番外編 大学生活 合コン 続
「...ねえ、私と秘密の関係になってみない?」
「は?」
初対面同然の彼女にそう言われ、信介は意味が分からなかった。
「男女が集まる場所で同じ理由で出会うなんて少し運命感じない?それに相手がいるって理由も禁断の恋みたいでよくない?」
彼女の言い分はとても信介が理解出来る内容のものではなかった。確かに同じ理由でこの場に集まったという部分に置いては多少なりとも運命的なものを感じはしないこともないが、生憎と信介が彼女に対して運命の相手と言えるのかといえば答えはノーだ。
信介にとって運命の相手は既にいて誰よりも大切にしている存在。葵を裏切ることは今の信介には考えられないほどの大罪だ。
「遊び相手が欲しいなら俺以外の奴にしてください」
「遊びっていっても誰でも良いって訳じゃないの」
それに彼女が言っていることは正式な付き合いではなく遊びの関係の誘い。本気で好意を抱くのではなくただ己の欲求を満たせる相手が欲しいだけ。それを見抜いているからこそ信介の返しは的を得ている。
「さっきも言いましたけど俺にはちゃんとした彼女がいるんですよ。彼女を裏切ることは出来ませんね」
「あらら。いつもなら上手くいくけど中々一途だねキミ」
「一途が普通なんじゃないですか?」
「そうでもないよ。特に大学生ともなれば今までの人間関係よりも広い範囲の人と関わるからね。その経験から色々と性格も考え方も変わるものなの。それに自由になるって意味では一番遊べる時期だし。私みたいに色々な人と一夜限りの関係ってことも珍しくないでしょ」
「常習犯かよ」
確かに違和感なく彼女が遊び人というのは想像出来る。
「おお!二人は何やらいい関係ですか!?」
「重い.....」
既にアルコールによる酔いが回っている友人の一人が信介に勢いよく寄りかかり、上機嫌で酒入ジョッキを持ちながら聞いてきた。どうやら信介と彼女が二人だけで話す様子は友人にとって良い雰囲気に見えたようだった。
「ううん。今降られたところ。彼はもう相手がいるからって」
「ああ!?お前またその嘘ついてんのかよ!!この場でそんな嘘ついてもいいことないんだからもう正直になっちまえよ」
「だから嘘じゃねえって」
「え、嘘なの?」
「こいつらには彼女の写真も見せてないですよ。そしたら嘘つき呼ばわりですよ」
「お前と俺達はこの場において完全な同志!一緒に彼女を作ろうな!!」
酔っぱらった勢いで願望をかなり大きな声で言い、相手方の女性陣はドン引きものであった。これには他の友人達も苦笑い。酒に酔った勢いとはいえこういった部分が彼女が出来ない理由になっているとは考えられないのだろうか。
飲み会という名の合コンが開始されてそろそろ一時間が経過しようとしていた。成人済みで酒が飲めるメンバーもかなり酔いが進んできて男性陣も女性陣も最初の頃のぎこちなさは無くなっていた。遊びの関係に誘ってきた彼女は酒を進めてはいるがそれでも顔と話す口調は変わらない。酒に強いんだなと思いながら、信介はそろそろかと席を立とうとした。
「んじゃ俺はこの辺りで」
「ちょっと待った!!」
それを隣の席の酒狂いに止められた。
「何もう帰りますみたいな雰囲気出してんだよ。まだまだこれからだろうが!」
「もう人数合わせの役目ぐらいは全うしただろ。あと腹も一杯だしもう帰りたい」
「いいや帰さねえ!!お前みたいな想像で彼女がいるような寂しい奴に彼女が出来るかもしれない機会を作ってやったんだ!!!お前が気に入った女を持ち帰るまでここは通さんぞ」
「.........」
