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剣の花⑧

「……っ!!」


 一部始終を眺めていた加島が歯を軋ませて睨み付ける。腕に携えた火炎放射器のグリップを握り締める音が聞こえた。


「……はぁっ!!」


 里桜さんの身体から溢れた電気が音を立てた瞬間、その身体が爆ぜるように飛び上がった。電気と髪色の残光を引きながら、人間離れをした跳躍で加島との距離を詰めた。


「すごいっ……身体が、思った通りに動いてくれる……! 頭の中の、『剣を持ったアタシ』がそのまま再現出来る……!」


 高速の突進。空中に居るにも関わらず、不自由を感じさせない動きで接近する。


「はえーな、畜生っ……クッ……!!」


「せぇええいっ!!」

 風切り音を奏でながら剣を振り回し、落下と合わせて両の剣を振り下ろす。


 ――衝突。軽快な金属音が響き、その刀身が火炎放射器の銃身に阻まれた。


「ぐっ、ぬぬぬぬぬぅっ!!」


「……あん?」


 武器同士のぶつかり合いと言うよりも、ただ石壁に剣を擦り付けているように見える。動きを完全に止めた彼女が、その屈強な防御を押し切ろうとしていた。 


「なんだお前……すげえ速いが、てんでパワーがねえな!」


 加島は口元を歪め、腕を振り上げた。腕っ節に力が込められた時、彼女のものとは別に――やや控えめな発電現象が湧き起こる。


「全力で行くぜ……吹っ飛べッ!!」


 その腕は何に阻害される事もなく、振り抜かれた。蒼白の電気をまとった腕のかち上げが、人体を容易に吹き飛ばす。


「わっ、あっ、にゃわああああっ!!」


 彼女の高速移動もそうだが、明らかに人間業を超えた技が披露され続けていた。


(あの電気……加島の『異彩』にも使われていたけど、いったいあれは……!?)


「り、里桜さんっ!!」


「ッ!! だ、大丈夫です!」


 軽々と放り投げられた里桜さんは空中で剣を振って、体勢を整えながら着地した。


「ハッ! さっきのハルカの一撃は腕の芯まで響いたが、お前のそれは武器を叩いただけだ。防いじまえば、そこから突破される事はねえ!」


「うわっ、とぉ!! 確かに全然効いていないですね、アレ!」


 火炎放射を回避しながら里桜さんは一度距離を取って、額の汗を拭った。


 先程から思っていた事だが、加島は攻撃への反応速度が早い。見た目からしても、普段から荒れた生活を送っていて、戦闘行為に慣れているのかもしれなかった。


「正面からの突破は炎が危ないですし、上や右側は防がれる……ならっ!」


 ――先手必勝。そのイメージを強く持つ少女が疾駆する。


 里桜さんは跳躍を連続し、蒼電の塊が広場の中を駆け巡った。その様子はまるで、雷をまとう風のように淀みなく、流れるように動き続けている。


「……くっ、ちょこまかと……!」


「はっ……ぃやあああッ!!」


 フェイントを入れた踏み込みが地面を抉る。彼女は一気に加島に接近し、火炎放射器を構える為に空いていた、左の脇腹に狙いを定める――。


「……なっ、にいっ!?」


「……この勝負、頂きました!!」


 ――二振りの剣が脇腹を掻っ捌く。寸分の乱れもなく、揃えられた刃が腹を切り抜けた。


「ぐっ、おおおああああっ!!」 


 無防備だった脇腹に走った衝撃に、男は断末魔のような咆吼を上げた。


 有効打を入れ、勝ちを確信した少女がオレのもとまで跳んで帰って来る。


「……やりました! 大勝利です!!」


 少し形の歪な、彼女だけの剣をモニター越しの太陽に煌めかせる。


 その満面の笑みを浮かべた少女に、オレも笑い返した――。


「あああああ……あ?」


 ――しかし、聞こえていた悲鳴が、疑問符を浮かべた声に変わっていく。




「「…………え?」」




 オレと里桜さんが加島の方を見る。攻撃の衝撃に身を固まらせていた筈の彼が、こちらを見据えて不思議そうな顔をしていた。


「……あ、あれ……? た、確かに手応えはあったんですが……」


「あ、ああ……俺も、確かに切られた……と、思ったんだが……」


 刃が通った筈の脇腹は、服に不自然な皺が出来ているようだが、大きなダメージを負っているようには思えない。


「……まさかお前、手加減したのか!?」


「ち、違いますよ! ちゃんと全力で斬りました!」


「じゃあなんで、剣で切られたのに、肌どころか服すら切れてねえんだよ!?」


「し、知りませんよ! あなたの肌と服、鋼鉄か何かで出来てるんじゃないんですか!?」


 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を見ながら、そうとしか考えられない事実を一つ見出す。


(……里桜さんは、筋力不足のせいで攻撃が軽過ぎるんだ……でも、服すら切れていないのは流石におかしいか……?)


 あの電気の事といい、まだ『異彩』について知らない事が多過ぎる。明日以降、そこら辺を意識しながら、敵襲にも備えて学生生活を送る必要がありそうだ。


「ッシャアッ! こうなりゃお前、とことんヤり合おうぜ!!」


「良いでしょう! 一度でダメなら、二度、三度とあなたの身体を斬り裂くだけです!」


「おうよ、いくらでも来やがれ! 次はお前をケチョンケチョンにしてやるぜ!」


(……根っからのガキ大将タイプだな、彼……)


 火炎放射器を構える加島に向かって、電流をまとった里桜さんが飛び出した時――。


「……は、はれ……?」


 ――その光が唐突にしぼみ、やがて電気の全てが治まってしまった。


 力無く垂れ下がった剣先が地面に埋まる。高速での動きの反動なのか、際どい所まで露出している健康的な太ももがブルブルと震えていた。


「……なんだ、ガス欠か?」


「そ、そんな……!!」


 ニヤリと笑った加島が近付く。彼の広げる助燃フィールドは、未だに微かな音を立て、地表に電気を放ち続けている。


 一歩――また一歩。火炎放射器の凶悪な銃口が、オレたちに差し迫った。


「ぐぐぅっ……あぅ!!」


 慎重に後ずさろうとして、足の震えでバランスを崩す。尻餅をついた里桜さんが痛みに悶えた。


「――手加減は、しねえぜ?」


 里桜さんの疲弊した様子を見て、オレは覚悟を決めて立ち上がった。


「……里桜さん。オレの剣、一本だけ返してくれる?」


「へっ? あ、えっと、はいっ!」


「ありが――うわっ、ホントに軽い……!」


 里桜さんから受け取った剣は、購入した当初よりもかなり軽く感じた。半分ぐらいの重さだろうか、思い切り振ってしまえばすぐに壊れてしまいそうな程に中身が無い。


 それでも、今ある武器はこれだけだ。そして、今戦えるのは彼女が戦っている間に休憩を出来ていたオレしかいない。


「自分が生きる為には、やるしかないんだ……!」


 死ぬ事はない。戦いの場でそう保険を掛けるのは、野暮な気がする。


 必要なのは、最後の最後まで諦めない事だけだ。その意思を剣に込めて、突進する。


 里桜さんのように、電気をまとった思い通りの動きなんて出来ない。


「どりゃあああああああっ!!」


 ――それでも、攻勢に出た。こうするしかないと思ったから、迷わずに突き進む。


「……ハッ! 熱い奴はマジで好きだぜ! だからこそ――お前を全力で焼き焦がす!」


「う、わああああああッ!!」


 彼が構えた銃口から炎が溢れ、オレの身体を飲み込んだ――。



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