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ダムの底:呪われた村  作者: 本宮 圭司
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友人の奇妙な頼み事

市川結佳はダムの底に沈んだ廃村を訪れ異変に見舞われた友人を助けようとするが…

  高校ヘ向かう電車の中、吊り革を掴みながら市川結佳(いちかわゆか)はスマートフォンでニュースサイトを眺めていた。

  サイトには政治や芸能など、多様なジャンルの記事の見出しが標示されているが、彼女の興味を引くものは見当たらず画面をスクロールしていると1つの見出しが目に止まった。

「九連ダム、貯水率ゼロ」見出しにはそうあった。

  九連(くれ)ダムは豊田市の東隣である新城市のダムで、一同家族で放水を見物に行ったことがあった。

  その記憶から記事に興味を惹かれ見出しをタップする。

  1秒ほどの読み込み時間の後に記事の全文が標示された。それによると5月17日現在、先月から続く降雨不足から50年ぶりに九連ダムの貯水率が0%になっているらしい。

  ダムの底が顕になり、かつて沈んだ村の跡形が見えるようになっているという。

  それを読んだ市川は幼い頃に見たダムの放水を思い出した。凄まじい音を立てながら水の塊が落下する様子に恐怖を覚えた記憶が呼び起こされる。

  渇水したダムの底に現れた村跡というのも少し見てみたいような気がしたが、電車やバスで行くのは厳しい場所だ。この歳で親と出かける気にもならない。

  ダムの底を見るのは諦めることにした。

  車掌のアナウンスが降りるべき駅が近いことを知らせる。

  スマートフォンの画面を消し、真っ黒になった液晶に自分の顔を映す。オールバックの髪を後ろで一纏めにしたスタイルが生真面目そうな印象を与える姿だ。

  目ヤニが付いたりしていないことを確認すると、スマホをバッグにしまい、ポケットから財布を取り出す。

  電車は徐々に速度を落とし停車した。空気音と共にドアが開き乗客が降りていく。

  降車する人の多くは市川と同じ深見ヶ丘高校の制服であるセーラー服とカッターシャツを着た生徒だ。

深見ヶ丘高校は豊田市北部にある県立高校である。

  人の流れに沿って改札に向かい交通ICカードを改札機にかざして通過する。

  駅を出ると高校までは徒歩で10分ほどだ。

  校門をくぐり、1年生用の下駄箱でスリッパに履き替える。彼女が入った5組の教室には既に20人ほどが登校していた。

  時計に目をやると、8時17分を指している。

  自分の机にバッグを置き、教科書やノートを引き出しに移していると後ろから声をかけられた。

「結佳、おはよ!」

  やたらと大きくて明るい声だった。振り向くと、思った通りそこにいたのは三浦亜紀だった。

  彼女とは高校に入ってから知り合った仲だ。入学当初に席が隣だったことから話すことが多く、自然と友人関係になったのだった。

  おはよう、と挨拶を返すと彼女は市川に訊いた。

「ねえ、唯明のこと見た?」

  夢とは寝ている間に見るもののことではなく、同じ5組の女子生徒の佐々木唯明(ゆめ)のことだ。

  彼女は市川と仲の良い生徒の1人だったが今週の月曜日から学校に来ておらず、金曜日である今日も来なければ1週間以上休むことになる。

  そして今日、市川は電車内でも道路でも彼女を見ていなかった。

「ううん、見てない」

  首を振ってそう言うと、亜紀は心配そうに言った。

「じゃあ今日も来ないのかな……」

  夢は学校に来ないばかりか、LINEのメッセージにも反応を示さずクラスの女子の何人かは彼女が不登校になってしまうのでは無いかと心配していた。

  担任の教師曰く体調不良が理由らしいが、本当の所はわからない。

「私が見落としてただけで、今日は来てるかも」

「そうだと良いけど……」

  結局始業の時刻になっても唯明は来なかった。

  その日の授業後、教室から出ようとしたところを担任の藤井先生に呼び止められた。

「市川さん、ちょっといいかな」

「なんですか?」

  市川が答えると、藤井先生はクリアファイルに挟まれた書類を差し出して言った。

「悪いんだけどこの書類を佐々木さんの家に届けて欲しいの。帰る途中で寄れるでしょ?」

  確かに佐々木唯明の家は市川が帰宅する際に途中の駅で降りてすぐの場所にある。

  彼女自身、唯明のことが心配だったため引き受けることにした。

「わかりました。届けておきます」

  そう言ってファイルを受け取った。

  その後は体育館でバレー部の練習をこなし、帰路に着いたのは6時過ぎだった。

  帰りの列車内は朝と比べると空いており、座席に腰を下ろすことができた。窓の外には薄暗くなった町の景色が広がっている。

  少しして列車は佐々木夢の家の最寄り駅に到着した。ついいつもの習慣で通り過ぎようとしてしまい、慌てて降車する。

  夢の家へは他の友人達と共に何度か行ったことがあり、そのときは一緒に課題をしたり菓子を食べたりと楽しい思い出があるが今回は彼女の安否を確かめるという気が重い目的がある。

