第四十六話 想い
信介は家を出て、真っすぐに葵と待ち合わせをしている場所に向かう。道中、家に置いてきた日葵が後ろにいないかなどの確認をしながら。しかし、それは考え過ぎなのか背後には日葵の姿はなく隠れられそうな場所も無かったのでまず尾行はされていないと一旦安堵する。
「........ついてこられたら面倒だからな」
なにせ日葵が家に来てからと言うものの放課後の帰宅以外葵と二人きりの時間を設けられなかった。付き合い始めてから信介は葵を家まで送るようにしている。これも裕樹のアドバイスである。
”取り合えず家まで送るようにはしろよ。今はまだ日が落ちる時間は遅くて明るいけど、これからは帰る時間になると今よりもずっと暗くなるんだ。今からでも習慣付けしとけ”
との事。完全に恋愛に対して間違いなく自分よりも経験の豊富な裕樹は恋愛の師匠と心の中で思うようになっている信介。経験と言っても、これまで付き合ってきた人とは誰も一線は超えていないらしい。
そんな友人の過去の恋愛話を思い起こしていると、葵のと待ち合わせ場所に辿り着いた。到着した時間は約束の五分前。真面目な葵の事だから、毎度のことに自分が到着した数分後にやってくるのだろうと信介は特に焦る事もなくスマホをいじって待つことにする。
そしてその通りにスマホで携帯小説を読み始め、五行の終わりに差し掛かった辺りでこちらに向かって来る葵を発見。信介はスマホの画面を閉じた。
「お待たせ。ごめんね」
「いいよ。俺もついたのはさっきだし」
このやり取りは最早定番だった。
「久しぶりだね。信くんとこうして休みの日を過ごすの」
「あ、ああ...そうだな」
葵も自分と同じことを思っていたようで、その言葉にうまい具合に返すことが出来ず信介は言葉を詰まらせた。
しかしこればかりは完全に自分の身勝手によって引き起こされた状況。目の前にいる私服に包まれた葵を見て罪悪感を覚えるのも完全に自分のせいだ。それもあり、信介は今回思う存分葵の要望を叶えてあげようと決心していた。
白いシャツにその上から茶色のカーディガンを着て、下は黒のロングスカートとおとなしめのコーデをしている葵の手を取る。
葵は急に握られた手にびっくりとした驚きの表情を浮かべるがそれは最初だけで直ぐに握った信介の手を優しく握り返す。その顔は嬉しくてしかたない様子。
「行くか」
「うん!」
信介と葵は手を繋ぎあって歩き出した。
◇
信介と葵のデートには明確な目標はない。何かが買いたい、面白そうな映画を観たい。出掛ける時にはある程度何かしらの目標が存在するが二人で出掛ける際は、目標がないまま街中をぶらぶらする事が多い。今回はそれに該当する。
ただ何の目的もなく歩きながら適当に店に入って過ごす。それが二人の定番のデートだ。
もはや若者の男女のデートと言うより、熟年夫婦の散歩のレベルのようにも感じる落ち着きのあるデートをしている二人の背後。広い公園の中を仲睦まじく会話をしながら歩く二人の少し後ろの木々の間から二人を見る一人の人物
日葵だ。黒のコートにサングラスとどう見ても不審者の格好をした日葵は仲良く手を繋いで公園の舗装された綺麗な道を歩く信介と葵の二人を木々の間から観察していく。
(う~~~~~~~~ん)
休日の公園にはそれなりの数の人が利用している。主に家族連れが公園の大部分を占めている自然の芝生の上でピクニックだったり、フリスビーやバドミントンなどの遊具を使って遊んでいる。日葵の視界にもそれは見えている。その端にはベンチでゆっくりとしている老夫婦だったりと以外にも男女の割合が多い。
しかし、信介と葵のデート姿を見ながら日葵は頭を抱える。
(高校生のカップルって普通アミューズメントの充実した施設とか、もっと騒がしい場所に出掛けるものじゃないの?)
日葵の目から見ても二人の様子は楽しそうに見える。だけども、その場所が公園というのは高校生のカップルとしては少し落ち着き過ぎではないだろうか。それもただ歩いているだけで良いとは、あの若い二人は大人過ぎではないか?と。
自分が高校生に付き合っていた男子とは、映画やらゲームセンターにボウリングと結構遊ぶ施設が充実した所に行っていた。だからこそ、今どきの高校生のカップルの落ち着きのあるデート場所に少し時代遅れ感が身に染みる日葵。
今思えば日葵も既に二十二歳。高校を卒業してから数年も経過し、ましてや日本を離れていたので現代の日本の若者のデート場所の定番など把握していない。
(それにしても......)
自分が周囲の人からどのような目で見られているかなど気にもしない日葵は、サングラスの下から信介の隣で歩く葵を見詰める。
(信ちゃんの彼女.........すごく可愛い!!!!!!!!!!!)
流石学校で別格の人気を誇る葵。それは学校外でも通じるようで日葵は、信介と仲良く談笑し笑顔を浮かべる葵を見て一目惚れをした時のような感覚に陥る。
従姉弟の大事な信介の彼女がどんな人物なのか気になる好奇心だけで二人のデートに急いで後を付けてきたけど予想以上の容姿の高さに驚きだ。信介に失礼かもしれないが、本当に彼女なのかどうかも怪しいレベルの容姿の持ち主だ。
しかし、そんな彼女は今従姉弟である信介に笑顔を浮かべ楽しそうにしているではないか。あれは紛れもなく意中の相手に見せる女の顔だった。
そしてそれはその隣にいる従姉弟にも同様だった。
「へ~、信ちゃん。彼女の前ではあんな顔するんだ」
日葵にとって信介の思い浮かべる顔は仏頂面のやる気の欠片もない表情。いつも眠たそうな目をしてゴロゴロとしているのが日葵にとっての信介の印象だ。
それが今はどうだ。彼女同様にとても楽しそうにしている。相変わらず眠たそうな目をしているが、その目が逆に優しい印象に変わり日頃浮かべないであろう柔らかな笑みを浮かべている。言うならば爽やかな好青年風に変わっている。
(成長したんだね。やっぱりあの子のお陰かな)
子供の時から物静かな子で、それは小中学校に上がっても変わらず少し心配していた時期があった。放課後になると直ぐに学校から帰ってくるし、休日は家から出ないなんて省エネ生活を送っている信介に友達がいるのか。それが当時、叔母である信介の母が仕事が忙しい代わりに週に何度か家に来てお世話をしていた日葵の一番の心配事で悩みの種だった。
でも友達はいる。放課後直ぐに家に戻ってくるのは複数の友達とパソコンでオンラインゲームをしているからと聞いたときは安心したものだ。
(あっ、そうだ)
前方にいる二人を見逃さないように日葵はコートのポケットに入れてあるスマホを取り出す。そしてそれを幸せ空気漂う二人に向け一枚
パシャ
写真を撮った。
そしてその写真をある人物とのL○NEトークに張り付けた。
続きもありますよ