7.黒石と契約師(中)
ようやく5階層に到達して狩場へと向かう。
ここの狩場で効率よく狩れるのは蜜猪という全身が蜜色をした猪型の魔物だ。常に群れで行動し特定の樹木から樹液を取り込んでいる。もちろん樹液だけでなく果実や草木も食物としていると協会の元で定期的に更新されている魔物百科に記載してあった。
他にも生態に関して詳しく記載されており、日中は2~3頭の小規模な群れに別れ行動することや、死亡してから約30秒以内に魔石を砕かないと周囲の蜜猪を呼び寄せる香りを放つこと、市販されている蜂蜜やメープルシロップ等を使い誘き寄せることが可能な事などが分かった。
今回は、少し開けた場所にメープルシロップを使用して誘き寄せ2~3グループほど合計で6~9頭を狩る予定だ。
集め過ぎるとさすがに危険なので出来るだけ狩場の端の方で行う。
ようやく狩場に到着して周辺の探索及び場所の確保、逃走の際の経路を確保しておく。全ての確認が完了したところでメープルシロップを樹木に塗り蜜猪がやって来るのを待つ。
10分ほど近くの茂みに隠れながら待っていると2頭の蜜猪が山頂の側から降りてきた。蜜猪の後方に位置をとり、意識がメープルシロップに完全に向いた瞬間に茂みから飛び出し2頭の後ろ足の健を切る。
主な攻撃が突進なので、その威力の軽減と行動阻害を兼ねた奇襲だ。
こちらに気付いた蜜猪が敵意を剥き出しにして突進してくるが、初手の奇襲のお陰で動きは速くないのでしっかりと丁寧に立ち回り隙をうかがう。蜜猪を倒す場合、止めと同時に魔石を砕くことで最もスムーズに次の戦闘に移れるので、突進後こちらに振り向くときを狙って魔石のある左目に小刀を突き刺し捻る。同じことをもう一度繰り返し最初の戦闘が終了した。ドロップした物を収納して次の蜜猪を待つ。
だいたい3時間ほどで合計7頭を倒し終え、周辺の探索を再び行っていると山頂の方から4人の男女がこちらにやって来るのが見えた。
男女2人ずつみたいなのだが男が1人足を引きずっているし他の面子もそれなりに出血している。後ろには約10頭ほどの蜜猪が見える。
男が何やら言葉をかけるとそのままこっちに速度を上げて駆け出してきた。
「おいおい、まさか……、モンスタートレインか!?」
このままでは完全に巻き込まれると判断した俺は早速逃げようとしたが、その時左腕に矢が刺さった。さらに、蜂蜜を溶け込ませた水入りのポーション瓶までこちらに投げてきた。
「ここまでやるのか!?」
すれ違い様に軽く目があった男の顔は歪んだ笑みを浮かべていた。
素早く四人のステータスを鑑定し絶対に制裁してやると決め、それらを記憶しておく。
ギリギリ間に合うかと思い急いで再び逃げようとすると、体が痺れているかのように動かない。先程の蜂蜜水に痺れ薬が入っていたようだ。
どうにか回復のポーションを飲み、逃げられないことを悟り迎撃の準備に入る。
しかし同時に10頭は無茶すぎる。そこで作戦を立てることにする。
まず、用意していたメープルシロップをここに大量に撒き何頭かは引き留める。その後出来るだけ樹木の密集してる場所に逃げ込み1頭ずつ潰していくことにする。
手始めに、特に大量の蜂蜜水が染み付いた上着とメープルシロップを近くの樹木に撒き、さらに樹木の密集している山頂へ迂回してあがっていく。
こちらを追ってきているのは4頭のみ、だいぶ向こうに引き留められた。これなら同時にでも倒せそうだ。
3頭のときに比べると時間がかかりはしたが、なんとか無傷で倒すことが出来た。しかし妙だなと四人組のステータスを思い出す。彼らは、全員がレベル2を越えていたし、職業的には前衛3の後衛1、パーティー編成としてはなかなかいい。その面子でなぜ蜜猪10頭から逃げていたのかと考える。多少のミスで傷を負ったとしても逃げる必要はないはずだ。
やはり何かイレギュラーが発生したと考えるべきだと結論をだして下山しようとしたその時、真横からの衝撃によって近くの樹木に叩きつけられた。
「いったい何が…………。」
衝撃によってふらつきながらも視線を向けると、そこには普通の蜜猪より体が二回りほど大きな猪がいた。目は赤黒く血走っており、前足には普通存在しない大きな爪が生えている。
「変異種かよ。しかもまだ確認されてない奴だ。」
一応魔物百科の情報はほぼ全て頭に入っているので、間違いなく新種の変異種だ。変異種とは、共食いや環境の変化によって強力な力を得た個体のことをさす。フィールドダンジョンのようなタイプのダンジョンには、比較的出現しやすいとされている。その強さは通常の個体の数段上であり、稀に強力な技能を所持していることもあるため初心者は特に逃げることが推奨されている。
「どうやって逃げればいいんだこれ……。」