酒の勢いとは言え普通に信介は目の前の友人の事が嫌いになりそうだった。他の男性陣の友人達もそうだがこいつは特に信介の事を”妄想で彼女を作っている”という認識をしていてからかってくる。今までは特にその手の話にならなければ普通に良い友人ではあるが、変に自信があるのか過去に彼女という存在が複数いたのかは知らないがこの手の話になると信介を見下す言動を繰り返していた。
大学で出来た友人の一人ではあるがここまで言いたい放題で嫌悪を抱くなといういう方が無理なものだ。
「あのな」
信介が言い返そうとした時、部屋の扉が開かれる音が聞こえた。
「すみません。こちらに槙本信介君はいらっしゃいますか?」
信介にとって最も心落ち着く声が耳に入った。言い返そうとした友人の顔から部屋の扉の方へ視線を向けるとそこには私服姿の葵の姿がそこにはあった。
葵は信介の存在に気付くと優しく微笑んだ。突然の葵の登場にその場にいる皆の視線は葵に釘付けとなった。特に男性陣はアルコールの影響ではない頬の赤みが起きていた。信介と言い合いに発展しそうになった酒狂いも葵の姿を見て固まっていた。
信介はその隙に立ち上がると男性陣の後ろを通って葵に近づいた。
「ごめん、わざわざ」
「私が出した条件だからね」
信介が合コンに参加するに至って葵が出した唯一の条件は”帰りは自分が迎えに行く”というもの。これにより葵は他の女に信介をお持ち帰りされることを防ぎつつ、彼女がいるという事実を参加している女性陣。そして彼女を存在を疑っていた信介の友人達に知らしめることが出来る狙いがあった。
「あ、あの......」
「ん?」
勇気を出して友人の一人が信介と葵に声をかけた。
「もしかしてその女性は...」
「彼女だよ」
信介がそう答えると合コンに参加した友人達は悲痛な叫び声をあげた。それはもう大きな声で。参加している女性陣の視線など一切気にすることなく。
「本当に槙本に彼女がいたなんて!!くそっ」
「しかも美人!!」
「誰だよ妄想とか言い出した奴は!!!」
「くそ!!!!裏切り者!!!」
「勝手に言いたい放題言ってただけだろうが。取り合えず帰ろうか」
「う、うん。そうだね。失礼しました」
葵も驚き過ぎて得意の作り笑いが上手くできていない。去り際に女性陣の方に自分の分のお金を渡し、ついでに男性陣のみっともない姿を見せたことに多少の謝罪の言葉を送っておいた。そして結局その会で一番話した年上の彼女に会釈だけしておいた。彼女は特に何も気にしていないようなスマートな顔立ちで優しく手を振り「お幸せに~」と信介と葵に向けて口にしたのだった。
店を出て二人で人混みのある歩道を歩く。
「びっくりした?」
「ははは、予想よりも凄い反応してたね」
「まあ自業自得でしょ」
信じてくれたなら信介だってそれ相応の対応をしていた。それでも信じずに妄想と言ってくるのだから堂々と合コンで彼女持ちを、本人を連れてきて友人達の精神にダメージを与えてやった。信じていればあんな反応を出さずに済んだものを。
「誘惑....された?」
これまでの恨みを晴らせて清々しい気持ちでいる信介に向けて葵は心配そうな声で聞いてきた。
「されたけど、彼女いますって言って断った」
ここで変に嘘をつかないのが信介だった。しかし返ってこの反応が信介の良いところであり変わらないところ。出会った時から変わらないその長所を熟知している葵は彼氏が嘘をついていないのだと分かり心の底から安堵のため息をついた。
「よかった~~~。大学生の合コンって話だけは聞くから凄い心配だったんだよ!!」
「俺も話だけで今回初参加だったけど、本当にああいう人っているんだなって感じ」
「初参加のご感想は?」
「もう行きたくはないな。普通に家に帰りたかった。初対面の人が多い場だからかな」
二人はそのまま同じ帰路につく。道中、二人の会話が尽きることはなく仲睦まじい姿が葵の実家近所の住人に目撃されるのであった。




