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仮面の向こうにいる君  作者: 黒瀬
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彼と私の体温


『準備は出来た?』


天井の角にあるスピーカーから、声が響いた。


私がその声にこくりと頷けば、プツリと音が切れ、再び部屋に静寂が戻る。


ふぅ、と息をつき、背もたれに体重を預ければ、ギシリとソファが音を立てた。



音のないこの部屋でなにか音を立てればそれは大きく響く。


防音の部屋であるここは外からの音が入ってくることは無い。


不気味なほどに静かなのだ。



そんな中、先程のようにいきなり声が聞こえるものだから毎度肩をびくつかせてしまうのは仕方の無いことで。


けれどスピーカー越しから話す彼はクスリと笑うのだ。


この部屋に居ないのに、私の様子がわかるのは部屋の監視カメラから見ているから。


何もかもお見通し。


変なことをしでかそうなんてすればきっと罰が下されて、外に放り出されるのだろう。


分かっているからそんな馬鹿なことはしない。


いくら好奇心が湧いたとしても。


恐怖を抱いても。


何もせずに、ただ彼を待つ。


そうすれば彼はやって来てくれるのだから。


ガチャ、とドアの音を響かせ、此方によって来る気配がする。


私の前に立っているであろう彼は、クツクツと喉を震わせて笑った。


「今日も偉いねお姫様」


そう言いながら、私の頭を撫でた。


ぴくりと肩を動かすのを見て、彼は笑いながら私の髪に手を滑らせる。



「よくやるよね。毎度毎度」


「…それが貴方の願いだから」


私の姿を嘲笑うように言葉を零す彼に胸を痛めながらも、言葉を返す。



「願い、ね。まぁそうだけど。それでもこんなことするの、キミしか居ないよ」



真っ暗な状態で待てる人なんて。と彼は続けて言った。



そう、私は今何も見えない状態にいる。


だって、目を布で隠しているから。




彼は真っ黒で厚い鉢巻のような布を私に渡し、会う前に自分で目を隠すよう指示をする。


それに従って私は目を隠している。



その為目を閉じても開いても真っ暗な世界。


一切の光が目に入ってくることは許されない。



万が一目隠しが落ちて見えてしまったら、きっと私はもうここには居ないだろう。


それ程彼は厳しく、恐ろしい人。


だから私はきつくきつく頭の後ろでそれを結んで、落ちないようにするのだ。


消されないように。


明日も彼に会えるように。



「そうかも、しれませんね」


私は静かに声を落した。



幾らこれがおかしな行為でも。


私しかやらないほど、馬鹿げたことでも。


彼に会えるなら、なんだっていいんだから。



そう。と私の言葉に素っ気なく返した彼はソファに腰をかける私の手を取った。


これは移動の合図。


意図を読み取った私は、彼の手を握り返して立ち上がる。


そうすれば彼が反対側の腕で私の腰を抱き、隣の部屋へエスコートしてくれる。


そこに着けば私のベッドに腰掛けさせ、自分も隣へ座るのだ。


これが、私達の習慣。



何をするか。


ベッドでする行為は1つ…だなんて言わないで欲しい。


私たちはそんな関係じゃない。


言葉では現せない不思議な関係。


曖昧で、脆く、あやふやな関係


けれどだからこそ保てる。


そこに捕らわれなくて済むのだから。


きっとこの関係に名前がついて、無くなってしまったら、私は壊れる。


私は彼に依存しているから。


こうやって、彼が居なきゃ明日なんてこなくていい。


明日彼が居ないなら、今日この時間で終わらせて欲しい。


彼で始まって、彼で終わる。


そんな日々でいいだなんて、我ながら狂った考えを持っていると思う。


だけどこれが私の普通。


他人の普通なんて知ったことではない。


けれど、彼の場合は違う。


自分の思うままに動く玩具とでも思っているのかも。


だって、わたしは彼の願いならなんでも聞き入れる自信があるから。


きっと彼もそれに気付いてる。


真実は分からないけれどそんな関係なのだ。



私がぼーっと考えているのが分かったのか、腰に手を回して、ぐっと私を自分に近付けた。


「ねぇ、寝てるの?」


「…いえ、少し考えごとを」


「俺が隣にいるのに、他のこと考えられるんだね。何するか、分かんないのに」


他のこと、なんて。


他でもない貴方のことを考えていたのに。


そんなことを知りもしない彼はそう言う。


けれど私はそれを否定しない。


したところで信じて貰えるか否かなんてわかっている。



「ねぇ、今日もお話しましょ」


だから私はいつもの流れになるように、話を切る。


彼はそんな私に乗って、話を始めるんだ。


「そうだね。話そっか__」


そう言って、彼は私から腕を離した。



話すことは他愛ないもの。


最近話題になっていることだったり、自分の趣味についてだったり。


基本、私は相槌を打ったり、少しの返事をするだけ。



…そう、私は彼のお話し相手。


聞き役の、人。


それだけのために私はこの部屋に足を運ぶ。


毎晩。毎晩。飽きもせず。


だから、彼は毎日言うのだ。


よく懲りないねって。



彼は少し話した後、私の脇に手を通し、自分の足の間に座らせて後ろから私を抱きしめた。


布越しに伝わる体温。


トクトクと、一定の速度で鳴る彼の鼓動。


…安心する。


私も彼の胸に少しもたれる。


そうすれば、彼は腕に力を入れ、より一層強く抱き締めた。


「相変わらず、温かいですね」


「珍しく話すのに、それ?子供体温だって馬鹿にしてるの?」


「いいえ。羨ましいなって。私は、冷たいから」


「高い僕には丁度いい」


「それなら、良かったです」


暫くお互い話さずに、そのままで居た。


言葉は無くても、良かったから。


彼と私の体温。


半分に分け合えば、丁度いいらしい。



──明日も、抱き締めてくれたらいいな

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