ちょっとした後悔
トム座長は広げた紙の上にボンと手で置いた。
「さて皆、これを見てくれるかな」
テーブルの上に広げた紙はサーカス団を宣伝する広告ポスターだった。
皆はテーブルに乗り出して、さっそくそのポスターを見る。
◆
さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらしゃい。
皆に驚きと笑いと夢を与える、素晴らしい世界へご招待。
曲芸師のベルニーニ&バルタ。調教師のフレディ。ダンサーのティティ&アレク。そしてピエロ親子のバレルク&ロジック。
サーカスの皆は、お尻をあげて君達を待っているぞ。
決して損はさせない。最高の快楽でもってお客様を昇天させることを約束しよう。
さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
あらくれサーカス団は君達が来るのを待ってるぞ!!
◆
「皆どうだろうか。なかなか自信作なのだが」
トム座長は白くて艶やかな髭をいじり、誇らしげに微笑んだ
「‥‥‥‥‥‥」
誰もがこのポスターを見て口を閉ざしていた。
だってそうだろ、何と言うか‥‥‥この文章、すごく如何わしくね?
ハァっと溜息をついて、俺は頬杖をついた。
もしこのポスターが張られたら、あらくれ劇場に違う目的でやってくる人が現れるかもしれない。
まさにお尻を求めて‥‥‥だ。
まぁこのポスターに関しては親父達がなんとか言うだろう。
周りを見ながら、深々と椅子に背もたれして、俺のこの事は思考放棄してまったく違う事について考えはじめた。それは親友である勇者でもあるロレンスの事だ。
たしか勇者パーティが王都ナザレから旅立ってもう1週間経っている。今頃ロレンスはどこにいるんだろうか。ここから西にあるアレンシア王国あたりだろうか。そういえば王都アレンシアには美人なお姉さんが多いって聞いたな。おいおいロレンス、もしかしてそんな女の子に囲まれてウハウハしてるんじゃないか? ああ、しまったなぁ。やっぱり俺も仲間に入れてもらえばよかったかも。
もやもやっと想像で思いふけっていると、ポスターを眺めていた親父がトム座長に目を向けて口を開いた。
「あー、トム座長」
「どうだい、バレルク。かなり良い出来だと思うんだが」
トム座長はニコニコしながら親父を見た。
「いや、まぁー悪くないですぜ。なかなかインパクトがありますわ。さすが我らがボス、トム座長ですわ」
親父は座っていた椅子から立ち上がった。
「しかしですね、この文章を読むと‥‥‥なんつーか、アダルチックっつーか、どうも俺達が尻の穴で商売をしているように見えるよーな。あ、もしかして路線変更ですかい? サーカスやめて、尻穴商売を始めるんですかい?」
親父はテーブルにお尻を向けて自分の尻をパンパンと叩いた。
「いいですぜ座長。俺の鍛え上げた下半身と、キュッとしまったお尻の穴で荒稼ぎしてやりますわ。おい! フレディ、お前もそうだろう」
「おうよ!」
親父の横に座っていた調教師フレディは口をブルルンっと震わせて立ち上がった。そしておもいっきり自分のお尻をパンと叩いて言った。
「座長よ。そういう事なら任せてくれ。おいの尻の穴は世界一。多くのお客様を天国へ連れて行ってやりますわい」
「ぷっ。おいおい、地獄に‥‥‥だろ?」
ダンサーのアレクが笑い堪えながら、ぼそりと呟いた。
「ああぁん! アレク、お前今なんつった」
「いやいや、なんでないよ。わははっ」
「いーや、聞こえたわい。お前は俺の尻の穴を使ったことがないからわからねんだ。よーし、いいだろう。明日にでも俺の部屋へ来い。お前に天国を見せてやるわい!!」
フレディはボフゥと自分の胸板を叩いた。
「ゴホッゴホ」
胸板を叩いたことによりフレディの体臭が部屋全体に広がり、その匂いが団員達の鼻に届いて咳きこんだ。
おかげで、ぼーとしていた俺も、咳き込んで現実に戻ってきた。
「ゴホッ‥‥‥あー2人とも座って。私達はサーカス団だ。そんな商売はしないよ。しかしそうか、そういう風に見えてしまうか‥‥‥ならばこれはどうだろう」
トム座長はテーブルの下からもう1枚ポスターを取り出した。
「実はね、さっきのポスターは自信作ではなかったのだよ。こっちのポスターが本命だよ」
そしてポスターをテーブルに広げた。
「‥‥‥」
団員達はテーブルに広げられたトム座長自信作のポスターを見ると、皆はまた口を閉ざして、場がシーンと静かになった。
トム座長は少し不安になったのか皆の顔を見回していた。
「そのどうだろうか? その自信作なのだが‥‥‥」
声が少し小さくなるトム座長。
だがこれに対して、皆は声を出さなかった。
仕方のない事だ。なぜならこのポスターは、これまた如何わしい感じのするポスターだからだ。
俺は、また親父達がトム座長を止めてくれるだろうと思い別の事を考え始めた。それは自分が暮らしているこの劇場であり住処でもある建物の事だ。
そういえば、あらくれサーカス団の拠点であるこの建物、結構ボロボロだよな。
たしか出来てから200年ぐらい経っているとかなんとか。
雨が降れば屋根からポロポロと雨漏りがして、風が吹けば建物全体でベキベキィと割れるような音がするこの建物。
あれ、この建物やばくね? 引っ越した方がよくね?
