閑話 マリーの運命の人 前編
「くっしゅん」
冬の冷たい風で、体を冷やした少女がくしゃみをした。
体をぶるりと震わせ、冷たくなった手を息をはいて温めようとするこの少女の名前はマリー。
王都ナザレの貧民街で暮らしている赤髪の少女。今年で11歳になる。
そんなマリーは、マッチ箱の入ったカゴを持って、同じ物を持った少女と一緒に歩いていた。
「ねぇマリー、今日はとっても寒いね」
「うん、ほんとにそうね」
隣で話している少女はマリーの親友、名前はリリィ。
この厳しい世界の中で、お互いを助け合う大切な友達だった。
「マリー、運命の人っていると思う?」
「運命の人?」
「そう、運命の人。見た瞬間、胸がドキドキして顔が熱くなって、ずーっとその人のことしか考えられなくなるんだって。そして、運命の人とは必ず添い遂げて永遠に幸せになるんだって」
「ふーん」
「どう、そんな運命の人っていると思う?」
マリーは人差し指を口元に当てて、少し考えてみた。
見た瞬間好きになるというのは、多分一目惚れをして恋をした‥‥‥といったものだと思うのだけど、私の知る限りだと、最初は恋をして幸せな気持ちになるのだけど、のちに結婚して愛し合い、子供が出来ると、しだいに相手が邪魔になり、鬱陶しくなったりするとか。
そして不倫して喧嘩して、いつしか憎むようになるとか。
ようするに、私の知ってる恋とか愛というのはすぐ冷めるので、永遠の幸せにはならない。
「いないと思う。少なくとも、私の周りでそんな運命の人を見つけた人いないし」
「たしかに周りではそうかもね‥‥‥でもね、私はいると思うの」
「えっ、本当にそう思うの?」
「うん、絶対いる。私だけの王子様が‥‥‥私を幸せにしてくれる運命の人が必ずいる。いつか私を迎えに来てくれるの」
「‥‥‥はぁ」
マリーは大きく溜息を吐いた。
そんな夢のような出来事起きるはずがないと思ったからだ。
そもそもだ、私達のようなボロ布をまとったみすぼらしい少女の前に、どうやって王子様のような人物が現れるというのだろうか。
「ねぇリリィ、夢みたいな話は止めよう。そんな人いないって。もっと現実を見ようよ」
「えー、ひどいよマリー。絶対いるはずだってー」
この厳しい世の中で夢を見ている暇なんてなかった。
特にマリーのような貧民街の孤児院で暮らす子供達は、毎日がとても忙しかった。
孤児院が定めたノルマ分のお金を稼ぐため、馬車馬の如く仕事をしなければいけなかったのだ。
もし、ノルマ分稼ぐことが出来なければ‥‥‥御飯や寝床は与えられず、寒い夜を外で過ごさなければいけなかった。
ちなみにマリーはマッチの箱を最低10個は売らないといけない。
それだけ売って、なんとか今日の御飯と寝床が手に入るのだ。
「さぁ、お仕事しよう。今日を生きるためにね!」
「はぁ、迎えに来てほしいな王子様」
「もう、リリィったら‥‥‥」
マリーは呆れた顔をしながらリリィと別れた。
それか数日後。
マリーはいつものようにマッチ箱を売り歩いていた。
なるべく裕福な人を見つけては、上目づかいで「マッチ買ってくれませんか?」と弱弱しい声でお願いし、マッチ箱を売っていった。
そして、そのやりとりを10回ほど行い、今日のノルマ達成した。
ほっと一安心したマリーは、公園の長椅子に座り休憩をとった。
その時、「マリー!!」と大きな声で叫ぶリリィが走ってきた。
「あれ、リリィどうしたの?」
「マリー!! 聞いて聞いて。私ね、私ね!!」
リリィは嬉しさのあまり、何度も手を振って、そして大きな声で衝撃的な事を言った。
「運命の人見つけたの!!」
「えっ!」
マリーはその衝撃的な話に思わず呆然とした。
そんな呆然としてるマリーに関係なく、リリィは運命の人との出会いを話し出した。
今日、音無し通りでマッチ箱を売っていたリリィは、裕福そうな人を探していた。
音無し通りを歩き、何度も周囲を見渡していると。顔立ちの良い若い貴族の青年を見つけて、早速マッチ箱を売ろうと近寄った。
