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 柳沢と牧野に通され、美紀は応接用のソファーにちょこんと座りながらストレートティーを飲みながらチラチラと応接室の周りを見回していた。こう言う場所は不慣れなのか、まるで初めて田舎から上京して来たおのぼりさんの様だった。向かい合わせのソファーには柳沢と秘書の阿部が座っていた。

 マネージャーの篠原洋子の証言と、被害を纏めたファイルに目を通しながら険しい表情を見せていた。

 「成程、これは悪質だな。」

 「ええ、単なる誹謗中傷や嫌がらせでしたら売れっ子のタレントなら日常茶飯事なのですが、ここまで来ると...。」

 「人的に起こされたボヤ騒ぎにペットの惨殺、いたずらの範疇を超えている。」

 「これは完全に侮辱罪、名誉棄損罪、器物破損罪が十分適応されます。情報開示請求もできるかと思いますよ。」

 「情報開示請求?」

 「ええ、悪質な書き込みが多発する場合は書き込みを投稿した相手の個人情報を特定する事ができるんです。」

 冷静な口調で淡々と対処法について伝える阿部をしり目に、美紀はうつむいたままで言葉を一言も発しなかった。度重なるアクシデントに、完全に参っているんだろうな。横目で見ただけだったが、察知する事が出来た。ここは一つ、本人から証言を得たいと考えた柳沢は美紀に話しかけた。

 「朝比奈さん、ちょっと良いですか?」

 「はっ、はい。」

 「こう言った嫌がらせを受ける、心当たりはありますか?」

 「えっ...。」

 「お辛いでしょうが、お聞かせいただけませんでしょうか?」

 すると、再び曇った表情を浮かべる美紀。訴訟前の調査の為とは言え、少しデリカシーが無かったか。時々自分でも嫌になる事が多い。目的の為には一切の配慮もせず手段を選ばない冷血漢な所があった。嘗て友人から、「お前は商売人には向かない。」と言われた事があった。父から事務所を受け継いだときなんかは、この事務所の存続が危ういとまで心配された程だった。

 すると美紀は顔をあげて、淡々と証言を始めた。

 「だ、大丈夫です。お聞きいただけますか?」

 「はい。」

 「私、悪気はなかったんです...。率直な感想を何の考えも無く発言したと思います...、それが視聴者の皆さんには不愉快だったかと思います...。あの発言はマスメディアにも睨まれ、週刊誌にも掻き立てられ、それがアンチな視聴者の感情をさらに逆撫でしと思われます...、詳しくは週刊誌やバライティーでも取り上げられてます...。」

 「不適切...、発言?」

 「御存じないのですか?」

 「すみません、芸能事には疎くて。」

 柳沢はバツの悪そうな顔をしながら、首の後ろをかいて見せた。

専用のブレンドコーヒーを持って来た阿部が柳沢に声を掛けた。

 「先生、それってさっき弘明君が言っていた奴じゃ?」

 「弘明、知ってるのか?」

 と、牧野を横目で見ながら聞いた。すると、牧野は緊張と興奮で体をブルブルとバイブレーションの様に震わせながらスマートフォンを開いて見せた。

 「こ、こ、これですよ。」

 と、まるで吃音にでもなったかの様に話しかけて来た牧野をしり目に柳沢はスマートフォンを受け取って記事を見た。

 すると、篠原が付け加えて柳沢に言った。

 「若気の至りと言うんですか、確かに美紀にも非があったかと思います。それは、美紀も認めています。しかし、この行為は明らかに犯罪です。このまま放置しては、ゆくゆくは美紀にも実害がでるかと。」

 しばらく黙々とスマートフォンをスライドさせ、記事を隅から隅まで閲覧する柳沢は動きを止めて美紀に目を合わせた。

 「朝比奈さん、これは全て事実ですか?」

 そう無遠慮に質問する柳沢。三つの失言内容、それにその他を指すETCの文字。もし常日頃、息を吐く様に失言を繰り返しているとしたら、気の毒だが守る価値の無い人物と認識せざるを得ない。