そういえば1週間前、勇者の旅立ちという大イベントの日に、結構なお金を稼ぐことが出来たと言ってたんだがら、そのお金で別の場所へと引っ越せたりしないのかな。
うーん、どうしよっか。座長に進言してみようかな‥‥‥。
俺があらくれ劇場の建物の心配をしていると、親父がポスターに指をさして口を開いた。
「あー、トム座長」
トム座長は返事がきたのでほっとした気持ちの顔になり、それから親父に向けて微笑んだ。
「どうだい、バレルク。これなら完璧じゃないかな」
「なかなかいいですぜ。たしかに、さっきのポスターより最高だ」
「そうだろうとも、これが本命だからね」
トム座長は満足しているように頷いた。
そして親父は立ち上がった。
「だが、ここに書いてある内容だと俺達はサーカス団として演技するというより、どうも服を1枚1枚脱いで見せるストリップショーになりますぜ? あ、もしかして皆素っ裸でサーカスやるんですかい?」
親父は勢いよく服を脱いで半裸になり、筋肉を見せつけるようにポーズをとった。
「いいですぜ座長。俺の肉体はまさに芸術。誰に見せても恥ずかしくない体ですぜ。股間に付いた大砲がご婦人にはちょいと刺激的かもしれませんが、なーに、俺の美で虜にしてがっぽり金を落としてもらいますぜ。なぁ、お前もそうだろフレディ」
「おうよ!」
フレディは立ち上がり、口をブルルンと震わせて不敵な顔をして両腕を組んだ。
「座長よ。そういう事なら任せてくれ。見てくれ、おいの腕を、おいの胸を、なんと逞しいことか。誰もが見惚れるこのおいが脱げば、女や男達は歓声をあげて劇場に来るにちがいないですわい」
「おいおい。奇声をあげて逃げちゃうぜぇ」
「おいおーい。逞しいってなんだ。腹を見ろ腹を、タプタプだぜぃ」
曲芸師のベルニーニとバルタは手でリズムをとりながら、フレディのお腹に指差して、小さな声で囁いた。
「おい! ベルニーニにバルタ、お前ら今なんつった」
ベルニーニとバルタは手を口元に持って慄いたフリをした。
「いや、ちゃんと聞こえてたぞ! お前ら二人ともおいの裸を見たことがねーからわからねぇんだ。よーし、いいだろう。明後日にでも部屋に来い! おいの体で虜にしてやるわい!!」
フレディはボフゥとまた自分の胸を叩いた。
「ゴホッゴホ、ゴホッ」
咳き込んだ皆はまた沈黙した。
俺もまた咳き込んで、現実に戻された。
「ゴホッ‥‥‥あいや、2人とも座って。もちろんそんな事しないよ。私達は見世物をやっているが、そこまでは見せませんよ。‥‥‥うーん、しかしこのポスターそう捉えてしまいますか。いい出来だと思ったんですがね」
残念そうに落ち込むトム座長。
しかしなんだ、こう言ってはなんだけどトム座長は文章を考えない方がいいと思う。
どうしてかトム座長が文章を書くと如何わい内容になってしまう。
あらくれサーカス団の魅力を伝えようとまじめに考えているんだろうけど、なぜか卑猥な文章になってしまう。
「ねぇ、トム座長。どうして新しいポスター作るの? すでに宣伝用ポスターならたくさん貼りだしてるじゃない」
ダンサーのティティが頭を傾げてトム座長にそう言うと、落ち込んでいたトム座長は身を正して、目を細めて言った。
「この国に来てそろそろ1年経ちます。あらくれサーカス団もそれなりに有名になったと思うんですよ。特に1週間前の勇者の旅立ちのパレードがあった日は、観客席が満員という偉業を成し遂げました。なので、この勢いに乗って一気にあらくれサーカス団の知名度をあげて王国すべてに名を知らしめたいものでして‥‥‥」
ぐっと拳を握りしめるトム座長の姿を見て、俺は話が長くなる予感がした。