するとリリィを見たその青年は「なんて小さくてかわいい子だ。どうだい、僕と一緒に暮さないか。君を幸せにしてあげるよ」と言ってマッチ箱を全部買ってくれたとの事だ。
「それでリリィ、どうなったの?」
「えへへ。そのねー、あのねー。カッコよかったし、お金持っているし、本当に私を幸せにしてくれそうな人だったの。あれは絶対私の運命の人だから‥‥‥御願いしますって言っちゃった」
「ほぇ‥‥‥」
驚きのあまりうまく声が出せなかった。
どうやらリリィは本当に運命の人を見つけたようだった。
「マリー‥‥‥私ね、明日ここを出て行くの」
「えっ、明日。そんな速く!?」
「うん。私の運命の人がね、はやく一緒になりたいって。だから、明日孤児院に迎えにきてくれるって言ったの」
「‥‥‥そっか。うん、良かったねリリィ。ちゃんと幸せになってね!!」
マリーとしては、親友であるリリィがいなくなるのがとても寂しかった。
いつも支え合っていた親友がいなくなり、これから1人で生きていくと考えると気持ちが落ち込んだ。
だけど、リリィが幸せになるなら我慢しないといけないと思った。
「ねぇ、マリー。私達って親友よね」
「うん。もちろん!」
「だよねっ!!」とリリィは微笑んで、マリーの手をとった。
「私ね、運命の人と結婚して落ち着いたら、マリーを迎えに行くから!! こんなひどい汚い場所から、奇麗で華やかな場所へ行こう。そして一緒に贅沢に暮そう!」
「リリィ‥‥‥」
「大丈夫。私の願い、運命の人なら叶えてくれるよ。んふふっ、あーどうしよう、なんだか楽しみ!!」
リリィはマリーの手を掴んだままクルクルと踊った。
まるで、貴族が集まる舞踏会でダンスをしているかのように。
「ちょっと、リリィ。こけちゃうって」
「それそれそれー。あははっ」
そして、マリーとリリィは日が暮れるまで楽しく踊っていた。
そして次の日。
リリィの言った通り、孤児院に若い貴族の青年が現れた。
見た目からして、確かにカッコよくて優しそうな人に見えた。
「ねぇ、マリー。待ててね。ちゃんと迎えに行くから!」
「う、うん。待ってる」
お別れは簡単な感じで終わった。
なぜなら、そう遠くないうちに会えると信じていたからだ。
こうして、リリィは運命の人と手を繋いで孤児院から出ていったのだった。
「‥‥‥いいなあぁ」
マリーはリリィが去って行く姿を見ながら、ただ呆然としながら声に出していた。
なんだか、リリィが運命の人と手を繋いで歩いている姿を見て、なんだか羨ましくなったのだ。
「おや、行ったのかい?」
孤児院の建物から孤児院長の院長であるパメラが出てきた。
「あ‥‥‥、はいパメラ院長様」
「ふぇふぇふぇ、なんだいマリー。行ってしまった友人が羨ましいかい?」
マリーはドキッとした。
そうだ、たしかに羨ましかったのかもしれない。
リリィがあんなに嬉しそうで、幸せそうな顔は初めてだった。
‥‥‥私も運命の人が現れたら、あんな感じに幸せな気持ちになれるのかな。
「ふぇふぇ、私も運命の人が会えたらって顔をしてるね」
「えっ!」
自分の考えていることを言い当てられて、なんだか恥ずかしくなり、思わず頬を染めた。
その時、ふと疑問が湧き出た。なぜパメラ院長は運命の人の話を知ってるのだろうか。
「パメラ院長様。どうして運命の人のことを知ってるんですか?」
「それはね。私が教えたからだよ」
「えっ! パメラ院長様が」
「ふぇふぇふぇ。それで、マリーも運命の人を見つけたいとは思わないかい?」
「それは‥‥‥はい」
パメラ院長の言葉に、マリー頷いた。
もし私にも運命の人がいるのなら見つけてみたい、そう思ったのだ。
「そうかい。ならば手伝ってあげようかね」
「本当ですか!」
「もちろんじゃとも。私は子供達が幸せになってくれるなら何でもしますとも」
「‥‥‥パメラ院長様」
パメラ院長の言葉にマリーは深く感動した。
正直な話、マリーはパメラ院長があまり好きではなかった。