 縦しんば一つが事実だったとしも、他が憶測ないし面白半分の虚偽記載だったとしたら、これは紛れも無く侮辱罪、名誉毀損罪に該当する。だからこそ、多少無遠慮だったとしても質問する必要があるのだ。

 「えっ・・・・・。」

 「お辛いかもしれませんが、これは貴女を御守りする為に必要な情報なんです。」

 「・・・解りました、確かに証明さんへの疑問は口にした事はあります。しかし後は言った覚えがないんですが、今となっては私自身言ってないとはっきりは断定できません・・・。無意識に、相手をバカにしているかもしれませんし・・・・。私は、皆さんが思う様なそう言う奴なのかも・・・。」

 と、今にも事切れそうなか細い声で言う美紀。度重なる批判と誹謗中傷で、自然に自分が世間が思う様な悪女だと、暗示と言うか洗脳に近い物で信じ込んでしまっている様だった。鏡の前で毎日「お前は誰だ」と言うと精神崩壊すると言う事例がある様に、「馬鹿だ。」「くずだ」と定期的に言われれば、精神的に「自分はバカだ」「自分は生きてちゃいけない」等と、本来被害者である自分が悪しき存在であると思い込まされてしまうものなのだろう。

 美紀のくりっくりに開かれた丸い瞳から、ポロポロと涙が床に垂れた。泣き出したようだ。

 検察時代、生きる価値の無い重犯罪者を幾つも見て来た柳沢。美紀を一見すると、日常的に相手を中傷する人物とは思えない。だが相手は女優、演技で自分を正統化し様としているとも考えられる。卑屈とも取れるかもしれないが、法曹家たるもの用心深さを忘れてはいけないと常日頃言い聞かせていた。オフィスに来た依頼人を、まずは疑いの目で見るのはもはや癖となっていた。

 しかし、この依頼人があながち嘘とは言えない部分があった。それは、犬の惨殺とFIREMANなる謎のコメントと犯行声明だ。例え美紀が失言をしたと言えども、これは明らかに悪質な行為である事には違い無い。

 そう頭の中で考える柳沢へ、篠原が声を掛けて来た。

 「先生、お願いします。こんな異常なファンにはしかるべき処置が必要です。」

 深々と頭を下げる篠原からは、真剣さが滲み出ていた。

 「解りました、お引き受けしましょう。」

 「ほ、本当ですか?」

 「ええ、出来る限りお力になります。」

 「あ、ありがとうございます!!」

 「SNS上、簡単にいえば匿名での悪質な誹謗中傷があった場合は情報開示請求を施行する事が出来ると定められています。日常的な誹謗中傷に明らかな犯行声明、飼い犬の殺害、不法侵入。十分かと思われます。」

 と、見て来たかのような如何にもなマニュアル通りの台詞を投げかけた柳沢。

 ふとタバコが吸いたくなったが、昨今は煙草が値上がりしたり分煙が当たり前になり、喫煙者が「いじめ」と騒ぐ肩身の狭い昨今。クレームを言われては敵わない。ここはコーヒーを啜り、その香りで我慢しておく事にした。

 「やった!良かった!!流っ石先生です!!」

 「五月蠅い、騒ぐな。」

 そう黙らせようとする柳沢をしり目に、牧野が前のめりになって涙で潤んだ目を向ける美紀に言った。

 「安心してください美紀さん、我々が責任をもってお助けいたします!」

 と、目をキラキラさせながら美紀に詰め寄る牧野のミーハーぶりに眉を潜めていると、ガチャリと言う戸を開ける音が聞こえた。

 すると奥から、こちらへ言葉を掛ける声が聞こえた。

 「おーい先生、いるかい?榊原だ。調査報告書、持って来たぞー。」

 「おお龍さんか、ちょうどいい時に来たな。」

 と、柳沢は笑みを浮かべた。

 声の主は、榊原(さかきばら)龍太郎(りゅうたろう)と言うあからさまに苦み走った渋い男。同じ一条ビルディングの同じ階で「新宿総合リサーチ」と言う御大層な名前の探偵事務所を経営する私立探偵で、東日本弁護士会、通称「東弁会」の調査顧問でもある。

