第四十六話 想い 続々
葵視点です
「えっと......どちら様でしょうか」
葵が目の前にいる綺麗な女性を見て第一に発した言葉は、その女性に向けての問いかけであった。動揺が声に表れているのが自分でも分かる。混乱している。
目の前でニコニコと笑顔を浮かべる女性は、一言言って綺麗だなと葵は感じた。自分よりも小さい顔立ちにその顔の形に似合うように切られ整った綺麗なショートボブの髪型は普通なら可愛いと感じるもののはずなのに女性の纏う空気が綺麗であり同性でありながらカッコいいと思わされてしまった。ファッション雑誌に載っているモデルの人でもおかしくない。
「ごめんね~折角のデートに入る形になって」
「い、いえ」
女性は葵にまず謝罪の言葉を述べた。それに葵も反応をするが、まだ状況の確認できていない。まず第一にこの人は誰なのか。自分の記憶にはこの人はいない。見たら記憶に残るだろう。それだけ葵の目には目の前にいる女性は魅力的に映っている。
ならばと先ほどから黙っている隣の彼氏を見る。信介は、なんとも言えない目で女性を睨む?ように見ていた。どうやら信介の知り合いだとこの時点で分かった。
「なんでここにいるんだよ」
「いや~、気になって.....ね?」
女性がそう言うと信介は隠すつもりのない大きな溜息をついた。
「友達と予定があるとか言ってなかった?」
「あ、それ?予定はあるけど、友達の都合で会うのは夜なんだ~」
(......誰なんだろう。後、仲が良さそう)
親しそうに話す彼氏の謎の美人女性の会話を横で聞くだけの葵は、少し嫉妬心が出る。自分と言う彼女がいるのに堂々と目の前で親しそうに自分の知らない女性と会話をされるとどうにも不安になってくる。
「だからって何で後をつけてきたんだよ。それにこんな写真まで送ってきて」
信介が見詰めるスマホの画面。こっそり確認してみると、そこには自分と信介の後ろから撮ったツーショット写真だった。
(欲しいかも)
決して自分達では取れないアングルから撮られたその写真を葵は欲しいと思ってしまった。
「いいでしょ?我ながら良い写真が撮れたと思うよ」
「盗撮だからな」
「でも、彼女さんは欲しそうに見てるよ」
「っ....!」
「え」
ばれた。つい写真の映った信介のスマホの画面を見過ぎた。
「......欲しい?」
「....うん」
素直に言った。恥ずかしい。何が恥ずかしいかって写真が欲しいとバレた事を信介ではなく女性に知られたのが何故か何より恥ずかしく思える。
「可愛い!」
「っ!?」
「ちょっ!」
すると女性が葵を包むように抱きしめてきた。
「もう本当可愛いよ!遠くから見ても可愛いって思ったけど近くで見るともう凄い!」
女性の口にしたことが直ぐに自分の事を言っているのだと葵は理解した。可愛いと言われる事には素直に嬉しいのだが、かなり勢いのあるハグをされて言われているので喜ぶに喜べない。結局、信介が女性を葵から強制的に離してくれた。
「急に抱き着いたりするなよ。驚いてるだろ」
「ごめんごめん。感情が爆発しちゃって」
見た目の綺麗さとは違い内面はどうにも幼い印象だなとこの短時間で女性の事を少し理解した葵。そして勇気を出して信介と女性に口を開く。
「あの......二人はどういう関係なんですか?」
そう言うと二人はポカンとした顔になる。あれ?変な事聞いちゃったかなと少し動揺する葵だが、女性の方が口を開く。
「ごめんごめん。まだ自己紹介してなかったね。初めまして。信ちゃんの従姉弟の佐山日葵です」
「い、従姉弟!?」
「そうだよ~!よろしくね~」
「.....はあ」
隣で溜息をつく信介をよそに葵は「よ、よろしくお願いします!」と頭を下げる。こうして葵が信介の身内の人間と会うのはこれが初めてだった。信介の母とは未だ会っておらず日葵が初めて。従姉弟とはいえ大事な彼氏の身内の人間に自分の印象を悪く見せるのは良くないと急いで姿勢を正そうとする。
「いいよいいよ。気を楽にして」
そんな葵の行動を制止し楽な体制でも良いと日葵は気楽に言う。
「いや~それにしてもホント可愛いね~。名前、なんて言うの?」
「新城葵です」
「葵ちゃんか!名前も可愛いって、信ちゃんは幸せ者だね~」
「めんどくせ」
そこから何故か信介と葵の間に日葵が移動してベンチに腰を下ろす。
