第十六話 仲を深める
「...................ん」
太陽が昇り外が少し明るくなってきた頃、リビングに置かれているソファの上で寝てしまった信介は目を覚ました。
左肩には、眠ってしまった時から感じていた重みを感じ、やはりそちらにはまだ眠っている新城の姿がある。
「....すぅ..........すぅ」
相変わらず穏やかな寝息をかきながら眠っている。
新城は基本的に学校では寝ない。
優等生としての自覚なのか、それとも単に眠くないのか分からないが新城が校内で眠ってしまったと言う話は信介のもとには届いてきていない。
新城葵と言う、学内を代表するアイドル的存在が授業中などに眠ってしまっては恐らく、新城のクラスの男子達を中心に話は校内へ広まるだろう。
だとしたら、信介は今、学内で誰も見た事のない新城葵の寝顔を伺える唯一の男子生徒となる。
これが信介以外の男子であれば、迷う事なく己の欲望のままに新城葵に襲いかかっているであろう。
それほど今の彼女は無防備なのだ。
それが信介には少し心配になってしまう。
(改めて考えてみればゲームとかアニメ、ドラマだとドキドキする様なシュチュエーションだけど、こうも簡単に男子の目の前で寝られると、友人として不安だな)
無論、新城は相手が信介以外の男子であればここまで無防備に寝顔を晒すなどの行為に及ばないのだが、女心が全くと言って良いほど理解出来ていない信介には、新城の自分への想いに気付くこともない。
信介にとっては学校のアイドルは、ただの友達。
まるで言い聞かせる様に信介は新城の事をその様におもっている。
スマホをいじったり、テレビを少量の音で観たりと適当に時間を潰す。
1時間程経った頃、そろそろ皆んなも起き出すであろう時間だと思った信介は新城を起こす事にした。
「新城、新城」
信介は自分の肩に寄り掛かって寝る新城に優しく声をかける。
新城は「.....ん.......んん」と心地の良い眠りを邪魔されたのか中々起きようとしない。
信介は少し身体を揺らすと流石に寝心地が悪くなったのか新城はゆっくり目を開ける。
その目はまだ寝ぼけている。
「.......起きた?」
「.....あれ?信くん?」
寝ぼけていても昨夜の決め事ははっきり覚えているようだ。
うつろうつろに頭を信介の肩から離した新城はまだ覚醒し切っていない目で辺りを見渡し出した。
そして昨晩の事を思い出したのか、寝ぼけていた目はパッチリと開き信介の方へ顔を向ける。
「え!私寝ちゃってた!?」
「うん。それはまあ熟睡だったよ」
「は〜〜〜やっちゃった〜〜!!!ごめんね!」
手を合わせ「ごめん!」のポーズを取る新城。
「いや、大丈夫大丈夫」
「....でも、ずっと信くんに寄り掛かってたでしょ?」
「でも全然重くなかったし、そこまで気に病む必要はないよ。だけど、これを祐樹と中条に知られたら茶化されそうだから今日ここで寝た事は秘密にしよう」
新城は「うんうん!」と納得してくれた。
信介と新城の2人は取り敢えず、皆んなより早く起きたと言う設定にする為、1度2階の部屋に戻り着替え再度リビングに集まった。
近藤と木村、中条と宮野の4人は寝ていたので何とか決めた設定は守られそうだった。
しかし、今の時間は平日の学校の為に起きる時間よりも早い。
世の学生を持つ親なら弁当の準備を始める時間ぐらいだ。
それに今日は日曜日。
平日や土曜日ならこの時間帯から朝のニュース番組をやっているのだが、日曜日の朝からは子供向け番組のアニメや特撮ヒーロー物などのラインナップだ。
信介と新城はそれを観るには少々年代が上がっているので、子供向け番組に全然興味が湧かない。
「暇だな」
「暇だね」
2人のスマホは充電器を2階から持って来て目の前で並んで充電中だ。
頼みの綱のテレビも今の時間は子供向け番組しか放送していない。
「折角だから、私達で皆んなの朝ごはんでも作らない?」
「え..............良いけど.......」
新城は急にその様な事を口にした。
驚いた信介だが、最後には新城の提案に賛成した。
