勇者パーティにはピエロはいらない
俺は昔の夢を見ていた。
それはまだ子供の頃の夢。
親友に別れを言ったあの頃の夢を‥‥‥。
「ごめんな。もしかしたら、もう会えないかもな」
野原に立つ少年の俺は、横に座っている親友に別れを言った。
親父の仕事の都合で別の町へ行くことになってしまったのだ。長らくこの場所にいたが、もう、ここには戻ってくる事はないかもしれない。
親友は「そうか‥‥‥」と落胆するように肩を落とした。
そして改めて、決意するような目で俺を見た。
「なぁ、ロジック。僕の仲間になってくれないか」
突然の言葉に驚いた。
いきなり何を言ってるんだか‥‥‥と普通ならそう思うんだろうけど、俺はその言葉の意味を知っていた。
「‥‥‥ごめん。お前の仲間にはなれないよ」
「‥‥‥うん、そっか。でもさ、僕は待ってるから」
「まいったなぁ」
断ったんだから、諦めてほしいな‥‥‥そう思いながら俺は頭をかきながら溜息を吐いた。
「おーい、ロジック。別れはすんだか。そろそろ行くぞー」
遠くから親父が声が聞こえた。
どうやら、もう出発の時間みたいだ。
「わかった親父。んっじゃな、またいつか会えるといいな」
「いや、必ず会えるさ。だからまたな、ロジック」
まったく、なんでお前はそんなに笑顔なんだか。
でも、まぁ辛気臭い別れよりかはいいか。
それから俺は、親父と親父の仕事仲間と共に次の町へと出発した。
遠ざかっていく村、そして小さくなっていく親友の姿。
最後にと思いながら手を振ると、親友は手を振って大声をだした。
「僕はずっと待ってるからな!!」
おいおい、だから無理だって、俺じゃ仲間になれないんだって。
だって俺は‥‥‥俺は‥‥‥。
ポンと肩を叩かれて、はっと目を開ける。
先程見えていた場所とは違い、薄暗い、少し散らかっている部屋のように見えた。
「おぉ、我が息子! ロジックよ! まさか寝てたんじゃねぇだろうな」
そう言われて、気がついた。
さっきまで見ていたのは幼き頃の夢で。そして俺は眠っていた!?
「いやいや待て待て。全然寝てないとも、親父よ」
俺の肩を叩いた人物は俺の親父だ。
カラフルな帽子に縞々柄の服を着た、白と赤の特殊メイク顔の、体格が大きいマッチョ男だ。
「ほぉ、涎が出てるがこれは何だ?」
「いや、これは汗だ」
やべっと思いながらも、適当な言い訳をして服の袖で涎を拭いた。
そんな俺の姿を見て、親父はふっと笑いながらも部屋の窓へと歩いて行った。
「ほらこっち来てみろ。すげぇー人だ、こんな所まで賑やかじゃねぇかよ」
俺は座っていた椅子から立ち上がり、窓際へと向かった。
外に見えるのは、スラム特有の汚さを含んだ建物と遠くの方にある白くて大きな立派な城。
後は人だ。道を埋め尽くすような人が沢山いた。
耳をすませてみると、パンパンと大きな音も聞こえる。
何か祝いをする時にあげる花火のような音だ。
「さっすが大イベントだよな」
「あぁ、勇者様様だわ」
親父は窓の外から見える沢山の人を見て、嬉しそうに微笑んだ。
今現在、俺達が暮らしているバーミリオン王国の王都ナザレで大きなイベントが行われている。
それは、魔王討伐へと立ち上がった勇者パーティ旅立ちの祝いだ。
「魔王を倒すために勇者は立ち上がる。これで魔王はおしまい。そして世界はまた平和になるってな」
魔王。魔王とはその名のとおり魔族や魔物の頂点であり王様。倒されても何度でも復活するので不滅の魔王とも言われている。
そんな魔王がこの世界に現れると、大人しかった魔物が村や魔物を襲うようになっていった。はたまた、さらには魔物達を集結させ、大軍勢となって国が滅ぼされてしまったなんて事もあった。
実際、もうすでにいくつかの国は滅ぼされていた。俺のいるこのファーレン大陸の半分はすでに魔王の手によって支配されてしまったのだ。
ゆえに勇者は立ち上がる、星の神から聖痕を授かった、魔王を倒すことが出来る唯一の人物が。
歴史はまさに、魔王が現れて勇者が倒すの繰り返しでクルクルと回っていく。まぁそんなわけで、今回もまた魔王が復活して侵略してくるので、勇者とその仲間達が魔王を倒しに旅に出る。今その旅立ちを、国をあげて盛大に祝ってる真っ最中だった。
「おっ、勇者はあそこを歩いているじゃね?」
ここからじゃ姿は見えないけど、空向かって紙吹雪が舞っている場所が見えたのでそう思った。
「‥‥‥なぁ息子よ。良かったのか?」
「なにがだ?」
顎をポリポリとかいている親父を見ながら首を傾げた。
「あれだ、誘われていただろ。仲間にさ」
「あー」
なんだ、昔の話をしているのか。