「それでそれで、一応聞いておくけど葵ちゃんは信ちゃんの彼女って事で良いんだよね?」
「あ、はい」
何故か面談のようになっている気がする葵であるが質問されたことに答える。
「どっちから告白したの!?出会ったきっかけは!?お互いの好きな部分は!?」
「え、ええっと」
日葵から繰り出されるマシンガンレベルの質問。それにうまい事答えることが出来ない葵は、既にタジタジである。なにしろここまで同性に質問攻めにあったことがないから。
「落ち着けよ日葵。アオが困ってるから」
そこで助けに入ってくれた信介。しかし、それは日葵の勢いを更に加速される材料となってしまった。
「へ~。葵ちゃんを”アオ”って呼んでるんだ~」
「っ.....!」
からかいのあるように日葵は信介に迫る。信介は信介で葵の愛称呼びに日葵が食いつくとは思ってもいなかったのだろう。驚きと共に恥ずかしくなったのか耳が赤くなっているのが葵のいる位置からでも確認できる。
「恥ずかしがらないでも良いんだよ!ほら、彼氏彼女だけは特別扱いなんて付き合ってる男女なら誰でも芽生える感情だし普通だよ普通。それが二人同士で愛称で呼ぶなんて珍しい事じゃないって!」
「改めて言わないで。余計に恥ずかしくなってきた」
「ちなみに葵ちゃんは信ちゃんの事はなんて呼んでいるの?」
「私は信くんって呼んでます」
「ほうほう............」
緊張が葵の中にずっと滞在している。自分は日葵にどのように見られているのだろうか。それが頭の中でぐるぐると駆け回っている。
「............」
そんな葵の心境を知らない、知っているが敢えて知らないふりをしているのかは分からないが日葵はなにか考える素振りを見せる。そしてなにやら思いついたのか急に持っていたオシャレなカバンから長財布を取り出し一枚お札を出し信介に向けた。千円札だ。
「なに?お小遣い?」
「違う!これで三人分の飲み物買ってきて!私は葵ちゃんと話したい事が沢山あるから一人で」
「.......嫌な予感しかしないんだけど」
そっと自身に出された千円札を日葵から受け取る信介。
「大丈夫。信ちゃんは私の事理解してるでしょ?そんな私が悪い人じゃないのは知ってるよね」
「まあ.......そこら辺は気にしてないけど」
「じゃあ行ってきなさい!焦らず走らず。ゆっくり行ってゆっくり帰ってきてね」
「はいはい。と言う訳でごめんけど俺行ってくるよ。日葵はこんなでちょっと怖い質問が来るかもしれないけど気を付けて」
「う、うん」
最後に葵に日葵に対しての注意喚起をして信介はそのまま、公園内にある自販機に向かって行ってしまった。
「.........」
(........気まずい.....かも)
急に二人っきりにされて葵の緊張の値は限界に近い。ましてや会って間もない彼氏の従姉弟。仲介役の信介が不在でうまい事話せるだろうか。
「ごめんね。折角のデートを邪魔しちゃって」
最初に口を開いたのは日葵だった。そしてその言葉はほんの数分前にも聞いた謝罪だった。
「い、いえ。大丈夫ですよ」
「本当は信ちゃんの彼女さんを一目確認したらすぐ帰るつもりだったんだけど。思いのほか美人さんだから驚いちゃったよ」
「そんな。さ、佐山さんの方が私よりも凄い美人です」
「良いよ日葵で。私もそっちの方が呼び慣れてるから」
「で、でも......」
出会って数分の初対面同然の人間に許しを得ているからと言って急に下の名前呼びは気が引けてしまう。
「.....じゃあ、”日葵さん”」
「...うん。それだね!」
勇気を出して日葵を名前呼びする葵。それに満足そうに微笑む日葵。
「それにしても本当に葵ちゃんは美人さんだね。ホント、なんで信ちゃんの彼女なのか不思議に思うくらい」
「......ありがとうございます。でも、私の方が先に信くんの事を好きになったので」
「あ、そうなんだ」
葵はそこから信介との出会いを事細か日葵に説明をした。入学式の日に助けてくれた事が出会ったきっかけで、そこから今まで関わったきた男の子達とどこか違うように自分に接してきてくれる信介に次第に惹かれていったこと。頻繁にSNSを通じて連絡を取り合っていったこと。
説明をする間、日葵は静かに聞いてくれていた。まあ相槌は多かったが。
「.....それで....最後には信くんの方から告白してくれたんです」
