最終話 この言葉
最終話です
「パパ~起きて~~~!!!!」
「.....ん、朝か」
陽気な声で目を覚ます。とても懐かしい夢を見た。高校で心に残るイベントを一本の映画のようにして観た気分だ。なによりその観た内容が全て鮮明に覚えていて同じ事を夢の中の自分が行動に移しているのはその出来事が本当に人生の中で最も心に残る思い出である証なのだという事を寝起きのまだ覚醒しきれていない頭でも思い知らされた。
あれから数年が経過しても尚自分の高校時代を彩ってくれたのは一人の大事な人と出会えた事が始まりだった。
「パパ!おはよう!!!!」
「うん。おはようさん」
ベットの腰からひょっこり顔を出して朝から眩しいと思うほど曇りのない笑顔を向ける愛娘に朝の挨拶をかわす。数年前の自分、それこそ彼女と会う前の自分に今の現実を話してみれば”嘘だと”真っ向から否定されそうだと思ってみる。
ベットから身体を起こし前を歩く愛娘の太陽の後ろを寝間着姿のまま歩いてついて行く。今年で幼稚園の年中になる太陽の後ろ姿を見ながら、早い成長をかみしめる。
「パパ!」
「ん?」
「たいようとのやくそくおぼえてる?」
なにやら不安そうな顔する太陽。約束と言うのは少し前にした太陽との約束。これに関しては忘れっぽい信介でも覚えている。不安にさせたくない気持ちから笑顔で言う。
「勿論覚えてる。動物園に行くんでしょ?」
「うん!!」
動物園というキーワードだけでここまで笑顔になれるものかと言うほど太陽は笑顔に答えてくれた。名前の由来にもなっているそれは笑顔で周囲を明るくしてほしいという安直なものから来ている。しかし名前の通りこの子の笑顔を見ているだけで自分まで気持ちを明るくさせてくれる。
廊下を通り、リビングに入る。
二十代の後半に足一歩踏み入れた信介にとってとても安くは無い(値段ではあるがそこそこの)家賃の(する)セキュリティシステム完備のマンションに現在自分と妻、そして娘の太陽と共に三人で暮らしている。2LDKは三人なら十分であろう。
台所には妻がいる。
「あ、おはよう信介」
「おはよう葵」
高校時代は伸ばしていた髪も(すっかりなくなり)今は肩に届くかというぐらいの落ち着きになった妻、葵は信介に言葉を掛ける。
槙本葵。旧姓、新城葵。高校時代を彩ってくれた信介の大事な人。高校を卒業後に信介とは大学を別々に行くがその関係は継続。大学在学中に信介が葵の二十歳の誕生日の日にプロポーズをして結果は見事成功。その次の歳にまさかの娘、太陽の妊娠が発覚。大学を卒業していなかった二人からすればどうしようかと悩んだが両方の親の言ってしまえば能天気な性格から最初の方の育児への手伝いのお陰で今日までこれた。
台所で料理を作っている葵を見て食卓の椅子に腰を落ち着ける。
「あ、さっき荷物が届いたよ」
「荷物?こんな朝から」
「何言ってんの。もう九時になるわよ」
そういう葵の発言は本当らしくリビングにある時計を確認すれば確かにそろそろ九時になる。
「パパはお寝坊さんだよね~」
「おねぼうさん!!」
愛する家族のこの発言には”ははは”と心の籠っていない笑いが出てくる。しかしそれは信介自身も良く理解している。高校大学を経て社会人となった今、明らかに起きる時間がだんだん遅くなっている。
(まあ、昔は異常ってくらい早く起きてたからそれよりはまだマシかな)
「それで、荷物ってなんだったの?」
「遥達から。この前言ってきた旅行先のお土産だって」
「相変わらず元気だなあの家は。でもそれが裕樹らしさか」
近藤裕樹と宮野遥。信介と葵が付き合う以前から交際を進めていた信介と葵にとっての恋愛の師匠のような存在であると共に高校から現在まで友人の関係が続く大切な友達だ。裕樹と遥は槙本家が結婚してその二年後に籍を入れ見事結婚。子宝にも恵まれ双子の息子春と娘の夏がいる。歳は太陽と三つ違いで双子にとって太陽はお姉ちゃん的存在になっている。
信介は食卓の机の横に置かれていた箱を開ける。大きさは大人が両手で持ってやっとぐらいの大きさであるが重くは無いのか当たると少し横にスライドしてしまう。
中を開けるとそこにあったのはラーメンの箱四箱と入っておりその他にも色々とご当地のキャラクターらしきストラップの大きさのものが入っている。
「...明太子か」
キャラクターの元ネタを口にする。
「福岡だからね~」
「ね~」
葵の言葉をオウム返しのように繰り返す太陽。
「それも三つも。これは俺達全員分って事か?」
「お揃いだね」
明太子をキャラクター化したストラップは良いのだが、こういったものをどのようにすればいいかイマイチ信介は理解していない。太陽の分は取り合えず幼稚園に持っていく鞄にでもつけておけば良いとして、ハッキリ言っていい大人がこのような物を付ける際どこにつければ良いのか。
「まあ良いか」
取り合えず保留という形で信介はストラップを箱に戻し、再度椅子に座った。
「いいな~。わたしもりょこうしたい」
すると信介の隣の椅子に腰掛けた太陽はボソッと呟いた。