 柳沢が鬼検事としてブイブイ鳴らしていた頃、榊原も本庁勤務のエリート刑事として常に捜査の最前線で辣腕を振るい、幾多の犯罪者から恨まれ、同時に幾多の犯罪者を恐怖に陥れて来たのだ。

訳あって警察を退職し、弁護士の手助けをする様になった経緯は、噂の主である榊原本人以外は誰も知らない。自分に関してあまり多くは語らない榊原の人間性から、探偵である彼に関する概要は殆ど無い。

探偵小説のベタな設定として今でも見られる事が多い「元刑事の私立探偵」であること以外詮索はしない。と言うより、知っているが多くは語らない。

 そんな柳沢と榊原は、学生時代から昵懇の間柄である。初めて会った頃から柳沢は、この榊原と馬が合いとても気に入っていた。どちらかと言うと何物にも流されない厳格な硬骨漢である「剛」の柳沢と、誰にでもフレンドリーで何かと抜け目が無く容量が良い「柔」の榊原は、大学を卒業してお互いに検察と警察と言う別の道に進んでからも付き合いがあり、お互いが現職を退いてからは業務提携をしている。言わば、無二の盟友と言う訳だ。

 柳沢が応接室を出て、榊原を出迎えた。身の丈は長身の柳沢と同じくらい、長身瘦躯で無駄な贅肉の見られない屈強な体格。こじゃれた灰色のカウボーイハットからちらりと見える髪型はやや長め、バタ臭いとも思える日本人離れした精悍な顔立ちで目つきは鋭く、どこか得も言われぬ色気のあるまさにダンディーな第一印象を抱かせるモデルと言うかインテリ然とした見た目だった。

 「龍さん、良い所に来たな。」

 「そうか?頼まれてた馬鹿旦那の素行調査、先生の読み通りに錦糸町のラブホで女とヨロシクやってたぜ。これで、あの家族はジエンド。」

 「そうかい、やっぱりな。」

 「また法廷でプロレスかねえ・・・」

 「ああ、ありゃ大変だったな。まあ、上がれよ。龍さんの好きなウイスキーあるぞ?」

 「お、御馳走になろう。」

 そう言われた榊原は、促されるままに応接室に入った。そして榊原は、きょとんとしている美紀と篠原の方をちらりと見て言った。

 「あらら、お安くないねえ弁護士先生。こんな美人揃い。羨ましい。」

 「安っぽいチンピラみたいな言い方すんなよ、まあ良い。今回の依頼だが前の手腕が必要なんだ。」

 「毎度ありがとうございます。」

 と、スーパーのレジ打ちの社員の様に榊原はおどけて言って見せた。

 「で?今回は?」

 「気違い染みた、評論家先生を探してお灸を据えて欲しいんだってよ。」

 「評論家先生?」

 そう言いながら、柳沢が何時も座る応接室の定位置にどっかりと座りながら、牧野のスマートフォンを眺めた榊原。

 この初対面の榊原を見て、戸惑いながら美紀は柳沢に聞いた。

 「あの・・・・、この人は?」

 「ああ、ご心配なく。彼は私の古い友人で、業務提携を結んでいる探偵社の社長です。軽薄そうですが、元は警視庁に籍を置いていただけに秦の通った男で手腕は私が保証します。」

