2.年上はお好み?
ん…ここは…
「ねぇねぇ!次は滑り台で遊ぼ!」
「いいよ!」
小学生だろうか。子供たちが走り回っている。
あのゾウさんが描かれている滑り台、なんか見覚えがあるな…
「ねぇねぇ、なんで君はいつも一人なの?」
後ろから少女の声が聞こえた。
「あっ…」
あまりの美しさに声を失ったという言葉はこういう時に使うのだろう。
その少女はまるで一輪の白薔薇のような清純さと子供ゆえの無邪気さを兼ね備えていた。
にしてもこの光景、見覚えがあるような気がしてならない。
「一人のほうが気楽でいいからに決まってるじゃん」
少女の視線の先にはひねくれた男の子がいた。
あれ…?この男の子…。
「ねぇ、君たち!」
子供たちに話しかけたその時だった。
目の前の公園は忽然として消え去り、辺りは闇に包まれた。
「ギャアァァッッッ!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
な、なんだ!何の声だ!
「そんなに驚かなくたっていいじゃないの」
俺の体に馬乗りになっている女の人がいる。
「あ、あの…」
「ひょっとして私の名前忘れちゃった?」
たしか俺は家に着いて…
そうだ!この女の人と会って気を失ったんだ!
名前は…
「礼美さん?」
眉間にしわが寄っている。どうやらはずれらしい。
「礼子さん?」
にっこりと笑っている。これは正解か?
「せいか~い!」
「や、やめ…」
礼子さんは両手を広げ、俺に抱きついてきた。
それにしても、さっきの夢どこかで…
「ねぇ」
「はい?」
視線で俺に合図を送っている。それは俺の下腹部に向けられていた。
「これ、なに」
男性諸君ならわかるだろう。起床後の生理現象というものだ。
「いや、これはしょうがないですよ。ていうか、離れてください」
「んもぉ…」
膨れっ面をしながら礼子さんは離れていった。
頭が冴えてきたところで、スマホで今の時刻を確認する。
午後九時十五分。隣の部屋から留美の声が聞こえる。おそらく友達と通話しているのだろう。
俺が帰宅したときは確か七時だったはず。気絶していた時間は二時間弱といったところか。
そういや、普通に接してるけど礼子さんは幽霊なんだよなぁ…
今、彼女は何やらベッドの下を探している。
「あの…さっきから何をしているんですか?」
「ん~、裕太君も年頃だから持ってるんじゃないかな~て思って」
「何を?」
「男子高校生がベッドの下に隠すものといったら一つしかないでしょ!」
礼子さんは勢いよく何かを取り出した。
「あ、それは…」
出てきたのはこの前買ったラーメン情報誌。
「やっぱ裕太君も隅に置けないな~」
「いや、それラーメン雑誌ですよ」
「そうそう、このエッチなラーメン…」
礼子さんは手に持った雑誌を見ると、みるみるうちに顔が赤らんでいく。
「ってこれラーメン雑誌じゃないの!」
「だからそう言ったじゃないですか」
悲しげな表情で雑誌をベッドの下に片付ける。
ふと疑問に思ったのだが、幽霊である礼子さんはなぜ俺や雑誌を触ることができるのだろうか。
「あの、質問があるんですけど」
「ん~?」
「礼子さんは幽霊なのになんで物を触ることができるんですか」
彼女はあ~そういえばといった表情を浮かべている。
「なんというか、私が触りたいって意識したものは触れるんだよね」
礼子さんは俺に近づき、手を握る。
「ほら、こんな感じ」
その手は確かに俺の手を握っている。
しかし、どこかおかしい。手を握られている感触がないのだ。
「礼子さん、ちょっと失礼しますね」
「え、ちょっ…」
もしかしてと思い、俺は礼子さんの頭に手を伸ばす。
するとどうだろう。俺の手は礼子さんの頭をすり抜けていた。
「ちょっと~!恥ずかしいからやめてよ」
「あ、すいません」
礼子さんは膨れっ面で俺の手を退けた。
一つだけ分かったことがある。礼子さんは俺のことを触れるけど、逆は不可能だってことだ。
「そういえば、礼子さんはなぜ俺に取り憑いたんですか?」
「ん~とね、さっき友達とラーメン屋に行ったでしょ」
「え、なんでそれを…」
「なんでって、偶然見かけたからよ」
あの場に礼子さんがいたのか…
「それで、裕太君がお友達の自転車カゴにいたおじさんを直視していたのを見つけちゃったのよ」
「あぁ…あの全裸のおじさんですね」
「そうそう」
できれば思い出したくなかったとしみじみ思う。
「裕太君を見つけて、この子もしかしたら私のことも見えるのかなって思って」
「はい」
「そしていざ話しかけてみたら可愛かったから取り憑くことにした」
「なんて理不尽な」
礼子さんの目が餌を貰える前の犬のようにキラキラしている。
もうなんか責める気もなくなってきた。
今の時刻は午後九時半。
二時間も気絶していたため、お風呂に入るタイミングがなかった。
留美はもうお風呂に入ったのだろうか。
「ねえ」
聞き慣れた声と共にドアが開く。
「さっきからうるさいんだけど」
そこには般若のような形相をした留美が立っていた。