第三十三話 夏休みスタート
夏休みが始まった。
真夏に相応しい格好をした年頃の若者が多く街を歩く姿が多く見られ、信介の目には実際店の中を仲良く歩くカップルの姿が多数見て取れている。
夏休み初日の今日、信介はめでたく両想いで付き合う事になった新城葵ではなく、友人の近藤祐樹と木村駿の2人と一緒に駅前のショッピングモールに来ている。
「.........人多いな」
ベンチに座り辺りを見渡しても分かるのは人が多いと言う事だけ。
夏休みなのか、はたまた今日が日曜なのか考えられる理由は多いがそれでも家族連れだったり自分達と歳の近いグループが通路を埋め尽くす程歩いている。
「多いね」
それを隣に座る木村がスマホを見ながら返す。
「..............ねえ」
「ん?」
「そもそもなんだけどさあ.......」
現在モール内二階の中央の吹き抜け近くのベンチに座っているため暇つぶしに一階の様子を伺う。
すると木村がスマホから顔を上げて困惑した顔で話してきた。
「何で夏休み初日から俺たちと遊んでんの?」
木村から問い掛けられたのはごく単純な質問だった。
「何でって.............祐樹が提案して来たし、別に暇だったから」
今回3人で遊ぼうと提案したのは近藤だ。
夏休み前の最後の登校日の放課後に帰ろうとする信介と木村に“3人で遊びに行こうぜ!”と近藤が誘ってくれたからだ。
基本ゲームをする事しか予定にない木村はこれを承諾したのだが、新城葵と言う素晴らしい彼女が出来、付き合い始めた信介もこれを承諾したのだ。
それに疑問を持ったのか木村は今それを聞いてくるのだが、信介からしたら良く分からない質問であった。
木村は信介の言葉を最後まで聞き終えると“はあ〜”と溜息をついた。
「何だよ」
「普通、夏休みと言ったら友達より彼女優先じゃないの?」
「あ〜....そういうこと」
ここで信介は木村の質問の謎が分かった。
“何で夏休み初日から彼女じゃなくて友達と過ごしてんだよ”と言う事だろう。
夏休みと言えばカップルにとって思い出が一番作れる期間であり世の中の大半のカップルが重要視しているであろう。
海で遊んだり、山へ行ったり、花火大会に地域独特な祭り、などなどがあり遊べるイベントは盛り沢山だ。
しかし、信介の中ではその考えはあるもののそれを実行に移すべきなのかどうかは良く分からないのだ。
信介もこの夏休みがカップルにとって重要だと言うのは、流石にこれまで恋愛について無頓着だった信介でも分かってはいる、多分。
多分と言えるのはその考えに自信が持てないからだ。
なにせ信介にとって彼女が出来てから初めて迎えた夏休みであり、プラス初めての彼女と言う事もありこの夏休みをどのように彼女である新城と過ごせば良いのか分からないでいる。
「いや、俺だって何かしたいとは思ってるよ?でも、何すれば良いか分からないんだよ.......」
信介は周りに大勢の家族連れだったり学校の仲良くグループらしき自分と歳の近い集団がいるのを忘れて、木村に今の悩みを伝えた。
言いながら自分何言ってるんだろうと相談を口にしている最中に思うが、それでも何の文句も言わないで聞いてくれている木村の優しさを感じると直ぐにその考えは消えた。
しかしそれとは別に恋愛の悩みを友達に相談しているのがどうも恥ずかしいのか変な羞恥心があり、胸の辺がザワザワとしている。
悩みを相談し終えると木村は真剣な顔で相談に乗ってくれた。
「信がしたい様にすれば良いと思うけどね」
「俺のしたい様に.........か」
「まあ、友達の関係だった時から2人で休みの日に出掛けてるし、いつものメンツと一緒ではあるけど信の家に泊まってる時点でそれっぽい事はしてるんだけどね」
それにはうっと言葉が出ない信介。
確かに順序としては友達の段階でかなりやっており、今更夏休みをどう過ごすかで悩んでいるのが馬鹿らしくなる。
「俺から言えるのは後悔のない様に、かな。夏休み終わって後悔してももう夏休みの思い出は作れないし、来年は三年で受験とかで忙しいから今年の夏休みがちゃんと遊べるラストチャンスかも」
「やっぱりそう思うよな」
木村の口にしたものは全て信介が考えていた事であった。
しかしそれ以前に信介には気になる事があった。
「本当.............後悔するならやっておけってね」
(............初めてだな。こんな顔した木村)
それは木村があまりにも真剣であり、そしてどこか悲しげな目であると言う事。
いつもの軽げな雰囲気としたイケメンはどこへやら、今では本当にただのイケメンに成り果てていた。
しかしここまで悲しそうに恋愛感を話すのは一年の頃からの付き合いである信介は新鮮であり興味が出る。
今思えば2人でこうして恋愛の話をした事がなく、したとしてもその場には近藤がおり殆ど答えていたのは近藤だったと思い出し、木村が恋愛の話をするのを思い返してみれば初めてであった。
「.......なあ木む」
「悪い!買い物終わった!」
いつもと様子の違った木村が気になり声を掛けようとすると後ろから買い物袋を持った近藤が急いだ様子で駆け寄って来た。
「遅いよ。何してたの」
「いやあ、二つの服で迷ってさ」
「待たせたんだから俺と信にアイス買ってよ」
「げっ!まあ、待たせちまったししょうがねえか」
「やったね信。待たされた甲斐があったよ」
「あ、ああ。そうだね」
先程の悲しげな様子は無くなりいつもの木村へと戻っていた。
自分の勘違いだったのかどうか。
それは分からなかったが、その日の三人での買い物はあの時見せた木村の顔が気になりながら過ごした。