりするよりも安全なものなのかは、喧嘩や格闘技に疎い市川にはよくわからなかった。

「お前にやってほしいのはまず呼び鈴を鳴らして片岡を呼ぶことだ。郵便とか宅配を装ってな。女の声のほうが油断させやすいからだ。ただし声色は昨日と変えてくれ。できるか?」

関節技を極めることに比べれば遥かに容易いことだ。

「大丈夫、できる」

「そうか、次はおれが片岡を極める間に玄関を閉めてくれ」

市川はそれも了解した。

「じゃあ最後だ、もしおれが逆にやられたときに助けてくれ」

彼が片岡に返り討ちにされるというのは想像しにくい。大垣は身長こそ低いが体格はかなりがっしりしている。対して片岡は高齢で痩身だ。だがもしそうなったとき彼を助けられる自信は持てない。取っ組み合いの経験など彼女には無かった。だからといってやらないわけにはいかない。自信があろうとなかろうと、今はやらなければならない状況だ。

「わかった」そう返事をした。

そうしていると見覚えのある景色が見えてきた。設楽の市街に入り、昨日と同じ道をたどり田峯の住宅地に着く。歩道の脇にスクーターを停めて片岡の家へ向かう。

歩きながらもう一度互いの動きを確認し合った。まず市川が片岡を呼び出し、再び村のことを尋ねる。そこで拒否されたら大垣が家に押し入り組み伏せ、市川は扉を閉める。家に近づくにつれ、奇妙な高揚感が高まっていった。

『片岡』の表札がある一軒家の前まで来た。玄関先に立ち、顔を見合わせてうなずく。

市川が扉を叩いて言った。

「すみませーん、宅配便でーす」

昨日よりも少し声を低くした。中から足音が聞こえて引き戸が開かれる。市川たちの姿を見た片岡は顔を引つらせてすぐに扉を閉めようとした。

大垣が扉の間に手を滑りこませ、無理やり戸を広げる。そして片岡の肩を掴み中へ押し入れると、足を払って倒れさせる。すかさず腕を絡みとり肘関節をロックし、体にのしかかる。片岡の体の自由は完全に奪われ、大垣はその気になればいつでも彼の肘を折れる。

市川は急いで扉を閉め鍵をかけた。

「ぐわああッ…」片岡が呻く。

「騒ぐな、静かにしないと折るぞ」

大垣が低い声で言った。

「お前らどういうつもりだ?」

「あの村、四輪村であったことを全て話せ。そうすれば離してやる」

片岡は何も言わない。大垣が肘を曲げてはならない向きに曲げさせる。

「ぎゃあッ!」片岡が痛みに叫ぶ。

「話さないと肘を折る」

大垣はそう言って片岡を睨みつけた。

「ここで聞いたことは誰にも言わない。あの村に行った友達が死にかけてるから、助ける手がかりが欲しいんだ」

しばらくの沈黙のあと、片岡が言った。

「本当に、誰にも言わないんだな」

片岡は念を押した。そこまで知られたくないこととは何なのか。

「ああ、約束する」

「わかったから、腕を離してくれ」

少し迷ったような素振りを見せたが、大垣は片岡を開放した。

「あの村で何があったんだ?おれたちに何が起きてる?」

改めて大垣が聞く。

「四輪村は水に恵まれない土地だった。土壌の性質で雨が降ってもすぐに地面が乾く。地下水脈はあったが金属が混ざっていて飲水どころか農業にも使えない。川から水を引こうにも地形の問題で困難だった」