「あ~。確かに、太陽が生まれてからそこまでちゃんとした旅行って行ってないね」
「パパとママはりょこうしたことあるの?」
「あるよ。まだ太陽が生まれる前だけど。でも二人で行ったのは一回だけ」
高校の卒業旅行と題して信介、葵、裕樹、駿、千鶴、遥の六人で県外まで旅行をした。その時は定番の京都に行ってまったりと過ごした。それ以降もそのメンバーで旅行などをしたが、実際の所信介と葵が二人だけで旅行をしたのは葵の誕生日の日。信介が一から計画して。
「その時にパパはママにプロポーズしてくれたんだよ」
「プロポーズ?」
「パパのお嫁さんになって下さいって言われたって事」
それを葵が伝えると太陽は目をキラキラとさせる。やはり女の子。この歳からそこまではっきりとした女の子らしい感性を持っているのかと信介は思う。
しかし信介もその時の事は覚えている。人生であれほど心臓がうるさかった日はないと思うほどだったからだ。北海道に行き、そこで夜の綺麗な町を見下ろせる展望に行きそこで安い指輪を買ってプロポーズをした。
『俺と結婚してください!』
何とも直球な告白だと少し思い出すのが恥ずかしくも思う。
その時はまだ学生で安い指輪した買えなかったが今ではちゃんとした指輪を嵌めている。当時葵に贈ったものは記念と思い出にと夫婦共同の部屋の箱に大事に保管されている。
「ほら、早く準備して。動物園に行くんでしょ」
「はーい!!」
太陽は自分の部屋へと向かっていった。親ばかだと思うが信介は自分の娘はその年にしてはとても賢いと思っている。着替えは自分で出来るし、好き嫌いはするものの克服する努力をする。欠点は少し正直すぎる部分。その事を葵に伝えた所”信介に似たんでしょ?”と言われた。その事に信介は納得をするしかなかった。
「信介もだよ」
「へいへい」
もう、と呆れる葵が作ってくれた朝食の目玉焼きの乗った食パンを口に入れる。信介の準備する事と言えば着替えに顔を洗ったり歯磨きをしたり朝にする準備ぐらいなものでそこまで時間はかからない。なのでゆっくりと過ごす。
ドタドタ
そんなまったりしている信介に娘、太陽は急いで近づく。
「パパ!」
「ん?」
「これ!しゅんおじさん!」
「は?」
そう言って太陽が差し出してきたのは家族で使うタブレット端末だ。それを受け取り画面を見る。画面にはニュースが出ている。この歳で既にニュースを見るのは少しおかしいと思うが、そこに出ている写真の中には確かに高校時代の友達であり今でも連絡を取っている木村駿の姿があった。
”○○ゲーム世界大会!見事優勝を飾ったのは日本チーム!!”
そこにはとある大人気ゲームの世界大会の優勝チームの事が書いてあった。
「そういえばちょっと前に”代表入りした”とか言ってたな」
駿は高校卒業後はまさかの進路でプロのゲーマーのチームに所属。そのチームはどうやらプロの中でも有名な所で大手の会社がスポンサーについている程だそうだ。そしてそこに所属しながら動画投稿サイトにてゲームの実況動画を複数挙げている。正直な所、一番身近で稼いでいるのは信介と裕樹ではなく駿だ。
そんな駿だがこの家に何度も来ておりその時太陽から名前を覚えられ今では”しゅんおじさん”と親しみを込めた名前で呼ばれている。太陽は良く駿になついているし駿もそんな太陽を可愛がっている。そんな駿がこうして記事に乗っている写真に出ている事に太陽は驚いているようだ。
「どうしたの?」
「駿の奴。世界大会で優勝したらしい。賞金も出てるな」
「すごいね木村君。高校の時もゲームばっかりしてたけど」
「しゅんおじさんすごい?」
「凄いな。良く一緒にゲームはオンラインでやってたけど当時から上手かったし」
しかし友人がここまでの功績を出したとなればそれなりの会を開かないといけない。既に自分達といる所よりも上の世界の住人になってしまった駿に信介達がやれることなどありきたりな物に収まってしまうがやれることはやってやろうと記事の写真に同じチームメイトと映る駿を見て感じる。
「さて、そろそろ準備するか」
「急いでね」
「パパ早く!!」
高校を経て皆がバラバラの道に進んだ。信介と裕樹は会社勤めで、葵と遥は副業をしながら主婦に徹し、駿はプロゲーマー、千鶴は持ち前の運動能力を生かし今はスポーツジムのインストラクターをしている。だけど、高校を卒業してもその繋がりは途絶えない。誰かが誰かを覚えて居ればいずれまた巡り合える時がやってくる。
「よし、じゃあ行くか」
「うん!」
「運転気を付けてね」
「葵.....」
「ん?」
「......いや、やっぱり何でもない」
「ん~変なの!」
笑顔で笑って見せる葵を前にして信介は思う。もう一度人生が送れるとしてもこの人と出会い、恋に落ちるのだろうなと。
「......ありがとう」
俺にこんな幸せな家庭を持たせてくれて。温かい時間をくれて。
そしてなにより、貴女のこれからの人生の時間を共に過ごす事を許してくれて。
信介はボソッと前を楽しそうに歩く葵と太陽に聞こえない声で呟いた。
ありがとうございました!!
一年以上作品を続けてこられた事に感謝します。