トム座長にとっての夢は、マルトロン神国で開催される星のフェスティバルに選ばれることだ。これは主に星の神様に捧げる儀式のようなものなのだが、星の神様は面白い物好きと言われているので、この儀式にはサーカスという見世物で行っていた。
トム座長はその星のフェスティバルに選ばれるために、まずは知名度を上げようと必死なのだ。
「そして金を稼ぎに稼いで、貴族街に拠点を移して、さらに稼いで稼いで認められて。王国公認のサーカス団として、そして世界のサーカス団として羽ばたき、そしてそして‥‥‥」
熱くなったトム座長は止まらない。
仕方ないので、皆は落ち着くまで静かに待った。
「‥‥‥あっ、これはすいません。つい興奮してしまいました。まぁ、そのためはまずは知名度をもっと上げていこうと、ポスターを新しいを作ろうと思ったんだよ」
「ポスターを変えただけで、知名度が上がるの?」
俺は疑問に思い、手を挙げて聞いてみた。
「もちろんだとも。ポスターを新しいのに変えると、皆が気になって見てくれるようになるのだよ。うん、そうに違いないのだよ」
そうに違いない、そうなるはずだ‥‥‥とトム座長は自分自身を納得させるかのように頷いた。
「それに、以前のポスターのデザインは古い友人にお願いしていてね。今度は自分でデザインしたポスターを町中に貼りたいなとも思っていたのですよ。サーカスを知り尽くした私だからこそ素晴らしいポスターのデザインが出来る。そして、あらくれ劇場は千客万来。‥‥‥そう思ってたのですが、どうもダメそうですね。はっはっは」
トム座長は髭をいじりながら落ち込んだ。
そんな座長の姿を見た団員達は、どうしたものかと思い悩んでると親父が立ち上がった。
「トム座長。ポスターを新しくする事で知名度をあげる。それは素晴らしい考えだと俺は思いやすよ。さすがは我らのボスだ。我らの座長だ」
「うん? はっはっは、ありがとうバレルク。そう言ってくれると嬉しいね」
すこし気分が良くなって明るくなったトム座長。
その姿を見て、周りの団員達はほっとした。
やっぱり座長が落ち込んでいると居心地が悪かったのだ。
「それでさ、このポスターのデザインなんですが‥‥‥若者にやらせてみてはどうですかい」
「若者?」
「そう、俺達より若者の方がセンスがあるし、今時の流行ってやつがわかってる‥‥‥多分」
「ほうほう。たしかにそうかもしれん。それで若者というと誰だい?」
「もちろん、このあらくれサーカス団の中で一番若い奴は‥‥‥俺の息子だ」
「ほう、ロジック君ね」
「えっ! ちょっと待って」
突然俺に難題をふっかけてきたので、すごくぎょっと驚いた。
そもそも俺はポスターなんて作った事がないし、そもデザインなんて考えられる気がしない。
そんな俺の待ってという言葉などなかったかのように話は進んだ。
「というわけで、どうでしょうトム座長。やらせてみませんか?」
「たしかに、バレルクの言う通り若者にやらせてみるのが良い気がしてきました。経験を積ませるのにもいいですしね。うん‥‥‥よしよし、それではロジック君」
「あ、ちょっと待ってトム座長」
「君に任せるよ。素晴らしいポスター期待してるからね」
「我が息子よ、頼んだぜ。はっはっはっ」
「ちょ、ちょっと、ほら皆もなんか言ってくれ。俺には無理だって言ってくれ」
俺は助けを求めるように声を張り上げた。が、周りの皆はニコッと意地悪な笑顔をしたまま「頑張れ、ロジック」と言ってこの話題は終わってしまった。
後は、話が終わった事で皆は会議室から出て行き、俺だけがぽつんと1人だけ残された。
「はぁー。あいつと一緒に行けばよかったな」
ふと俺は勇者パーティの誘いを断った事をほんの少しだけ後悔した。