水不足にはそういう理由があったのかと市川は思った。

「そうだったらしいな。でも戦後は用水路が整備されたんだろ。なんで村を簡単に離れたんだ?」

大垣が急かすように言う。

「聞けばわかる。そんな村で水を得るための頼みの綱が弥代日家だった」

芦沢教授の言っていたことと同じだ。

「雨乞いか?」

「そうだ。弥代日の家系の人間には特別な能力があった。彼らは雨を呼ぶことができた」

そう語る片岡の表情は真剣だった。

「あんたは本気でそう信じていたのか?」

「村で彼らの能力を疑う者はいなかった。彼らが雨乞いをした次の日には必ず雨が降った。お前たちが信じられないと言うなら別に信じなくてもいいが」

「いや、むしろ彼らをアテにしてるくらいだ」

「どういうことだ?」

「芦沢って教授から弥代日家のことは聞いてる。彼らならもしかしておれらを助けてくれるんじゃないかと思ってるんだが、彼らはどこに行ったんだ?」

「あしざわ…そういえばそんなやつが村に来てたことがあったな」

「弥代日家の人間はどこに行ったんだ?」

「全員殺された、あの村でな」

「どういうことだ?」

「確かに弥代日家は村にとって神にも等しい存在だった。村で最も強い権力を握っていたのも彼らだ。だがそれは村に用水路が整備されるまでだった。

戦後にインフラの整備が進み、村が水不足に脅かされることはなくなった。そうすると次第に弥代日家への信仰は失われていき、弥代日家は権力を失った」

「それで、なんで殺されたんだ?」

「あるとき村に3日3晩続く大雨が降ってほとんどの農作物が死んでしまった。村の人々はそれを信仰が失われたことに怒った弥代日家の仕業だと考えた。

そして人々は弥代日家を襲い、一家全員を殺してしまった」

「その雨は本当に弥代日家のせいだったのか?」

「一家を殺した翌日から雨は上がった。おれはそうだと思ってる」

「あんたもそれに加担したのか?」

「…村の男たちは皆鍬や鎌を持って神社を取り囲んだ。おれもそこにいた」

「その後はどうなった?」

「それから村で奇妙な病気が流行りだした」

「病気?まさか…」

「身体が干からびていく病気だ。それに罹って死ななかった者はいない。何人も医者を呼んだが、治すどころか原因さえわからなかった。村の人々はそれを弥代日家の呪いだと思った」

「だから村を離れたかったのか」

「そうだ。村に役人が来てダム建設のための立ち退きを命じられたとき、ほとんどがそれを受け入れた。村を離れれば呪いから逃れられると思ったからだ。それに移住先や費用は全て国が用意した。

そうしておれたちはここに移り住んできた。それからは何事もなくなった」

「あの村に行ったおれの友人は身体が干からびていってる。それが呪いなのか?」

「そうだろうな」

「治す方法はないのか?」

「言っただろ。呪いにかかって生き延びた者はいないと」

大垣の表情がいっそう険しくなった。


2人は片岡の家を後にしてとぼとぼと歩いている。彼の話を聞けば助かる方法がみつかもしれないという希望は完全に破壊された。これから残された時間でただ友人と自分の死を待つことしかできないのか。そう考えると吐き気を催すほど恐ろしくなった。

精神的な苦しみはやがて肉体にまで苦痛をもたらしはじめる。胸の奥が握り潰されるような感覚に襲われ嗚咽を洩らす。目からは涙が流れ出し視界が歪む。

並行感覚さえなくなり、足がもつれて倒れこんだ。

「おい、どうした」

大垣が立ち止まり市川の背中に手を当てる。彼女はは地面に手をついたまま涙が地面にポタポタと垂れるのを見つめた。彼は彼女が落ち着くまで待とうと思ったのか、黙ってその様子を見ている。

ようやく涙が止まり気分が落ち着いたところで袖で目元を拭い立ち上がる。しかし絶望的な気分であることに変わりはない。

「大丈夫か?」大垣が訊く。

市川は答えずフラフラと歩き出す。彼と、いや誰とも話す気にならない。話したところで何になるのか。もうお終いなのだ。全てのお終い。THE ENDだ。バッドエンド。もしこれが映画のシーンならば、暗い音楽と共にエンディングが流れるシーンだろう。

大垣が彼女の肩を掴んだ。

「しゃんとしろよ」落ち着いた声で彼が言った。

「これからどうするか考えて、話し合おう」

「…もうどうしようもないでしょ」

掠れた声で言う。

「まだ時間はある」

「だから何なの?さっきの話を聞いたでしょ?助かる方法なんて無いって」

「まだわからないだろ、何かあるかも…」

「じゃあ何か案があるの!?あるなら言ってよ!無いなら偉そうなこと言わないでよ!」

市川が叫んだ。

「無い。無いから助けて欲しい。確かに苦しい状況だ。でもここで思考を放棄したら本当に終わりだ。考えてくれ、知恵を絞ってくれ、最後の最後まで。

まだおれたちは死んでない。佐々木唯明も鈴木もだ。まだ考えられる。まだ行動できる。絶望してる暇は無い」

彼の言葉を脳内で反芻する。まあ確かにあと2日と半日をただ絶望感に浸りながら過ごすというのも無理だ。だったら駄目元でも頭と身体を動かしていた方がマシかもしれない。

「わかった、少し考えてみる」

市川は言った。






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