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ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
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教授の話

芦沢教授は静かに話し始めた。

「私は大学を卒業した後民族研究の道に進んだ。当時の日本は経済成長の最中で、人々の生活は豊かになっていった。だがそんな中で人々の生活は画一化され、伝統的な景色や思想は失われつつあった。

それは悪いことではない。豊かさの追求は人として当然の権利だ。むしろ伝統が成長を阻害することの方が大きな損失だと言える。

確かに科学技術の進歩の前で伝統というものはあまりに無力だった。しかしそれはそれまで伝統が果たしてきた役割を否定する理由にはならない。人々がテクノロジーの武器を持たなかった時代、非力な人々は伝統による結束を持って自然の中を生き延び栄えてきた。

だから私はせめてそれを記録に残そうと決めた。伝統が人々の記憶から消えようとも、確かにそれが存在した証を残したかった。

そうして私は三河地方の村々を回って資料を集めた。ただ情報を集めるだけでなく、それぞれの土地に滞在しより深く理解しようとした。その中で訪れた村のひとつが四輪村だ。

私があの村を調べ始めた頃には、既に開発が進んでいた。かつて村は渇水に悩まされていたが用水路が整備されて水の不安から解放された。だがそれにより、村では信仰が失われつつあった」

「信仰って弥代日神社と関係することですか?」と大垣。

「そうだ。あの村では元々弥代日の家系が信仰の対象となっていて、村の人々は彼らに神と通じる力があると信じていた。村では毎年雨乞いの儀式が行われていて、弥代日家はそこで上に祈りを捧げる役割があった。いわゆる祈祷師と呼ばれるものだ。

水不足が深刻だった地域だけにその役割は重く、その地位は村で最も高いものだった。だが戦後にインフラ整備が進むに連れて儀式は形骸化していき、神社への信仰も形式的なものになっていった、というのが私が弥代日家の人から聞いた話だよ」

「芦沢教授はそういったものを信じられるんですか?」

市川が訊いた。

「そういったもの、とは?」

「つまり、弥代日家の人が神と通じるとかいったことが本当にできると思うんですか?」

「さあ、霊能力とか超能力の検証は民俗学の領域ではないからね、民俗学者としてはその質問には答えかねるよ。ただ、私は実際に雨乞いの儀式を見た。そこでなんというか、尋常では無い物を感じ取ったのは確かだ」

「それが、私たちに起きていることと関係してるんですか?」

「それは君らが考えることだよ。私は知っていることを話すだけだ。オカルトは専門外だと言っただろう」

大垣と顔を見合わせる。

「その弥代日家の人に話を聞けば、何かわかるんじゃないか?」

大垣が言った。市川も同じことを考えた。

「弥代日家の人は今どこにいるかわかりますか?」

「それは私がずっと不審に思っていたことだよ」

「どういうことですか?」

「消えたんだ。彼らは」

「消えた?」

「ああ。私は村がダムに沈むと聞いたとき再びそこを訪れた。だがそこに弥代日家の姿は無かった。村人にそのことを聞いても口をつぐむばかりでね。

さて、そろそろ講義が始まる時間だ。私が知っていることは全て話したし、これで切り上げさせてもらうよ」

教授は席を立ち部屋を出る。市川たちもそれに続いた。

「ありがとうございました」

礼を言うと、教授は「頑張りなさい」とだけ言って去っていった。

2人は出口に向かいながら意見を出し合った。

「とりあえずわかったことをまとめるとこうだな。

村には特別な能力があると信じられている家系があった。そいつらは失踪した。村人はそのことを隠したい。

このことがどう異変に関係してるんだ?」

「昨日の人も村のことを話したがらなかったけど、やっぱり何か隠してるのは確かだね」

「あいつ、片岡はおれたちの身にに異変が起きてると聞いて驚いたような顔になった。あの村でも異変があったんじゃないかと思う」

片岡は昨日市川たちが訪ねたかつての四輪村の住人だ。

「それなら村人がダム建設に反対しなかったのも変じゃない。あの土地を離れれば異変から逃れられるんだもの」

「あの土地で異変が起きるようになったのと、弥代日家の失踪は関係あるのか?」

「それはわからない、けどもしかしたら弥代日家の人ならこの異変を治せるんじゃないかと思う」

「なんでだ?」

「彼らは神秘的な力があると信じられていた。私たちに起きてることも科学では説明できないような現象。もし彼らの能力が本物なら、私たちを助けられるかもしれないでしょ?」

「なるほどな、でもどうやってみつける?」

「それは…」

そこまでは考えていなかった。市川が口ごもっていると大垣が提案をした。

「もう一度、片岡に話を聞きに行こうと思う。今度はおれ一人で」

「確かに何か隠してるのは明らかだけど、あの感じじゃあまた追い返されるのがせいぜいじゃないかな」

「いや、何が何でも話してもらう。知ってることを全部な。それで弥代日家の人に会えるかもしれん」

「どうやって?」

「それは言えん。だから一人で行くって言っただろ」

彼が何をするつもりなのか具体的なことはわからないが、口ぶりからしてモラルに反するようなことであることは容易に想像がつく。確かに今の状況は非常事態、多少の逸脱は見逃されてもいいだろうという考えは市川にもあった。だからバイクに乗ったりもした。

最悪の場合彼は片岡に暴力を振るうかもしれない。たとえ人の生命がかかってもそこまでの逸脱に正当性はあるのだろうか?わからない。だがそれで唯芽や自分の命が助かるのならば、覚悟をしなければならない。悪人になってでも生きる覚悟を。彼が悪人になり、その結果自分も生き延びるのなら彼だけを悪人にするのは間違いだ。

「私も行く」

毅然とした口調で言う。

「ダメだ、来るな」

「大垣君が何をしても私は止めない、それならいいでしょ?」

「犯罪でもか?」

「ええ」

しばらく沈黙して大垣が言った。

「わかった、2人で行こう」






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