彼女はお金に執着する人で、お金のためなら何でもやる人だった。
実際、孤児院で慈善活動を建前にしつつ、裏では孤児院の子供達を働かせてお金を稼がせ、そしてほとんど持っていっている。
もし、ノルマが達成しなければ御飯は与えられず、孤児院の外へと追い出される。
パメラ院長はとてもひどい人、冷酷な人。
そうマリーは思っていた。
でも、今その思いは変わった。
マリーはパメラ院長のことを見直したのだ。
「ふぇふぇふぇ。それじゃ、今日も稼いできなさい。皆はすでに仕事に行きましたよ」
「はい! 行ってきます」
マリーは、マッチの箱が入ったカゴを取りに孤児院の中へと入っていった。
「‥‥‥ふぇふぇふぇ、マリーは賢い子だとは思っていたけど、やっぱり子供だねぇー」
マリーの後ろ姿を見ていたパメラ院長は小さく呟いた。
そして、口元を歪めながら孤児院の院長室へと戻っていった。
それからというもの、マリーは仕事をしに孤児院から出ると、パメラ院長が必ず現れるようになった。
そしてマリーの向かう場所の指示をするようになった。
その場所は、貧民街にある音無し通りと貴族街が近くにあるの夢見通りと言う場所だった。
マリーは其の場所で不思議と貴族の青年とよく出会うようになった。
「やぁ、君かわいいね。どうだい、僕と一緒に暮さないか?」
「君のマッチを買おう。全部だ。ついでに君も貰おう」
「かわいい子よ、迎えに来たよ。さぁ一緒に行こう、私が君を幸せにしてあげよう」
「はぁはぁ、僕と契約して、魔法少女にならないかい」
なぜか貴族と出会うと、こんな風に言われて誘われることが多かった。
どの貴族も優しそうで、カッコよくて、そしてお金持ちだ。
ついていけば、もしかしたら裕福な生活が出来るかもしれなかった。
だけど、心が高鳴ったり、その人しか見れないほど好きになったりすることはなかった。
マリーは、誘ってくるこの貴族達は運命の人ではないと思った。
だから全ての誘いを首を振って断った。
そういったことを何回も何回も繰り返していると、パタリと貴族と出会わなくなった。
マリーは正直ホッとした気持ちになった。
後のほうになってくると、しつこく誘ってくる貴族が現れてきたのだ。
こうなると、もう走って逃げるしかなかった。
「マリー。運命の人とはまだ出会わないのかい?」
今日も今日とてお仕事に行こうと、孤児院から外へ出た瞬間、外にいたパメラ院長こちらに近づいて話しかけてきた。
「パメラ院長様。はい、あ、えっと出会わないです」
「うーむ‥‥‥もしかしてだけど、気がついているのかね?」
「はい?」
パメラ院長は疑惑の目でマリーじっと見た。
そして、ふぅと息をはいてマリーの横を通り過ぎた。
「まぁいい‥‥‥まったく、賢い子は嫌いだよ」
ぶつぶつと小さく呟いて、孤児院の自分の部屋に帰っていった。
「?」
マリーは、パメラ院長の言った言葉の意味が分からずに首を傾げた。
その日以来、パメラ院長はマリーに対して何らかの指示をしてこなくなった。
それどころか、最近では会うことすらしなくなった。
そんなパメラ院長に不思議に思いつつも、マリーはいつもと変わらず、マッチを売るお仕事に励みながら運命の人を探した。
こうして時が過ぎていった。
春の季節がやってきた。
冬の寒さが和らぎ、心地よい温かな風が王都ナザレに吹いていた。
そんな春の心地よい風に当たりながら、マリーは考えごとをしていた。
それはマリーの親友、リリィからまったく連絡がない事だ。
迎えに来る‥‥‥そう言っていたリリィだけど、あれからなんの反応がない。
いったいどうしたんだろう‥‥‥。
「ふぅ、リリィはどうしているのかな‥‥‥」
「ねぇねぇ、マリー知ってる?」
「えっ?」
突然後ろからマリーの1歳年下の少女が話しかけてきた。
この少女の名前はエリィー。最近仲の良い友人だ。
「びっくりした。エリィー、なんだって?」
「マリーは運命の人って知ってる」
「えっ!?」
マリーは思わぬ言葉に驚いた。