「あの信ちゃんが......ね」
(ううっ)
話終わるときには葵の顔は赤く染まっていた。それもそのはず。緊張と更には自分の信介に対する積極的なアピールを本当に細かくその時の心境まで話したのだ。もう恥ずかしさで倒れてしまいそうだ。
「それにしても気づかない信ちゃんも信ちゃんだけど、中々葵ちゃんも積極的だね。特に勉強会でお泊りの話はね」
「自覚はあります」
「ほかの子がいるからって、普通深夜に男の子と二人っきりになるって相当な覚悟いるでしょ。まだ付き合っていなかったんなら更に」
「....はい」
「で、ついその場で寝てしまって起きたら信ちゃんの肩に寄りかかって寝ていた..と」
「........はい」
「なんでそれで気づかないかな信ちゃんは」
「鈍感なんじゃないですか?」
「鈍感でも許せる範囲と許せない範囲があるでしょ」
日葵は信介の鈍感さに呆れているようだった。それに苦労の経験がある葵は何も擁護出来ない。
「でもそっか。最後には男を見せたんだね信ちゃんは」
日葵の顔は嬉しそうだった。
「葵ちゃんにはお礼を言わないとね。信ちゃんの姉としての立場からして」
「お礼何て。私は何も」
「ううん。葵ちゃんは信ちゃんを変えてくれたよ」
「変えた......ですか?」
私が何を変えたのだろう。
葵は自分が信介の何かに変化を及ぼした自覚はない。実感もない。近くにいるせいで日葵の言った信介の変化した部分が見えてこないのかもしれない。
「昔から信ちゃんって異性に興味がそこまで無かったんだよね。学校でも女の子の友達はいたけどそこまで近い距離に居たい訳でもないらしいし。テレビで見る可愛いアイドルとか綺麗な女優さん見ても心の籠ってない「そうだね」とか「綺麗だとは思うよ」って空返事ばっかで」
「そうなんですか」
「今流行りの草食系男子のトップだね。信介は」
草食系男子。確かに、と信介にぴったりの言葉だと葵も日葵の意見に共感する。
「モテる要素はあるんだよ?荷物は文句を言いながらではあるけど持ってくれるし、基本お願いしてくれたらやってくれるしで」
「...それは日葵さんがそうなるように教育したからじゃないですか?」
「ははは!私が女性のお願い事は聞くようにって?確かにそれはあるかもね」
(そういえば、私も連絡先を交換する時も何も言わずに承諾してくれたっけ。あれも日葵さんの影響なのかな)
普通初対面でそこまで話したこともない人間と連絡先なんて信介の性格上絶対怪しがるだろう。裏があるのではないかと。
「でも、そんな信ちゃんを告白してくれるよう精一杯努力して振り向かせた葵ちゃんは本当にすごいよ。やる気なし、鈍感野郎って言う最悪な条件でね」
「私にはすごい信くんは魅力的に映ってるんですけどね」
「お?早速お惚気話かな?」
「ち、違います!!」
「赤くなって可愛い!」
本当にこの人は危険だと思う葵。これでは自分の身が持ちそうにない。
「うん。葵ちゃんがどれだけ信ちゃんにゾッコンなのか理解したよ」
「あまり口にしないで下さい。恥ずかしいので」
「美人で更には好かれるって本当に信ちゃんは幸せ者だ。こんなしっかりした彼女さんなら安心して信ちゃんを任せられるよ」
任せられる。その言葉に妙に責任感があるように感じる。
「.....大丈夫でしょうか。私なんかで」
「ん?不安?」
時々葵は不安に駆られる。自分は信介の隣にいても大丈夫だろうかと。考えすぎかもしれないが信介の邪魔になってないかと。
「大丈夫!葵ちゃんは強い子!カッコいいからね」
「?...かっこいい..ですか?」
「うん!」
自分が?
?マークの浮かぶ葵に更に日葵は言葉を続ける。
「私の個人的な意見だけどね。好きな人に振り向いてもらうために努力する人はカッコいいと思うよ」
「.....!!」
努力ならしてきた。信介との関係を続けるため、頑張って連絡を取った。勇気を出した回数など数えきれない。それを日葵はカッコいいと言ってくれた。
「それに答えて(応えて)、信ちゃんも想いに気づいたんじゃないかな?」
日葵の言葉には温かさと変な自信をつけてくれる。だけどそれが葵の中にあった不安を一気に落としてくれた。なによりカッコいいと自分の事をほめてくれた。
「自信持ちなよ。葵ちゃん」
「....はい。これからも頑張ります!」
「うん!」