第五話 嫌い?
ーーー槙本信介ーーー
俺は友達の近藤祐樹を残して教室を出た。
先程、隣のクラスの新城葵と言う祐樹曰く学年1の美少女に現代国語の教科書を貸してくれとメッセージを貰ったのだ。
だからこうして手に現代国語の教科書を持って隣へ向かう。
隣の教室に入ると購買部に皆んな行ってるのか教室にいる生徒の人数はまばらだった。
なので特に見つけるのに苦労する事なく目的の人物を見つける事が出来た。
目的の人物、新城は女子友達2人と固まって昼食を食べていた。
俺はそれに近づく。
新城達は近く俺に気付いてこちらを向く。
「新城、教科書持って来たよ」
「お〜、イケメン信くんだ!」
「...........何言ってんだ中条」
俺が近づくと3人の内の1人、中条が俺にそんな言葉をかけながら絡んできた。
中条とは1年の時に同じクラスだった事もあって、女子の中では会ったら良く話す仲だ。
俺は中条に絡まれながら新城に教科書を手渡す。
「あ、ありがとう.....」
新城は何故か顔を俯かせながら俺が差し出した教科書を受け取った。
新城は誰とでも仲良く接すると祐樹から聞いていたのだが、もしこの反応が俺だけならば俺は嫌われているのだろうか。
でも嫌われているのならば、そんな相手とスマホで連絡など取りたくないだろうし。
俺はいまいち新城葵という1人の人間が良く分からない。
「葵は信に優しくされて嬉しいんだよ!」
「!?千鶴!」
中条が言い、それに新城が過剰に反応する。
「優しくって、教科書忘れたから貸しただけだぞ」
「それでも嬉しいもんなんだよ葵にとっては。あ、私は宮野遥です」
「遥も何言ってるの!?」
「槙本信介です」
どうやら新城と中条ともう1人いた女子は宮野と言うらしい。
俺も自己紹介を済ませる。
「そう言えば今更だけど、なんで千鶴と槙本くんってそんなに仲が良いの?」
不意に宮野が俺と中条の関係性に聞いてくる。
これには新城も気になるようでチラチラと俺に視線を向けてくる。
「1年の時、同じクラスだったから」
「そうそう。席替えで隣の席になった事もあるし、その時に仲良くしてたんだよ〜」
宮野はへ〜っと言い納得しているようだが、何故中条は仲良くしていたと言う部分を強調して言ったのだろう。
しかもそれを質問して来た宮野にではなく、黙って聞いていた新城に言っていると感じたのは俺の気のせいだろうか。
「信ってやる気無いように見えて、クラス行事にはちゃんと参加してたよね。席が隣になってた時は良く授業中寝てる信を起こしてたっけ?」
「その節はお世話になりました」
確かに1年の時に何度か授業中に居眠りをしていたのを当時隣の席だった中条に起こしてもらったのをよく覚えていて、それで何度助けられた事か。
「だから信って呼んでるの?」
「仲が良いのもあるけど、他の皆んなも呼んでたからね。それに信と話してるとくん付けが変に感じるんだよ」
「俺自身も呼び捨てで呼ばれた方が良いかな。逆にくん付けって違和感あるし」
男子だろうと女子だろうと、大体俺の名前を呼ぶとしたら呼び捨てで下の名前だ。
おっと、教室で祐樹を待たせている事を忘れていた。
「じゃあ、教科書貸したし俺帰るわ」
「え〜、もうちょっといいじゃん!」
「教室で祐樹を待たせてんだよ。新城、俺6時間目現国だからちゃんと返してね」
「うん、ありがとね」
そのまま後ろで文句を言いまくる中条を無視して俺は教室を出た。
それと行き違いになるように購買部に行っていた奴らが戻って来た。
それを見て丁度良かったと思う。
相手が中条だけならまだしもその場に新城がいて、それを他の男子生徒に見られでもしたら変な噂が立つかもしれない。
スマホでのやり取りは抜きにして、俺と新城は学校では殆ど関わらないし、他の奴らだって俺と新城が直接話しているところなど見た事がない筈だ。
それが急に教科書を貸している場面を見られでもしたら新城に好意を寄せる男子生徒からの嫉妬の嵐に巻き込まれかねない。
結構な人気があって競争率が高いが、みんな今の新城との関係性を壊したくなくて新城本人に想いを伝えられていない、と情報通の祐樹から色々と聴いている。
自分はえらい人物と繋がってしまったと思う。