「えっと、知ってるけど。もしかしてパメラ院長様に聞いたの?」
「そうだよ!」
「もしかして、パメラ院長様は皆に話してるの?」
「うーうん。私だけだと思う。パメラ院長様が私の所に来て話してくれたの」
「‥‥‥そう」
「それでね。パメラ院長様は私の運命の人を探すのに協力してくれるって。私ね、パメラ院長様のことあまり好きじゃなかったけど、なんというか見直しちゃったかも」
マリーは言い知れぬ違和感を感じた。
なんだろうか、何かがおかしい気がしたのだ。
「それじゃ、マリー。私行くね」
「あ、エリィーちょっと待って。どこへ行くの?」
マリーは、なんとなくエリィーの行き先が気になった。
「今日は夢見通りだよ。マリー行ってくるね」
「あ、うん。いってらしゃい‥‥‥」
マリーは走って去って行くエリィーの後ろ姿を不安そうに見送った。
それから3日後。
エリーは運命の人を見つけて、孤児院から去っていった。
それからまた月日が経った。
マリーはマッチ箱を売りながらまた考えごとをしていた。
それは運命の人についてだ。
「‥‥‥運命の人って何だろう」
今まで起きた出来事や聞いた話、色んな情報が頭の中で浮かび上がってくる。
リリィとエリィをこの貧民街から救い出してくれた運命の人。幸せにしてくれる人。優しい笑顔。夢見通り。音無し通り。誘ってくる貴族。パメラ院長様の指示。
ふっと、今にして思えばだけど、親友も友人も10~11歳の子供に対して、相手の貴族様はりっぱな大人だった。
大きな大人の人が小さな子供と手を繋いで幸せになる? 永遠に結ばれる?
「あれっ‥‥‥おかしいかも」
それだけじゃない。
パメラ院長の指示に従って動くとなぜか必ず貴族が現れる。
必ずだ。
「‥‥‥もしかして」
マリーは今、何かに気づきはじめた。
そんな時、マリーの前に突然人が飛び出してきて、強くぶつかった。
「きゃ!」
「おわっ!」
マリーは倒れて大きく尻餅をついた。
「ごめん、だいじょうぶか?」
「は、はい。あ‥‥‥」
カゴに入れていたマッチ箱が地面に落ちて、マッチが周りに散乱していた。
「ああ、ごめん。今拾うわ」
マリーは誰とぶつかったのだろうと、その人の姿を見た。
その人はピエロの服を着たボサボサの茶髪の少年‥‥‥というより青年だった。
ドキッっとした。
マリーは心臓の辺りから大きな鼓動がしたのだ。
自分の中でありえないほどの大きな音が鳴り続けて、気がつけば顔が一気に赤く染まっていった。
いきなりの事で、自分がどうなってしまったのかわからなかった。
「ん、木片の先端が赤い。これは‥‥‥マッチか」
ピエロの服を着た青年がマリーに話しかけてきた。
「は、はい。そうです」
マリーは変な声を出てしまった。
とても恥ずかしさのあまり、頭がくらくらしてきた。
その後マリーは彼と何をしゃべったのか自分でも覚えていなかった。
頭が真っ白になり、口だけが動いていた。
そして話が終わり、ピエロの服を着た青年が去って行こうとした。
マリーは焦った。
まだ彼の名前を知らなかった。
名前が気になった、すっごく知りたかった。
「あ、あの! その、お名前聞いてもいいですか」
マリーは自分でも信じられないほどの大きな声を出していた。
そんな声を聞いた彼は振り向き、バク転をして親指を突き上げた。
「俺はピエロのロジック、宜しくなんだぜ!」
マリーはロジックの身軽な動きに驚いた。
そして名前を知ることが出来たのでとても嬉しかった。
次にマリーは自分の名前を憶えてほしくて、ロジックに向かって自分の名前を言った。
「私はマリー。マリーです! よろしくです」
「マリーか、いい名前だ。それじゃマリーちゃん。またな!」
そうして彼、ロジックは去っていった。
マリーはロジックが去って行く姿を見ながら、幸福な一時に吐息を吐いた。
そしてはっと気づいた。彼が私にとってどんな人なのかという事を。
「ああ、そっか。私の運命の人なんだ」
マリーはようやく、運命の人を見つけることが出来たのだった。