  記憶を頼りに彼女の家に向かって歩き出す。

  住宅街に入り、似たような外観の家が建ち並ぶ中で少し迷いながらも『佐々木』という表札の出た家を見つけた。

  白い壁に小さな窓、立方体に屋根を付けたような形の近代的な造りの家だ。

  黒いカメラ付きのインターホンを鳴らし、カメラに写りそうな位置に立つ。

  しばらく待つと鍵の開く金属音が聞こえ、スライド式の玄関ドアが開かれた。

  ドアを開いたのは唯明の母親だった。以前に何度か会ったことがある。よく笑う明るい人だった。

  その顔には以前のような朗らかさは無く、深刻な表情を浮かべている。

「唯明さんのお母さんですか?」

  彼女の表情に戸惑いつつ市川は言った。

「そうですが」

  母親の声はぼそぼそしていて聞き取り辛かった。

「担任の藤井先生から書類を届けるように頼まれて来ました」

  そう言ってファイルを取り出して渡す。

「ああ、どうも…」

  母親はファイルを受け取るなり、すぐに扉を閉めようとした。

  慌てて彼女を呼び止め、夢のことを訊く。

「あの、唯明さんはどうなってるんですか?」

  母親は一瞬動きを止めたが、何も言わずに扉を閉めた。

  しばらく呆然としていたが、諦めて帰ろうとしたとき家の中から声が聞こえた。

  聞き覚えのある声だった。唯明と母親が何やら怒鳴っているような様子だ。

  玄関前で立ち止まっていると突然扉が開かれた。そこには佐々木唯明の姿があった。母親よりも更に変わり果てた姿が。

  彼女の顔はまるで老婆のように皺だらけだった。唇はあちこちがひび割れ、皮膚はまるで古びた土壁のようにぼろぼろで水気が全く無い。

「唯明?」

  市川は思わず彼女が本当に唯明なのかを聞いてしまった。

「結佳……たすけて…」

  彼女ははかすれた声で呟いた。

「何があったの?」

  市川がそう言うと、彼女は母親の方を向いて言った。

「お母さん……結佳と…2人で話させて……」

  それを聞いた母親は一瞬顔をしかめたあと、後ろを向いて家の奥へと歩いていった。

「あがって…私の部屋行こう」

  とぎれとぎれにそう言い彼女は階段へ向かった。

「お邪魔します」

  そう言って市川も靴を脱ぎ、その後に続いた。

  廊下を歩く彼女の足取りはフラフラしており、壁に手を付いてようやく歩けるといった様子だった。

  階段では1段登るごとにゼイゼイと息切れをし、渾身の力で1段1段を登っている。

  思わず「大丈夫?」と声をかけたが、僅かに顔を縦に振るだけだった。

  階段を登りきると、そのすぐ右手に彼女の部屋がある。

  少しの間立ち止まって息を整えると、彼女は部屋のドアを開けた。

  倒れ込むようにして部屋に入った彼女はベッドに腰を下ろす。

  市川が部屋に入ると「ドアを閉めて」と言った。

  それに従ってドアを閉める。

「そこに座って」

  そう言って彼女は勉強机の前にあるキャスター付きの椅子を指した。

「病気なの?」

  椅子に座るなり、市川は訊いた。

  彼女は左手を差し出して言った。

「触ってみて」

  その手は顔と同様に皺だらけであちこちの皮膚が割れたり剥がれたりしている。

  恐る恐る触れると、まるで干物のような感触がした。生きている人間にあるはずの弾力やハリがまるで無い。

「水が抜けるの」

  彼女はそう言った。

「どういうこと?」

「そのままの意味よ。幾ら水を飲んでも体中が乾燥していくの」