そういえばさっきまでそんな夢を見ていたな。
「子供の頃の話じゃん。今更だぜ」
「違う。昨日の話だ」
「昨日?」
俺は両腕を組んで、昨日の事を思い出そうとした。
えっと‥‥‥たしか夜の酒場で、17歳になったばかりの俺は瓶1本分の酒を飲んだんだっけ。
いやー今思えばよく飲めたよな。初めて飲むのに、すげぇな俺。
「ほら、お前の親友とやらが会いに来たじゃないか」
「あぁ、そういえばそうだったな」
そうだ。昨日の昼頃に、久しぶりに再会したんだっけ。
いやーあれはびっくりしたな。まさか俺に会いに来てくれると思わなかった。
だって、あいつ有名人だしさ。俺みたいな一般人とは大違いよ。
というか、あれから会ってもないから、俺のことなんて忘れてると思ってたよ。
「でだ、いいのか? 今なら間に合うかもしれんぞ」
「あーいいって」
軽く手を振ってから、椅子に上に置いてある道具を取った。
ハイカラな帽子に赤くて丸いボール、それと木のステッキだ。
俺は帽子は頭にかぶり、丸いボールは鼻に付けて、それからステッキをクルクルと回した。
「もったいねぇな。だってお前の親友ってあれだろ。勇者ロレンスだろ? 勇者からの仲間の誘いだぞ。勇者パーティに入れば一躍有名人だぞ。俺の息子が、ゴミみたいなちんけな息子が有名な息子になるんだぞ。かー、もったいねぇなぁ」
親友の名前はロレンス。勇者と呼ばれた、この世界で最大級の有名人だ。
そんな勇者様が昨日俺の元に来て、仲間になってくれと誘われた。
昔の時と同じように誘ってきたのだ。
その誘いに俺は‥‥‥あの時と同じように断った。
それなのにロレンスは「それでも俺は待ってるから」そう言って俺の前から去っていった。
まったく不思議だ。何であいつは俺を仲間にしたがるのやら‥‥‥。
「はぁ」
しかし‥‥‥それにしても、ゴミみたいな息子って、まったくひどいことを言うな俺の親父は。
そう思いながら、手鏡で自分の顔を映した。自分の顔には、親父の顔と同じような特殊メイクが塗られてた。その姿を確認して「よしっ」と手鏡に向けて指をさしてから、親父に顔を向けた。
「まぁ、いいんだよ。だってさ」
俺は足を上げて脛の辺りをパンパンと叩いた。
「俺、ピエロだぜ? どう見たって足手まといだぞ」
「ふっ、それもそうだな」
親父殿もふっと笑い、上腕二頭筋をアピールするポーズ、フロントダブルバイセップスをおこなった。
「宜しい、ならば俺達は俺達の出来ることをしようではないか。そろそろ出番だぞ、我が息子よ」
「おうよ親父!」
そう言った直後、部屋の‥‥‥控室のドアが開いた。
「ティティとアレクの演技は終わりましたよ。さぁ次は君達の番だよ。ビエロ親子の楽しい演技で観客達の心を掴んであげなさい!」
黒いスーツ姿の白髭の中年、トム座長が俺と親父に向けて指をさした。
「おう!!」
俺と親父は同時に声を出して、親父から控室を出ていった。
「さぁ、ショータイムだ」
俺は頬をパンパンと叩いて気合を入れて、控室から出ようとした。
すると突然、窓の外から大きな歓声が聞こえきて、思わず振り向いた。
「勇者様。友の仇を討ってくれ!」
「勇者様。祖国を取り戻してくれ!」
「勇者様。世界を救ってくれ!」
「勇者、勇者、勇者‥‥‥!」
勇者に対する願いのような、祈りのような声が聞こえてきた。
俺はその声を聞いて親友の事を思った。
誰もかれもが勇者に期待する。希望する。懇願する。
そんな色々な思いを背負って今勇者達は旅立っていく。
そして勇者達は戦って、戦って、そして戦う。魔王を倒すその日まで。
長い‥‥‥とても長い戦いの始まりはじまりだ。
とてもきつくて、辛くて、苦しい戦いの始まり。
ああ、無理だ。そんな戦い俺には無理だ。出来るわけがない。
だって、俺って弱いし。魔物とかと戦ったことすらないんだぜ。
勇者の仲間に必要なのは、強い戦士や賢い魔法使い、他には‥‥‥癒しの僧侶とかだよな。
ピエロは‥‥‥ないな。職業でいうと遊び人扱いだし。うん、ないない。
仲間の邪魔ばかりするじゃん。戦いの最中居眠りしちゃうよ? もしかしたら、怖くて逃げちゃうかもな。
「はははっ」
なんだか自分自身で酷い評価をしている思いながら、不思議と笑いが込み上げてきた。
でも仕方ない、これが現実だ。
だからさ‥‥‥。
「勇者パーティにはピエロはいらないってね」
親友よ、俺はお前の仲間にはなれない。
だけどさ、できる限りの応援はするぜ。
がんばれロレンス。お前なら世界を救うことが出来る。がんばれ!!
そう心の中で囁き、俺は控室から出ていった。