と、どっかのハードボイルド系の探偵小説にでも出てきそうな奇抜な恰好をした榊原を「怪しい男」ないし「メディア関係」だとでも思った美紀に説明した。

するとその説明を聞いていたようで、柳沢は榊原を横目でを見た。

 「先生、聞こえてますよ?」

 「ハッハッハ、そいつは悪かったね。」

 そう柳沢はおどけて見せたが、榊原は真剣な面持ちだった。

 「ところで、このアンチはちょっと異常だぜ?」

 「やっぱりそう思うか?」

 「他の批判コメントに踊らされた同調圧力なら取るに足んが、ここまではっきりとした犯行声明があるといたずらと他人事には出来んな。」

 「だろ?」

 「にしても、このいいねの傀儡ってのは何だ?」

 と疑問を口にした榊原の言葉に反応して、美紀は再びこの世の終わりかの様にどんよりとした表情で俯いた。

 「私の買っていた犬です・・・・。」

 「飼い犬?」

 すると場の空気を察して、柳沢が榊原にひそひそと耳打ちをした。すると表情がだんだんと険しくなった。

 「それ、本当かよ?」

 と、険しい表情で柳沢に聞いた。

 すると滝沢も、この世の終わりかの様に絶望しきった顔で榊原に言った。

 「嘘や冗談でこんな事言わねえよ。」

 「ふう・・・、なんてこった。」

 ゆっくりと背もたれにもたれかかりながら、柳沢は天井を眺めた。

 ストーカーが芸能人の自宅に不法侵入をし、嫌がらせをすると言う事例は少なからず存在するが、犬が惨殺されるとはストーカーの常軌を逸脱している。

 横目で柳沢を見ながら、榊原に聞いた。

 「たんなる嫌がらせ行為にしては常軌を逸してる、どうしてここまで?」

 「お前も知らないと見えるな。」

 「と言うと?」

 「弘明、榊原探偵にあの記事を見せてあげなさい。」

 そう言われた牧野だったが、うっとりと美紀の方を見つめていた。TVで見るのと、実物を見るのは違うと見えて、すっかり虜になったようだ。

 「弘明!」

 「はっ!はい!!」

 「さっき俺に見せた記事を、龍さんに見せろ。」

 と、強い口調で指示され面を食らってスマートフォンをポケットから取り出した。ゲームセンターで手に入れたと言うキーホルダーはポケットに引っ掛かり、スマートフォンを落としそうになったが、キーホルダーのチェーンを握り何とか落下は防いだ。

 「おいおい弘明君、落ち着きなよ。」

 と、腕を組みながら牧野に言った。

泡食った様子の牧野に代わり、手慣れた動作で阿部はスマートフォンを操作し、美紀に関するスレッドや過去の失言に関する記事を榊原に見せた。

見せられた記事を見ながら、表情を曇らせながら榊原は言った。

 「降板ねえ・・・・。そう言えば事あるな。過激な嫌がらせが原因で急遽キャスト交代したとか。」

 「おう、その降板させられたキャストがこの人だ。」

 「へえ、これは事実ですか?」

 「まあ、殆どが嘘だろうな。」

 「でしょ?そう思うでしょ?嘘でしょ?」

 と、勢い良く牧野が榊原に詰め寄って言った。

 「お、おう。こりゃ、同調圧力って奴だな。」

 「同調圧力?」

 と、牧野は一瞬きょとんとした。

 「そんな事も知らないのか?大人数の意見を、少数の人間が大人数の考えと同じ行動をする様に強制するって事。つまり、百人がこいつはダメって言えば少人数の人間が途中までこいつは良いって思っていても、周りの空気でダメだって同じように思うって事さ。」