  確かに彼女の外見はいつか図鑑で見たことのあるミイラに似ていた。だが、生きている人間の体がそんなふうになるということは聞いた事が無い。

「病院には行ったの?」

「行ったわ。でも医者は原因が解らない、こんな症例は聞いたことが無いって言って何もしてくれなかったの」

  そう言って彼女は目線を落とした。

  かける言葉が見つからず、気まずい沈黙が流れた。

「ねえ」

  沈黙を破ったのは唯明だった。

「今から私が言うこと、馬鹿にしない?」

「どういうこと?」

  彼女は一瞬迷った様子を見せた後話し始めた。

「実はなんでこうなったのか心当たりがあるの」

  そう言って彼女はベッドの下に手を伸ばした。戻ってきた手には小さな段ボール箱が持たれている。

  彼女がそこから取り出したのは硬貨のような小さな円形の金属片だった。

「それは何?」

「先週、九連ダムへ行ったの。今は水が枯れて底に沈んでた村の跡があって、そのダムの底の村でこれを拾ったの」

  そう言って、こちらに金属片を差し出した。長い間に水に浸かっていたせいかかなり腐食が進んでおり、光沢は全く無く錆に覆われている。

「実は私、3組の鈴木亮って人と付き合ってるんだけど、その人がダムの底を見に行こうって言い出して、一緒に行ったの。

  最初はダムの上から見るだけだと思ってたんだけど彼が底に降りてみようって言い出して、危ないって思ったんだけど付いて行っちゃった。

  そこで彼がお金みたいなのが何枚か落ちてるのを見つけてそれを記念に持って帰ろうって言ったの。

  それから体に異変が起きて彼に聞いたら、彼も同じだって言って……

  だから、あの村からこれを持って来ちゃったからこんなことになったんじゃないかって思うの」

  市川は呪いや幽霊などのオカルト的な話を信じない質だった。彼女の話も内心ではそんなことがあるわけがないと否定していたが、それをストレートに言うのはやめた方が良いと思った。

「そんなことってあるの?」

「わかんない。でもそれしか考えられないでしょ?」

  彼女は今にも泣き出しそうな顔で言った。

「ねえ結佳、これをダムに返しに行ってくれない?そうすれば治るかもと思うんだけど……」

「えっ」

  そんなことがあるはずが無いと思いつつも、彼女の表情を見ると断ることはできなかった。

「わかった、いいよ」

「ありがとう……」

  彼女は金属片を差し出した。

  それを受け取って言った。

「明日は土曜日だから明日行くね」

「鈴木君も同じのを持ってるから、彼のも頼んでいい?」

「いいけど、その人の家を教えてくれる?」

  彼女はフラフラと立ち上がり、机の上に散らばっていた英語の課題プリントの裏にボールペンで住所を書いて市川に渡した。

「ありがとう。じゃあもう行くね」

「ごめんね、こんなことさせて」

「全然いいよ」

  そう言って立ち上がり、ドアに向かう。

「気をつけてね」

  部屋を出るとき彼女が言った。

「うん、じゃあね」

  そう言って静かにドアを閉める。

  階段を降りると母親が立っていた。

「お邪魔しました」

  市川が挨拶をしても母親は返事をしなかった。

  玄関を出ると、市川は唯明の書いた住所のメモを取り出す。

  それによれば、鈴木亮の家はすぐ隣の区画にあるようなのでそこまで歩いて行くことにした。

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