令和元号改編騒動
朝、茶吉が目覚めて寝室のドアを開けると、猫のクロちゃんがちょこんと座って待ち構えていて、「エサにゃ〜エサをくれにゃ〜」と尻尾をピンと立てて茶吉の足元にまとわりついてにゃ〜にゃ〜やるのが朝の恒例行事である。今朝もドアを開けるとクロちゃんがいて、ただでさえでっかいお目目をより大きく見開いて、「どうしよう!どうしよう!わたし、クロちゃんと体が入れ替わっちゃったみたい!」と慌てふためいて言う。
…へ?じゃあササ美のベッドで寝てるのは誰?と寝室にもどってよく見てみると、ササ美がまあるくなってにゃあ〜と寝ている。するとこっちが中身がクロちゃんなんだな。まあちょっと待てよ、とりあえずコーヒーを飲んで目を覚まそうか、
と、コーヒーを沸かしてソファーにどっかと腰をおろすと、猫の姿のササ美がついて来てコーヒーテーブルの上によじ登って来て「どうしよう!ねえどうしたらいいの!?」と身振り手振りも交えてしつこく言っている。インターネットで調べてみようと、コンピューターを起動させながら、でも茶吉的にはべつに構わないよなぁ〜。どっちがどっちでもいいよなぁ実害があるわけじゃ無いしなどと考える。ササ美の体に入ったクロちゃんの方は寝てばかりいられてうれしいんだし、今では人間のベッドで寝ていても叱られないんだからさぞかし嬉しいだろう。困った困ったと言っているのは猫になったササ美だけだ。でもなんで困っているんだろう?本人に聞いてみると、「なんでって聞かれても困るけど、だってそんなの困るじゃない。納豆が食べられないのよ。そんなのは困るわ。」という返事。インターネットでは大騒ぎになっていた。元号が令和になったと同時にその時たまたま近くにいたもの同士の魂が入れ替わってしまったという前代未聞の珍事件が起こってしまったらしい。日本国中でかなりの高確率でこの魂の入れ替わりが起きたそうで各自治体や国は対応に追われているが、まだどうすればいいのやら対処法も治療方法も明らかになっていない。人間同士の入れ替わりも大変な事だが、鳥や金魚と入れ替わってしまった人とその家族にば、何が起きているのか全く分からず、認知症かと病院に運ばれる人たちだらけで救急車や緊急病院は混み合っているそうだ。ご近所でさっきからピーポーピーポーと救急車がやたらと来ているのはそのせいか。診療まで何時間待ちで入院するにももう満員でベッドの空きが無いそうだ。
そこへカリンちゃんのお母さんがウチにやって来て「たいへんたいへん。カリンとおばあちゃんが入れ替わっちゃったのよ。」と言う。茶吉が「うちもそうなんだよ。」と言い、猫になったササ美がでて来て「あらいらっしゃい」と猫が喋るのを見て、「え!動物と?!」とカリンちゃんのお母さんは驚いている。とりあえずどうしたか聞いてみると、おばあちゃんになってしまったカリンちゃんは、こんな姿じゃあ出歩けない。と、おばあちゃんがいつもしているように家業のお肉屋さんの店番をシクシク泣きながらしているそう。一方、女子高生になったおばあちゃんは、大喜びで、制服のスカートをクルクルっと巻いてたくし上げミニスカートにすると学校へ行ってしまったそうだ。「どうにかして元に戻す方法はないかしら。良い方法があったら教えてね。」と言う。じゃあ調べて治す方法を見つけたらすぐに知らせるからね。とりあえずは、カリンちゃんは打ちひしがれて家に引きこもっているからよしとして、問題は、女子高生になって嬉しくて遊びまわっているであろうおばあちゃんを捕まえておくように。と指示をして了解してもらい、お母さんには帰ってもらた。
茶吉はインターネットでもっと調べてみたが、いかがわしいサプリや健康食品のページにすぐ飛ばされてしまう。「すぐには効果は出なくてもあきらめないで飲み続ければきっと元の生活を取り戻せます」と謳っているがいかにもインチキっぽい。他にもお祓いだの、水を飲んだら元どおり!だの、この騒ぎに便乗したい神社やパワースポットや占いや宗教や霊能者が名乗りをあげて宣伝合戦を繰り広げている。霊能者と言えば、ウチにパートに来ているおばさんの家の、隣の神社の巫女がホンモノで、毎年元旦には総理大臣が参拝に訪れているって聞いたよな。もっと詳しく教えてもらおう。と、おばさんの話を聞きにいくと、「あの巫女さんにはお世話になっちゃったばかりよ。うちのポチが隣の家の禿げオヤジと入れ替わっちゃってね、ちょうどその時に巫女さんがいたからすぐに治してもらえたのよ」と言う。これは信ぴょう性がある話だ。さっそくササ美とクロちゃんを車に乗せて巫女さんを訪ねた。丁寧にお願いしてみると、「ああいいよ。どれどれ」と、ササ美とクロちゃんの頭をぽんぽんと順番に触った。すると次の瞬間、「はっ!戻ってる!わたし戻れた!」とササ美が大喜び。クロちゃんは、別にどうでもいいやという感じ。お礼はおいくらでしょうと聞くと、「大した事をしてないからいらないよ。」と受け取ってくれない。ホンモノってこういう人なのか。
その帰りにカリンちゃんの家に直行し、「今ならまだ話題になっていないから、行列もできていなかったけど、あの巫女さんはホンモノだから、カリンちゃんとおばあちゃんを急いで連れて行って治してもらおう!早くしないと、SNSにでも誰かが呟けば行列ができるのは間違いないし、予約を入れても何年待ちとかになっちゃうだろうから、さあさあ早く早く!」と茶吉が急かすが、カリンちゃんはいるけどおばあちゃんがいない。おばあちゃんが帰ってこなくなっちゃったそうだ。おばあちゃんはスマホも使えないから持っていないしGPSで探しようがない。家に帰れば捕まって元に戻されちゃうって分かっているのだから探して欲しくないだろう。
本人を連れて行かなければ巫女さんにもどうしようも無いだろう。一同途方に暮れてしまった。