剣の花⑤
―― ★ ――
「あの黒髪の奴、勇気あるよなー」
「な。あんな狂犬みたいな奴とタイマン張るとか……大人しそうな外見だったけど、人は見た目によらねえってマジなんだなあ」
争いの火種が走り去り、安穏とした空気が戻り始めた広場で聞こえた会話に、一人の少女が眉を顰めた。
(……本当にそうなのでしょうか? あの方、戦う者の気配ではなかった気が……)
さまざまな相手と対峙した経験のある少女は、自身の経験と照らし合わせて推察する。
炎のように暑苦しい男が通り魔のように襲い掛かった相手は、普段から武道などに身を投じているようには見えなかった上に、滾る闘志を持っている訳でもなさそうだった。
(だとすれば、あれは一方的な暴虐……そんな横暴を、見過ごす訳には……!)
少女は手に汗を握って、背中に差した剣を抜こうとする。しかし、その手は空を掴むばかりだった。学園外から持ち込み出来たものはスマートフォンや生活用品ぐらいで、装備品の携行は許されていなかったのだから当然だ。
「……むぐぅ。ど、どうすれば……剣が無ければ、剣士も只の人ですし……」
自らを『剣士』と呼称した者は、ある一つの事を思い付く。
「そう言えば……」
少女はポケットに仕舞っていた学生証を取り出す。
配られたこの学生証は電子財布も兼ねているらしいが、初期段階で幾らかのコインが与えられている
――きっと、そんな気がする。少女は何の根拠もなくそう考えていた。
「もし何も入っていなくても、前借りとかも出来るかもしれませんし……よぅし!」
自らの心に衝き動かされた少女が、艶やかできめ細かな金髪を靡かせて走り出す。
逃げるように吹き去った、黒い風を追い掛けるように。
(……ところで……!)
しかし、その足取りは一〇〇メートルも進まない内に、突然立ち止まった。
「……武器は、どこで買うのでしょう……!?」
自称・剣士は、腕を組んで困惑する。
「……いえ。考えても仕方ありません……心が動きたがっている方に進むだけです!」
独特な正義を宿した本能が、再び足を動かす。一直線ではなく、道に迷いながらジグザグに。少女は中央都市部から離れながら、とにかく建物のありそうな場所へと走り続けた。