さよなら、あらくれ劇場
「おい! まったく、ここにいたのか。探したぞ」
固まっていた俺の前に親父が現れた。
「あ、親父。燃えてる、俺達の家が燃えてるぞ!!」
「ああ。こりゃもうダメだ。たとえ火を消せてもここじゃ暮らせないな」
それは、そうだろう。燃えカスの家には住めないし、舞台に立つことも出来ないだろう。
「‥‥‥いや、違うぞ息子よ。お前は多分、このあらくれ劇場には暮らせないと思っているようだが、そうじゃなくて、この王都ナザレで暮らせないと言ってるのだ」
「えっ?」
どういうことだ‥‥‥なんで王都で暮らせなくなるのだ?
「話は後だ。少し離れた場所で仲間達が集まってる。皆無事だったぞ」
「あ、そうなのか。良かった」
そうだ、うっかりしていた。
あまりの出来事で頭の中が真っ白になっていたせいで、団員達の事を忘れていた。
でも、そっか。無事なら良かった。
「ついて来い」
「お、おう」
親父と共に、燃えているあらくれ劇場から離れて、仲間達のいる場所へと歩き出した。
「2人共、こっちよ」
「おっと、場所を変えたのか」
歩いていると、ティティが声を出して自分のいる場所を知らせた。
俺達はティティのいる方に向かって歩いた。
そこにはトム座長と団員達がいた。
トム座長は樽の上に座り、その周りを囲むように皆が座っていた。
「やぁ、ロジック君。燃えてしまったね。私達の家が。ついでに私達の夢が」
力のない声を出すトム座長は、俺を見つめて落ち込んだ感じで微笑んだ。
「‥‥‥トム座長」
何とも言えない雰囲気になった。
特に今日は、トム座長は熱い夢を語って興奮していた。
そして、その後すぐに夢は火柱をあげて燃えたのだから。
「‥‥‥あ、そうだフレディさん。動物達は?」
調教師のフレディは動物を使った演技をしている。
なので、あらくれ劇場にはフレディが育てた動物がいるはずなんだけど‥‥‥。
「多分、全滅だわい‥‥‥」
がっくりと肩を落としたフレディ。
フレディにとって自分の子供の様に可愛がっていたので、ショックは大きいだろう。
トム座長やフレディだけではない。
他の皆も、大切な物をあそこに置いてきてしまったのだ。
「これから、どうするよぉ?」
「どうするんだいよぉよぉ?」
ベルニーニとバルタが手を広げて声を出した。
そうだ、これからどうする。
どうも親父の話だと、この王都にはいられないとの事だが。
親父が両腕を組んでトム座長の方へ眼を向けた。
「こうなったら仕方ねぇ。トム座長、外へ出ましょう。また最初っから始めましょうや」
「‥‥‥しかしねぇ、ここまで来て」
「燃えちまったんだ、仕方ないでしょうよ。前を向きましょう。それより急いでここから逃げましょうや」
「‥‥‥そうだね。逃げないとね。はぁ‥‥‥」
トム座長は溜息をついて樽の上から降りた。
「なぁなぁ、何で王都にいられないんだ? なんで逃げるんだ?」
話に区切りが出来たので、俺は疑問に思っていたことを聞いてみた。
親父は燃えているあらくれ劇場を見ながら話した。
「あらくれ劇場の火が、後ろの建物にも燃え移っているの見た。そしてこれから、さらに燃え移るだろうよ」
「うん」
「あれほどの火になると、消すのには魔法使いの力が必要だ。だが、彼らが来るのはもっと後だろう。そうなると、火は広がるだろうな‥‥‥。この貧民街を燃やしつくすようにな」
「やばいな、それ」
「おう、かなりやばい。それでな、ここまで大事になるとお偉い人達が動くだろう。多分、騎士を派遣して見つけようとする。火をつけた犯人は誰だと」
「そうだよ、犯人。誰だよ俺達のあらくれ劇場に火をつけた奴は」
あらくれサーカス団はこの貧民街の人達からは、それなりに好かれている方だと思っていた。
団員達の個人的な人付き合いの方でも、火をつけられるぐらい恨まれるような事していないとは思うんだけど。
「知らねぇよ。探してぇけど今探す暇がない。まぁいい。よく聞け。火をつけた犯人だが、多分見つからねぇ。ここら辺は人通りも少ないから犯人を見ている奴はいないかもしれん」
「あー」
「んで、犯人が見つからないとどうなると思う?」
「えっと、どうなるんだ?」
「もし犯人が見つからないと、王都に住む民衆達は不安に思うわけだ。また犯人が現れて火を付けるのではないかと。それと同時にこう思われてしまうだろう。王都の警備隊に所属する騎士達は犯人を見つけれない無能者の集まりだと」
「たしかにそうなるかもな」
「王都の騎士達は貴族の集まりだ。プライドがめっきり高い。ごっきり高いぞ」
「貴族だしな。プライド高いだろうな」
「だろ。となると必ず犯人を捕まえるだろうよ。見つからなくてもな」
「というと‥‥‥」
「ようするに見つからなければ、犯人を作ればいいと考えるだろうよ」
「まじかよ」
「そういった事をするのを俺は何度何度も見ている。あいつらは無罪の者でも犯人にしたてあげるからなぁ。まぁ今回の場合だと火元である、あらくれ劇場に住む団員達を犯人とするだろうよ。身内での諍いで火を付けたとか適当な事を言ってな」
なんだか冷や汗をかいてきた。
もし親父の言ったとおりになるとしたら、俺達はかなりやばい状況に陥るだろう。
「ちなみにだ、火付けは重罪だ。死刑だ」
あ、逃げよう。すぐ逃げよう。急いで逃げよう。
「トム座長。急ごう。犯人は気になるが、まずは自分達の安全を気にしようぜ」
「よし。フレディ、落ち込むのは後にして、まずは王都から出ようじゃないか」
トム座長はフレディの肩を叩いて、皆を見回した。
「さて‥‥‥うむ、今は門は閉まってるな」
「ああ、そっちは無理だな。なら裏道を行くしかないだろう」
王都ナザレの周りには高い壁で囲まれている。
壁の外に行くには王都の前門か後門を通るしかない。
前門には平民や商人達が通り、後門には一部の貴族や王族だけが通ると言われている。
「裏道ってなんだ?」
「じつは、この王都ナザレには前門と後門以外にもう1つ、外に繋がる道がある」
親父は人差し指を真下にさした。
「地下だ。俺達はこれから地下の下水道に潜り、そこから外へ出る。‥‥‥で、どうでしょうトム座長」
「よし、そうしよう。道はわかるんだねバレルク」
「ええ、もちろんです。一度、ちょっとした依頼でそこから外へ出ましたからね」
「ほう。それでは道案内頼んだよ」
「おいっす。おら、お前ら全員俺について来いや!!」
親父が手を振り上げて歩いて行った。
皆もその後について行った。
俺は少し立ち止まって燃えているあらくれ劇場見ていた。
ここで出会った人や経験した事を思い出していた。
そして最後のお別れを言った。
「さよなら、俺達の家」
俺は先へ行く親父の後を追うように歩いていった。
その後、あらくれ劇場の周りでは多くの人達が悲鳴のような叫びをあげていた。
「あーまた火が隣に移ったぞ!!」
「だれか消してくれ!! そこ俺の家なんだよぉー」
「水の魔法使い、早く来てくれー!
「あー!! また、また火が移ったぞ」
こうして、貧民街の半分以上が真っ赤に燃えたという。