 「じゃあ、アンチが増えたばっかりに美紀ちゃ・・・朝比奈さんが批判されたって言うんですか?」

 「えっ・・・、まあそうだが。」

 猪の様な牧野の勢いに圧倒された柳沢は、牧野の勢いに圧倒されながら正論を述べようと考え、牧野を宥めて見せた。

 「ヒロ君、落ち着けよ。」

 すると柳沢が、腕を組みつつ険しい表情で言った。

 「確かにお前、朝比奈美紀さんがオフィスに訪れてからアップアップしてないか?」

 「えっ・・・。そっ・・・、そんな事。」

 あからさまにブルブルと震えながら、牧野は返答した。

 そう言いながらも、おどおどする美紀に表情をチラチラと見ながら牧野は言った。

 「大丈夫か弘明君?」

 「どうした弘明、やっぱり美紀さんが来てからお前変だぞ?」

 そう二人に言われた牧野は、更に周りにバレない程度に小刻に身震いしながら柳沢達にどこか強く、取り繕うように言い放った。

 「な・・・!何でもありません!!!」

 と、甲高いヒステリックな声を挙げなら阿部は言った。

 顔を茹でられた蛸か海老の如く真っ赤になりながら、牧野は部外者の柳沢らにあえて目を合わせない様にそっぽを向いた。

 それを察しつつ、榊原は更に柳沢へ向けて言った。

 「まあまあ二人共も、一旦落ち着きなさいって。」

 「一緒にするな、俺は正常だ。」

 「ぼっ、ぼっ、ぼぼっ・・・!」

 「何だ?」

 「僕だって大丈夫ですっ!!!」

 そう言いながらも、何気ない雑談ないし質問を聞く中で「唐突に図星を付かれ、脳裏に浮かんだ言葉でない。」と言う心理的な図星を突かれて慌てた様子で牧野は言った。

 「もう良い、落ち着け弘明。後の事は俺たちで請負()るから。」

 根負けしたかのように柳沢は、内ポケットに入ったレザー製のシガレットケースから取り出したピースを銜えた。

 すると篠原が、鼻口を押えながら柳沢に言った。

 「あの・・・、煙草は一寸・・・・。」

 「おお、これは申し訳ございません。普段からバッカスカ吸うもので無意識に。」

 と、柳沢は付けたばかりのマルボロ煙草を灰皿に揉み潰した。

 「おいおい、今や分煙はデリカシーだよ?」

 と、冷やかしながら言う榊原に対して言った。

 「うるせえな、悪かったよ。」

 と、反省の色を見せる柳沢に美紀は言った。

 「いいえ、どうも私は煙と言うか火が苦手で。」

 「それはそれは、申し訳ない事を。」

 と、まるで神父の教会で懺悔するかの様に詫びを言った。

 それに割り込むかの様に、柳沢は榊原に言った。

 「それで?俺はその誹謗中傷の張本人の捜索と、朝比奈さんの身辺関係を探れば良いのか?」

 「流石名探偵、話が早い。」

 「煽てても何も出んぞ?」

 「ハハハ。まあ、龍さんの言ったとおりに調査を頼むよ。絶対に気違い染みたファンか同調圧力に染まった部外者がいるはずだ。」

 「そうですね、絶対に踊らされた輩ないし張本人が裏にいるはず。」

 「うん、後はメディア関係者の話を聞かなくちゃな。」

 「ググれば早いぞ?」

 「そこに触れるな、俺が検索ツールとかメディアとか苦手だって知ってんだろ。」

 鼻で笑いながら、ふてくされた様子で柳沢は言った。

 「失敬失敬、ご期待に副えるから怒んなよ。」

 「頼むぜ?」

 「その代わり、高いぜ?」

 「ケッ、がめつい野郎だ。」

 相変わらずの対応に、にやけながら榊原は柳沢に言った。

 「その代わり、報酬以上の働きをするから怒んなって。」

 「怒ってねえ、とにかく頼んだぜ?」

 「了解。」

 そう盟友同士が話す会話の最中も、プロの私立探偵である榊原は依頼人の方を横目で見ていた。随時俯いてこちらを見なかった。

 SNS上で口穢く誹謗中傷された挙句に、家族同然に一緒に暮らした愛犬を惨たらしく惨殺されたのだ。そんな中で平常心を保てと言う方が無理と言うもの、だからこそあえて振れはしなかった。

