第二話 高嶺の花
翌日の木曜日、信介はあくびを我慢しながら自分の通う高校への道を歩いていた。
信介の予想通りであったが昨夜寝る前に送られて来たメールを境に結局、相手側と夜中の3時までメールのやり取りをしてしまい信介は最近お馴染みとなった寝不足になっていた。
そんな状態では前日の疲れも取れるわけがなく、実質信介は前日分の疲れを背負い込んでの生活となる。
そんな重たい足取りで何とかついた高校。
自分のクラスに入るとそこには既に多くのクラスメイトがいた。
そんなクラスメイトに朝の挨拶をし、自分の机に着くや否や信介は机に突っ伏せた。
「信〜!英語の課題やってたら写させてくれ!!」
今にでも寝そうな信介に話しかける人物は信介の友達であり同じクラスの男子生徒、近藤祐樹だった。
祐樹と信介は2年になってからお互い知り合ったのだが、共通の友達を通して仲良くなり今ではその共通の友達と変わらない程仲が良い。
信介は近くに寄って来た祐樹に鞄から出した英語のワークを差し出す。
「範囲って5であってるよね?」
「あってるあってる!!いや〜、助かるわ〜!!」
「でも携帯の翻訳機能使って解いてるから合ってるかは分からないよ。あの翻訳たまに変になるから」
信介は大体英語の課題などは自力で解こうとせずに携帯に備えついてある翻訳機能を使って問題を解いている。
問題を自力で解いても結局空欄ばかりで提出とみなされないのであれば、最初から翻訳機能を使って解いた方が自力で解くよりも空欄はずっと減る。
面倒ではあるが、その先更に面倒になると思い信介は長い英単語などを携帯で打ち込んではワークに書いている。
祐樹は信介のワークを借りると直ぐ様自分の席に帰って行った。
どうやら本当に何もやっていないらしく、後ろを振り返って祐樹の席を見ると、ものすごい勢いで自分のワークの答えを自分のワークに写す祐樹の姿が見えた。
そうやって急ぐなら最初からやっておけば良いものをと思ったが、祐樹らしいと思えば祐樹らしいと思いその言葉は心の中だけな留めておいた。
それよりも眠たかった。
信介はHRが始まるまでの残り10分全てを睡眠に当てた。
そして担任に起こされ、連絡事を適当に聞き流す。
今の信介にとってはどんな音でも子守唄の様に聞こえて来て仕方が無かった。
1時間目が移動教室と言うのもあり、信介は授業のある隣のクラスの教室へと足を運ぶ。
1時間目は地理研究の授業だった。
信介は意外な事に地理が少し好きだったりする。
日本ならそこまで新鮮味が無く面白くないのだが、地理は日本だけでなく海外の話が大半を占めており、そのおかげで頭に定着するのだ。
しかしそんないつもは楽しい内容の話も信介には全然入ってこなかった。
それだけ今の信介は眠たくて眠たくて仕方がないのだ。
しかし2年に上がったばかりのこの時期に授業担任に目を付けられるのはあまり信介的には好ましくない。
結局、信介は1時間目は愚か午前の授業全て寝るのを我慢して何とかやり過ごす事に成功した。
そして昼休憩となる。
学校へと登校中に寄ったコンビニのパンをかじる。
眠気のせいであまり食欲は湧かないが、念のため食べておかないと持たないと思い仕方なく食べている。
「相変わらず眠そうだな」
前の席に座る祐樹は信介を見てそのように言う。
いつもなら祐樹と仲良くなった2人の共通の友人を交えて3人で昼食を食べているのだが、その友達が体調不良を理由に今日は学校を休んでいるので、こうして今日は信介と祐樹の2人で食べているのだ。
「午後の授業って何だっけ?」
「俺が文系の授業日程知る訳ないだろ」
英語の課題すらやってこないくせして祐樹は理系なのだ。
信介はあまり数学やら化学生物が得意ではないので文系に進んだ。
2人は何気ない日常の会話を繰り返す。
すると祐樹が、ふいに「なああの話聞いたか?」と信介に尋ねた。
しかし信介には祐樹が望むような面白い情報は入ってきていない。
「隣のクラスの若村が、ついに新城に告ったらしいぜ」
「へ〜」
祐樹は兎に角情報通だ。