自分の教室に戻ると祐樹は教室から出る前に見た位置から動いておらず、俺を待ちわびていた感じを出していた。
俺はそんな祐樹の前の席に座るが、すかさず祐樹が色々と聴いて来た。
「なあなあどうだった?新城は?」
「どうだったって.........学校じゃあ殆ど関わってないんだから普段の新城を知ってる訳がないだろ?あっ、でも宮野って女子とは知り合った」
「宮野って宮野遥?」
「知ってたんだ」
「知ってるも何も俺の彼女だし」
「マジか」
俺はつい最近祐樹と付き合い始めた彼女が宮野遥だと知って驚いた。
祐樹からちょくちょく話は聞いていたのだが、全然分からなかった。
「そう言えば言ってなかったな」
「結構大人しそうな子だったね」
「見た目はそうだけど、ノリは結構合うぜ?」
その後はどうでも良い雑談で残りの昼休みの時間を過ごした。
意外にも祐樹が新城との事を聞いてくるとばかり思っていたのだが、全然聞いてくる素振りは全くなかった。
彼女持ちになったからなのか、自分が質問されて嫌な事を他人に聞く気がないようだった。
そして5時間目も終わり、10分の小休憩に入った。
俺は席を立ち隣の教室へ行こうとする。
「あ、信何処行くんだ?トイレ?」
「教科書取ってくるわ」
俺は後ろの扉から出ようとすると、祐樹に声を掛けられた。
俺は隣のクラスに行って新城から教科書を返して貰うと告げる。
祐樹はそれで納得した様子になったが、前を向くと俺にニヤニヤ顔を向けてきた。
「新城来てるぜ」
「何処に?」
「前」
祐樹は指を指す。
俺はそちらを向く。
祐樹が指差した場所は教室の前の方の扉で、その扉の前、廊下側に新城がいるのが扉に付いている透明なガラス板越しに見えた。
他のクラスメイトも、特に男子生徒もそれに気付いたようで自然と教室にいる全員が新城の方を見る。
その中で教室に入る新城だが、教室中の視線が自分に集まっていると気付くと「え?え?」と言葉には出してないが表情を察するに動揺していた。
そして新城の手には俺の現国の教科書が見える。
どうやら俺の教科書を返しに来たようだ。
ちゃんと返してねと言ったが態々自分で返しに来る事もないのにと思ったが、あの言い方では返しに来いと言っているようなものだと気付き自分のせいだと認識する。
「あの、槙本くんいますか?」
新城が俺の事を近くに居た男のクラスメイトに聞く。
聞かれたクラスメイトは少し驚いたが、新城に話しかけられた事が嬉しいのか直ぐに教室中を見渡す。
そして俺を見つけ新城にあそこですと指差す。
指を指されたことで今度は俺に視線が集まる。
あんまり大勢からの視線に慣れていない俺は背中に汗が流れるのを感じる。
だがそんな俺をお構い無しに、新城は俺を指差したクラスメイトに「ありがとう」と言うとどんどん俺に近づいて来た。
そして俺の前で止まると教科書を俺に差し出した。
「ありがとう。教科書貸してくれて」
「...........態々どうも」
「そ、それじゃあ.....!」
若干頬が赤かったような気がしたが、それを確認する時間を与えないかのように新城は教室を出て行き自分のクラスの教室へと帰って行った。
クラスメイト達はその様子に呆然、教科書を渡させた俺も数秒間硬直していた。
何で急いで帰るような、いや、逃げるように自分のクラスに帰って行ったのか。
そして一切俺の顔を見ようともしなかった。
「..............なあ、祐樹」
「.....く.......くく.....な、何だよ」
俺は近くにいる祐樹の方を見ずに声を掛ける。
祐樹の顔を見ずとも、声からして祐樹は何かが面白かったのか笑いを我慢しているのが分かる。
「俺.................絶対に新城に嫌われてるよな?」
その俺の問いに祐樹からの返事は無かった。
だがこれだけは言わせてもらう。
その質問をした後の祐樹の顔は「こいつ何言ってんの?」を表しているぐらいとても凄い表情で俺を見て来たと言う事。
それとクラスメイトからの質問が凄く、改めて新城の人気ぶりが分かった。
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