 すると向こうの方から、こちらに話しかけて来た。

 「あの・・・、先生。」

 「はい?」

 「元はと言えば私が悪いんですよね・・・、人を馬鹿にするような事言ったから。私なんて・・・・、死んだほうが良いのかも。」

 こいつはかなり精神的に参ってる、部外者の振りかざす理不尽な正義感と言うか自分独自の価値観を押し付けると言う悪しき行為が、ここまで人を追い込むもの。

柳沢自身も、部外者による自分独自の悪しき正義感によって、大切な物を奪われると言う形で身をもって痛感していた。

 だからこそ、この美紀の落ち込む気持ちは痛いほど解かる。

 その心中を察して、美紀に声を掛けた。

 「いや、悪いのは朝比奈さんではなく歪んだ価値観を振りかざす部外者の方です。引き受けた以上、その間違った考えを持つ輩に鉄槌を下して見せます。」

 「お・・・・、お願いします。」

 自信満々に言う柳沢を目の当たりにし、ようやく安心感を抱けた様で朝比奈は深々と頭を下げて正式に柳沢へ依頼をした。

 「まずは身辺を洗う必要があるな。」

 「そうだな。朝比奈さん、何か心当たりのある人はいます?」

 そう無遠慮に聞かれた美紀だったが、嫌な顔一つせずに柳沢の質問に答えた。

 「もう前も後ろも恨んでいる人ばかりで、心当たりと言われても。」

 「ですが、ただ単に嫌っていると言う批判的な視聴者とは常軌を逸しています。今回の様な狂行に走る様な人間は周りにいないのかと、気になりましたもので。」

 「申し訳ない、お辛いかもしれませんが犯人を断定するのに必要な情報なのです。」

 と、無遠慮な柳沢をフォローするかの様に榊原も言った。

 そう言われ黙りこくった美紀にかわり、朝比奈が返答した。

 「心当たりと言えば、高城と同じくらいにデビューした加藤(かとう)()()か・・・・。それとも・・・・。」

 「それとも?」

 「恵梨香さんか・・・。」

 恵梨香と言う単語に反応して、美紀は強い口調で言った。

 「ちょっと待ってよ!幾ら何でも、お姉ちゃんがこんな事・・・。」

 「お姉さん?」 

 そう言う柳沢に、阿部がスマートフォンを見せた。記事はウイキペディアだった。

 「ほお、お姉さんのコンサートを見学に行ってスカウトされたんですね。」

 「は、はい。恐れながら。」

 と、恐縮して美紀は言った。

 「美紀の姉である恵梨香は既に一流タレントとして認知されていましたが、美紀がデビューしてから、ファンの称賛の声の殆どは美紀に向けられ、姉の恵梨香へは「愚姉賢妹」等と称される等、アンチによる批判コメントが多数を占めるようになりまして。」

 「ほう、この記事を見る限り事実の様ですな。」

 と、阿部に渡されたスマートフォンの記事を見ながら言った。

 しかし、美紀はさっきまでの曇った表情とは打って変わって真剣な目つきで言った。

 「お姉ちゃんは素敵です!可愛いです!私なんかよりもタレントに向いています。私がお姉ちゃんのやりたい事を荒らす様で嫌だったので、最初は本名で活躍していなかったんですが、事務所のプロデューサーに“姉を抜いたんだから、今後は本名で活躍するように!”って勝手に決められて、メディアにも公表されて、それから姉へのアンチコメントが多くなってしまったんです。やっぱり、私がお姉ちゃんのやりたい事を妨害したのかもしれません・・・。」

 と、再び黙りこくってしまった美紀。好き嫌いは人それぞれ、飲食物だろうと物語だろうと、好みはそれぞれだ。現に柳沢も榊原も、牧野らも好き嫌いは人並みにある。

 しかし近年では、嫌いな物を抹殺せんとしようとしているのか口汚く批判する風潮にある。今回の美紀のアニメ映画の降板も、今回の悪しき文化の犠牲だと考えた。

 それらの情報を聞き、柳沢は言った。

 「では、今頂いた情報を基にこちらも調査いたします。」

 「お願い致します。」

 「しかし、これだけは承知しておいてください。」

 と、目の前のコーヒーを飲み干して柳沢は言った。

 「はい、何でしょうか?」

 「今依頼を引き受けた以上、我々は貴女方の味方になります。」

 「はい、ありがとうございます。」

 そうお礼を言う篠原をしり目に、柳沢は自分の意見を言った。

 「もし依頼内容に不備ないし偽りがあった場合、我々は容赦なく貴方々を見捨て、同時に貴方々の人生の中で最強の天敵になります。」

 「は、はい・・・・。よろしくお願いいたします・・・。」

 と、柳沢の発言に表情を曇らせながら美紀と篠原は応対に答えた。 

 「解りました、ご依頼お引き受けいたします。」

 そう柳沢が答え依頼について調査が開始された・・・・。

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