第九話 視線の意味
ーーー槙本信介ーーー
体育祭が近付く校内はどこか活気があり、生徒も先生も皆んな頑張って体育祭に向けての準備を整えていた。
しかし体育祭の準備をしていない時間は常日頃の学校生活と何ら変わらず平常運転。
俺も特に体育祭関係が無ければ何も変わる事のない生活を送っている。
変わった点と言えば、あのファストフード店以降新城が学校で会えば俺と話をしてくれるようになった事ぐらいだ。
前までのよそよそしい感じは無く、高嶺の花という印象からただの普通の女の子の顔になっていた。
まあ、そのたびに俺は新城に好意を寄せている男子生徒から物凄い目で見られていたりするのだが、今の所何かやられたりするような事もないので放置している。
「さてと、そんじゃ俺リレーの練習行ってくるわ」
「行ってら〜」
「頑張れよ〜」
昼飯を食い終えた所で、祐樹は体操服の入った袋を持って教室を出て行った。
祐樹の選んだ選択種目リレーは、俺と木村の選んだ綱引きとは違い練習する事があり、バトンの受け渡しだったり走るフォームなどを確認するらしい。
俺と木村は祐樹にそれぞれ言葉を掛けた。
「じゃあ俺も」
「ん?信どっか行くの?」
「トイレ」
「行ってら〜」
俺は席を立ち木村に一言言ってトイレへ行った。
トイレで用を済まし廊下を歩いていると丁度練習が始まったのか、リレーに出る生徒が複数グラウンドにいるのが見えた。
俺はとても目が悪い。
普段から何故付けていないと言われるほど目が悪いが、それでも何となくのシルエットなどで分かる。
流石に授業中などは付けているが、休憩時間などは外している。
俺は先程まで一緒にいた祐樹を探すが、案外簡単に見つける事が出来た。
祐樹の頑張っているのを見た俺は教室へ戻ろうと歩く。
すると今度は前方から新城と男子生徒が並んで歩いて来るのが見えた。
2人で何やら話しながら廊下を歩いているが、俺に気付いた新城は俺の元へ駆け寄って来た。
犬かよ。
「槙本くん!」
「元気そうだね」
「うん!今はね、体育祭実行の会議があってその帰りなの!」
まるで子供が自分の親に今日あった事を嬉しそうに話すかのように新城は俺に話す。
あのファストフード店以降、俺への接し方が180度変わった新城は俺と話すとどうも嬉しそうに話してくれる。
前のように拒絶に見えた接し方が治って良かったのだが、これはこれで他の男子生徒からの恨みを買いそうで俺は正直気が気でない。
しかし俺が新城に素で接してくれと頼んだ手前それを咎めるのはおかしい。
だがそれでも他の男子がいる所では少し控えて欲しい。
現に今、先程まで新城と並んでいた男子生徒が俺の事を凄い目つきで睨んできてるんだ。
確か田中だったか?
眼鏡を付けてピシッとした佇まいはザ優等生を思わせた。
「ちょっと私の話聞いてる?」
「ん、ああ聞いてるよ」
.............本当に変わったな新城、変わり過ぎな気もするが。
「新城さん」
俺と新城の会話に優等生くんが入って来た。
「さっきあった実行委員の話をクラスの皆んなに分かりやすく説明したいから急いでクラスに戻ろう」
「え、でもそういう説明って帰りのホームルームで言うんじゃないの?」
「会議の内容を僕がメモしたからそれをチェックして欲しいんだ」
「.....うん、分かった。じゃあね槙本くん!」
「ああ。頑張れよ」
そこで新城とは別れたのだが、優等生は俺の横を通り過ぎる際俺の事を少し睨んだ様に見えた。
俺は変な事をしただろうか。
後で祐樹に聞いてみるか。
祐樹なら何かしら知っているだろうと思い俺は自分の教室に戻った。
「ああ。それ多分田中だろ」
放課後、教室で適当に時間を潰していた俺は昼休憩に会った優等生の事を祐樹に聞いた。
「こう言ったらあれだけど俺あんまりあいつの事好きじゃねえんだよ」
「何で?」
俺は意外だと思った。
祐樹は同意はするものの人の事をあまり悪く言わない。
そんな祐樹がはっきりと好きじゃないと言ったのだ。
「俺、田中と1年の頃同じクラスだったんだよ。それで仲良くなろうとしたんだけどこれがまあムカつく野郎で。『君なんかと話していても僕には一切得がない』とか言いやがったんだよ」
「初対面で凄いな.............」
「それでも最初の方だし段々仲良くなれるだろうと思ってそこは食い下がったよ!それでもあいつ、事あるごとに空気ぶち壊すっていうかさあ、正論なんだけど言い方が悪いんだよ。それに物言いが自分勝手で全部自分の方が正しいに決まってます感が強かったんだよ」
