番外編 あるバイトの日
「いらっしゃいませ~」
信介は入って来たお客様に向けて働いている店のマニュアル通り挨拶をする。
信介がバイトをしているのは高校時代毎度の如く利用していたコンビニエンスストアだ。学生がバイトをする候補なら必ずしも居酒屋と肩を並べる程上位に入るこのバイトに信介は今回夕方二時~夜八時までの六時間をこなしている。
そしてその最終時間である夜の七時に入った。あと一時間でこのバイトから解放されると店の奥、飲み物コーナーの上に設置されている壁掛けの時計の時間を見て思う。
信介自身バイトの経験はこれが初めてで他のバイトと比べる事は出来ないが案外コンビニのバイトも簡単なものではないと思い知らされている。
「信介くん!」
「っ!はい!」
店の奥、スタッフルームの方から自分の名前を呼ばれた信介は急いでレジを抜けて店の奥側に引っ込む。
中にいるのは、信介がこのコンビニを利用するにあたって顔見知りとなったおじさんだ。以前までは普通のアルバイト店員だったが今ではこの店自体を仕切る店長にまで登り詰めている。信介もバイトの面接に来た時は心底驚いたものだ。
バイトを始めてから初めて互いに自己紹介をして、信介は”店長”と呼びおじさんの方も”信介くん”と今では下の名前で親しそうに呼び合っている。
「残りの時間が一時間で申し訳ないんだけど商品の品替えお願い出来るかい?」
「はい。全然大丈夫ですけど」
「そうか。なら頼むね。その分、私がレジに入るから」
「了解です」
裏のバックヤードから店長に貰ったメモをもとに入れ替えの商品を台に乗せる。
「うわあ....結構あるな」
最初は無茶なお願いでもなんでもないと思った。しかし、改めて台車に乗せられた新品の商品を見るとかなりの量だ。これを残りのバイトの時間でやるには結構ギリギリだ。
だがやるしかないと思い信介は台車を押して店へと出向く。
元々住宅街の途中に出来ている為このコンビニを利用する人はこの時間になると仕事終わりのサラリーマンやら食後のデザートを求めてやってくる女性客ぐらい。子供がいない分店内がもの凄く静かになる。
信介が店に戻ると店内にお客は二三人。多くないので一斉にレジにいっても自分と入れ替えでレジに入った店長なら難なくさばける。確認し終えて信介は古い品と台車に乗っけた新品とを入れ替える。
売り切れているだけなら置くだけでいいのだが如何せん売れ残りもちらちらとあるので入れ替えるのに時間が掛かる。しかし、今ならお客は少なく混んでいないので日中に比べれば全く焦る事なく落ち着いて入れ替えが出来る。
信介は落ち着いて商品名を確認しながら商品を入れ替えていく。残り数品と言った所で気づけば残りの時間は十分になっていた。
「お疲れ様です」
「ん.....ああ」
信介は後ろを振り返る。背後には黒い帽子を深く被った葵が黒のパーカーと黒のパンツと全身真っ黒の姿でいた。
「....何してんの?」
「来ちゃった」
「え~」
まだバイトが終わるまで少しだが時間があるのだが、信介は葵の急な登場に驚いてた。
葵がこうして信介のバイト先に現れるのは初めてではない。コンビニなので葵も普通に利用する。だが、こうして夜の勤務時間に現れるのは初めてだった。
「まだバイト終わるまで少し時間あるけど」
「待ってます。一緒に帰ろ!」
「じゃあ待っててね」
話をしながらしているとついに品替えが終わった。台車には入れ替えた古い商品だけが積まれている。
店内に葵を残して一度信介は裏に戻る。
「店長、品替え終わりました」
「お疲れ様。もう大丈夫だから、もう上がっても大丈夫だよ」
「え、でもまだ時間じゃないですよ?」
「今はお客さん少ないし、そろそろ深夜時間担当の子達が来るから大丈夫だよ。それに店内にあの子がいるのも見えてるし。彼女を待たせたいなら別に良いけど」
「いえ、ありがとうございます。それじゃあ失礼します」
「うん。お疲れ~」
バイトを始めて分かってきたのだが店長は従業員にめちゃくちゃ甘い気がする。
そんな事を思いつつ、店内で暇をつぶしている葵に声を掛ける。
「葵。もう上がるから店の裏側に回って待ってて」
「分かった!早くしてね」
スタッフのロッカーに制服を返し、私服に着替える。そして関係者以外立ち入り禁止の扉を開き外に出る。
「ごめん。待った?」
「ううん。それよりもお勤めご苦労様です。はい」
葵は手をこちらに差し出す。信介はそれを優しく握り返しそのまま二人は手を繋いだ状態で歩き出す。
「葵もありがとね。迎え」
「いいえ~。好きでやってますから」
読んでくれてありがとうございま~す。
番外編は結構バラバラで思いつきなのですみませんね。