しかし信介は基本料理などしないし、何か食べるとなれば少し歩いた先にあるコンビニを利用するし、それがめんどうな時はその時は飲み物だけで過ごそうとする食に一切興味の無い男だ。
そんな男に朝飯など作れるのか不安で、信介はハッキリと言えなかった。
それを察してくれた新城は
「私も手伝うから頑張ろ!時間もあるから!」
「.........宜しくお願いします」
信介を鼓舞し、信介に頼まれると「任されました!」と言わんばかりに胸を張る。
その時新城の発育の賜物が2つ揺れたが、信介はあまり気にしないで無心に達した。
2人はキッチンに移動して昨夜女性陣が買って来た残りの材料を確認する。
昼まで勉強するつもりならば皆んなの朝ごはん分の事を考えると材料が少し足りなかった。
「朝飯に出来そうな材料ある?」
「う〜ん、朝からお肉は流石にキツそうかな」
「ここから10分も掛からない場所にコンビニがあるけど、そこで食パンでも買ってこようか?」
信介は、朝ごはんになりそうな事がなさそうだと思うと新城に行きつけのコンビニで何か買ってこようかと提案する。
まだ寝ている皆んなは起きてくる気配はない。
コンビニの行きと帰りの時間を考えても十分に時間はある。
「だったら一緒に行こ」
「じゃあ行くか」
信介と新城の2人は財布を持って家を出た。
出る時は皆んなを起こさない様にそっと出て来た。
外はまだ少し薄暗く、雲の隙間から時々覗く太陽の光が目に悪い。
肩を並べて歩く2人は、雑談でもしながらコンビニに辿り着いた。
「いらっしゃいませ〜.............ってキミか」
コンビニ店員である顔馴染みのおじさんは、客が来たと2人に声を掛けるが、2人の内の1人が信介と分かると気を抜いた声になった。
「キミかって.....俺一応客なんですけど」
「そんなにこの店が気に入ってるならバイトしてくれても良いんだよ?」
「特に欲しい物がある訳じゃないんで。バイトは今の所いいです」
「無欲だね。ん?そちらの女の子は?少し前に一緒に居た女の子とは違うみたいだけど?」
おじさんは信介の隣にいる新城を見て聴いてきた。
視界の端で新城の肩が少し反応したが、信介はおじさんとの会話を続ける。
「.......もしかして二股かい?」
「違いますよ。どっちも同級生でただの友達です」
「こんな朝早くからただの女の子と一緒にコンビニかい?」
「何か誤解してるかも知れませんけど、どっちも俺の友達です。変に勘違いしないで下さい」
おじさんはニヤニヤとした表情で話すが、信介はこれ以上続くと面倒だと判断し、中条と隣にいる新城の関係を適当に説明し横を通り過ぎる。
コンビニのパンコーナーで人数分の食パンが入った商品を手に取る。
「ねえ、信くん」
「ん?」
しゃがんだ状態で食パンを持っていると隣で立っている新城が浮かない表情で信介に言葉を掛ける。
今の状態だと信介はしゃがんでいるので目線を少し上げると新城の顔は良く見える。
「さっき言ってた、前一緒に居た女の子と違うって.....」
どうやら何やら勘違いしていると信介は悟る。
しかしそれが何故新城が残念がっているのかは分からない。
「ああ。前、中条と此処であったんだよ。写真送られなかった?俺の部屋着の」
「........あった」
「やっぱり送られてたのか。念の為聞いとくけど保存とかはしてないよね?」
「..........してないよ」
「おい、今の間は何だよ?してるだろ絶対」
信介は食パンをレジに運ぶ。
会計をしてくれたのは相変わらずのおじさんだ。
2人が店を出る際は「お幸せに〜」と信介からしたらイラッとする言葉を掛け、信介は「この人幾つだよ」と年甲斐もなく若者2人で楽しむおじさんに若干呆れる。
2人は来た時と同様に肩を並べて信介の家まで戻る。
「もう皆んな起きたかな?」
「宮野とかは起きてそうだけど」
「皆んなでご飯を食べ終わったら勉強だね」
「はあ、現実に戻すなよな」
「ふふっ」
新城のその表情は信介から見て最高の物であった。
信介と新城の溝が急激に縮まり、どちらも遠慮の知らない物言いに、それは側から見て付き合っていると言っても疑いの無いものになっていた。
それは間近で見た残りの4人は『え、これで付き合ってないの?』と肝心の2人に気づかれない様に心の中で呟いた。