学年で起きた事では終わらず他学年で起きた事件などは殆ど彼の元へと情報が辿り着く。
それを可能にしているのが祐樹の人の良さなのかもしれない。
祐樹が面白そうな話を信介が聞く、これがいつもの流れであまり情報を知らない信介からしたら学校で起きたことを知れるのでかなりありがたいものだ。
「で、結果はどうだったの?」
「フラれたらしいぜ。「友達じゃダメかな?」だと」
「それって失敗したの?」
「告白した側からすると失敗だな」
「へ〜」とこれまたやる気のない声で返す。
信介は恋愛をした事がない。
初恋は済ませているのだが、確かに好きな人は居た気がするってだけの話であってそれが特定の誰なのかは分かっていない。
小学校・中学校と信介の周りや友達にも彼氏や彼女の関係になっていた人達はいたが、それを見て信介自身羨ましいとは一切思わなかった。
そして時が経って今は高校2年生。
そう言った関係になりそうな人物を見つける事が出来ず、彼女いない歴史=年齢になった。
高校生と言えば、1番恋愛をしそうな時期なのだが、現在も信介にその影はない。
「そう言えば、祐樹は彼女と上手くやってるの?」
「まあ順調だな。昨日の放課後も一緒に夕飯食ったし」
「仲がよろしい事で」
祐樹には隣のクラスに彼女がいる。
「昼休みに会わないのか?」と1度尋ねた事があるのだが、「向こうにも向こうの付き合いがあるからな。それに別に昼会えなくても放課後とかに会える」と大人の回答が返って来た。
何だ、向こうの付き合いって。
完全な夫婦の話ではないか。
「若村可哀想だな。フラれた挙句その相手が同じクラスって」
「そういうのってやっぱり気まずくなったりするもんなの?」
「告白した側はそうでもないけど、意外と告白を断った側が気まずいんだよな〜。自分はその人の気持ちに応えてない訳だし」
「でもそこら辺は何か大丈夫そうじゃない?新城は」
「確かに」
新城と言うのは、話題にもなっている隣のクラスの女子生徒の名前だ。
祐樹曰く、「学年1モテる女子。入学してから告白されてきた数はそろそろ20回に行き、その中には上級生や下級生もいる」とか色々と言われているらしい。
「信は、新城とは仲良いのか?」
「挨拶ぐらい。まともに話した事はないかな」
「まあ、俺たちにとって新城は高嶺の花みたいなもんだしな」
「近づくのでさえ恐れ多い的な?」
ただでさえ隣のクラスって事で接点が無く、1年の頃も同じクラスではない。
なので信介的に言えば噂だけどこうして聴いていた為、新城は信介にとって高嶺の花なのだ。
「ああ〜、信に彼女が出来るのはいつかね〜?」
「まず出来る前提で話すなよ」
「俺は信に彼女が出来ても不思議じゃないんだけどな」
彼女?そんなの出来る訳ないでしょ
信介は自分に彼女が出来ないと思っており、生涯独身を貫く覚悟も出来ている。
しかしそんな信介に彼女が出来ないのを祐樹は謎に思う。
「別に顔が悪いって訳でもないし、女子との会話だって受け答えはハッキリしている。それに意外と優しいだろ、意外に」
「そこ強調する?」
「だから普通にモテそうなんだけど」
「友達のままで良いって思われてるんじゃない?」
実際、中学の女友達からもそのような評価を受けて色々と悩み相談なんかを聞いていた。
友達ならまだ良いが、男女の関係にまで発展させるのは違うと言う感じだろうか。
信介もその女友達をそう言うやましい感情で見ていたわけではないので別にそんな言葉を聞いてもショックを受けたりはしないが、もしこれが意中の相手から言われた言葉だとしたらその時自分はどんな感情になるのかと、少し気になったのをよく覚えている。
「まあ俺に彼女なんて出来やしないさ」
その日の夜
ベットに入ると、充電器に繋いだ携帯の画面が光った。
信介は「今日もか........」と思いながら携帯をひらく。
相変わらず無料メールアプリを使って届いたある人物からのメールだった。
その人物とは、【新城】と記載されている女子だ。
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