「あー、確かに祐樹が苦手そうだ....」
確かに性格が真面目でキツそうな見た目だった。
だが、何故俺はその田中に睨まれたのだろうか。
1年の頃はクラスも違うし今の2年に上がってもクラスは違い、これまで話した事もない。
交流の無い相手にも関わらず嫌いになる事があるのだろうか。
「でも、信はその田中に睨まれたんだしょ?何か信が分からないだけで田中にとって嫌な事を無意識にしちゃったんじゃないの?」
話を聞いていないようで聞いていた木村が俺と祐樹の方を見てそのように言ってきた。
「何もしてねえよ」
「本当に?」
「知らないって」
「案外凄えしょうもない事だったりしてな」
笑っている祐樹だが、俺としてはあまりあんなにも分かりやすく睨まれたくないんだよ。
俺は家に帰っても原因を考えた。
コンビニ弁当を食っている時も、シャワーを浴びている時も考えた。
人は、自分は意外と考える事が長時間出来るんだなあと思った。
でも答えは見つからない。
「でね、遥楽しそうに近藤くんの話してくれるんだよ」
「へ〜仲良くやってるんだ」
俺は今完全に寝る前の日課となっている新城との通話をしている。
新城は楽しそうに学校であったことや中条と宮野など友達の話をして、画面越しでも嬉しそうに話す顔が容易に思い浮かぶ。
「そう言えば今日知ったけど新城って実行委員なんだな」
「うん!大変なんだけど楽しいよ」
「どうせ、決めるってなった時に誰もならなかったからだろ?」
「うっ、」
「図星かよ」
俺の予想していた通りだった。
俺はそこで新城に田中について聞いてみた。
「なあ、今日新城と一緒に歩いてた田中も実行委員なのか?」
「そうだよ」
「新城から見て、田中ってどんな奴なんだ?俺話した事ないからどんな奴なのか知らないんだよ」
「うーん、もうちょっと周りの意見を取り入れて欲しい......かな。田中くん、言ってる事は正しいんだけど言い方がね。それに時々変なんだよね」
「変?」
そこで俺は新城の声が先程までの弾んだ声ではなく、深刻そうな声に変わった事に気付いた。
新城はそこから俺に田中の事を話してくれた。
「うん。実行委員になってからなんだけどね、何故か最近ずっと私の側にいるんだ。それでどうしたの?って聞いても『同じ実行委員だから色々と新城さんと話しておきたいんだ』って」
「特に変でもないんじゃないか?実行委員の間でギクシャクしてたら色々と大変そうだろ」
「でも、全然実行委員としての話はしてないんだよ?『最近どう?』とか『家では何してるの?』とか私のプライベートの質問ばかりしてるの。今の所適当に返してるけど...................ちょっと怖いよね」
聞く限り完全に田中は怪しい奴に俺の中ではなっている。
それに新城もそのような行動を取る田中に若干の恐怖心が出ている。
「中条と宮野には言ってるのか?」
「.............言おうか迷ってるの。私の勘違いだったら2人に迷惑でしょ?」
新城は田中について多少の恐怖心が芽生えているにも関わらず、その優し過ぎる性格から親友ポジションにいる中条と宮野にその事を相談出来ていないようだった。
「一応言っとけよ。田中に何かされないと思っても保険はかけとけ。新城が言わないなら俺から中条に言うぞ」
「..............分かりました。明日私から言います」
「宜しい」
少し前までの俺と新城の関係からでは考えられない程砕けた口調で話す。
俺はそこで部屋の時計を見る。
時間はそろそろ日付が超えそうになる時間帯だった。
「新城そろそろ俺寝るわ」
「え、もうそんな時間なの?」
新城の中ではどうやらそこまで通話を開始してから時間が経っていないと思っているようだが、通話を開始したのが21時ぐらいだったので約3時間未満ほど通話していた事になる。
俺と新城は基本的に夜にメッセのやり取りと通話をしているのだが、俺もそうだが新城も中々眠かったらしく俺達はスマホでの連絡は日付が越える前にやめようと決めたのだ。
「早いね時間が経つの」
「楽しいからな。時間経過があっという間なんだよ。それじゃあ、俺は寝るよ」
「うん、おやすみなさい。また明日」
「また明日。おやすみ〜」
俺と新城の通話はそこで終わった。
祐樹や新城の話で田中と言う奴は兎に角変な奴だと分かった。
だが、その田中が何故俺にあんな目で睨んできたのかの理由は分からなかった。
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