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剣の花④

 ―― ☆ ――


「……う、わ……これは、すごいや……」

 

 新世界に踏み出した足が、地に着いていないように浮ついている。周囲の入学者たちも一様に感嘆の声を上げていた。


 移動床の上から眺めるそこは、近未来。子供の頃にアニメや漫画の世界で見たような景色が広がっていた。


 ドームの壁際に近い広大な敷地には草原が広がっている。移動床が向かう中央方面には、なだらかな壁面のビルが立ち並ぶ。外周から中心に向かって建物の背が徐々に高くなっており、都市全体が意思を統一して開発されているかのような一体感に圧倒された。


 ビルとビルの間には透明な円筒で作られた通路が橋渡しされていて、高層建築物間の移動にも配慮がなされている。外側の都市には整備された緑化地帯も垣間見え、人が快適に暮らす為の究極形と言うべき、段階的な技術発展をした都市が構築されていた。


 空は高過ぎる天井に覆われている筈だが、外で見ていたものと同じ空模様が映し出されている。リアルタイムの映像が反映されているのか、自由な浮き雲も流れていた。


 時たまに吹き抜けの地面から見える都市の下部も開発が進んでいて、遥か下方に入り組んだ水路が通っている。移動床の上から、無人の船がその背に荷物を乗せて運航する様子が、かなり小さく見えていた。


 移動床に流されて行き着いたのは、中央都市部に近い、かなり大きな広場だった。そこには大勢の入学者たちが何をするでもなく立っていて、今後の指示を待っているようだ。


 ドーム内の光景に見惚れている間に、それなりの時間が過ぎていく。オレの通った道や、他方のルートからやって来る新たな人影は次第に数を減らし、やがて完全に途絶えた。


『あー、てすてす。聞こえる? 聞こえているわよね?』


 学園内のそこら中に設置されているスピーカー越しに、快活な声が響き渡る。広場中の学生が身体を強張らせ、その声に耳を傾けた。


『おほんっ。では改めて――入学おめでとう、諸君! 君たち三六余名は、名実ともに、サステナ・カレッジの一員となった! 今から、ささやかながらの贈り物をするわよ!』


 その発声と同時に、金属のような光沢を持った蒼い粒子が降り注ぐ。

 周囲がどよめきに包まれる中でも、その蒼雨は止まず、おろしたての制服に染み込んだ。


「……これ、は……?」


 蒼い粒子は、模様を象るように制服の特定部位のみに吸い込まれた。そのまま、色素が沈着するように浸透していく。


『全員漏れなく浴びれたかしら? それが、サステナ・カレッジの制服の完全形態よ! その蒼色は『マスメタル』って材質で……え? 時間が押してる? あー、分かった分かった、詳しい話は後で個別にするわね』


「……な、なんか、わちゃわちゃしてるな……」


 やきもきした声を聞きながら、オレは制服の模様に手を触れる。それは少しひんやりとしていて、入校管理室で触れたものと似た感覚だった。


『えーっと。今日はまず、学園内でのルールだけを説明するわね! 長々と説明ばっかり聞いても退屈だろうから、習うより慣れろって事でヨロシク!』


 投げやりな冒頭部分から始まった説明に、入学者たちは不満の色を滲ませながら空を仰いでいた。全員が頭に無理矢理叩き込む事項をまとめる為に、オレはメモ帳を取り出した。




 ――・サステナ・カレッジでは、勉学面と実技面の二面で成績評価を行う。


 ・成績評価はリアルタイムで行われる。成績に応じた報酬が、学生の所持する学生証『マスカ』に、仮想通貨『コイン』としてオートチャージされる。コインがあれば護身用の武装を購入する事が出来る上、学園内の物販店や飲食店で現金の代わりに使う事も可能。なお、コインは毎月二五日に最低限度の生活が送れる程度の金額が支給される。安心せよ。


 ・勉学面は他の教育機関とほぼ同じ。実技面は、生徒同士の模擬戦闘、施設内を闊歩する研究生物の討伐などでの活躍を数値化する。自らの『異彩』や供給される武装を用いて、その力を誇示せよ。


 ・模擬戦闘、討伐に時間の制限はない。自身の生活に『量産才能』や『異彩』を使った自衛を、常に心掛けよ――。




『以上! 質問を今から三つだけ受け付けるから、今日を生き残りたいって奴はよく考えて、必要な質問のみをする事!』


 どよめきからざわめきに進化した周囲の喧噪は、無理もないと思った。あまりにも突拍子もない説明で、唐突に、非日常が顔を出したのだから。


『ザワザワするのは良いけど、質問は良いのかしら!? そろそろ締め切るわよ!?』


「あ、えっと、はいっ!!」


 オレから視認出来る範囲で、一人の男子生徒が声を上げた。周囲の注目が一気にそちらに集まるが、追い詰められた様子の彼は、視線を物ともせずに空を見ている。


『はい! そこのそばかすがチャーミングな男の子!』


「も、模擬戦闘って危険じゃないんですか!?」


『なるほど、良い質問ね! それは、スポーツが絶対に安全かと聞く事に似ている! 危険が無くなるように、自分で工夫し、努力してくれたまえ! 【異彩】を駆使し、自衛の為に武器を用いる! それが好成績を収める秘訣だ! 以上!』


「え、ええっ!? そんな無茶苦茶な……!!」


 ピシャリと言い切られた男子生徒が悲鳴を上げるが、声の主は全く気にしていなかった。


『はい、次の質問ない!? 締め切るわよ? 締め切っちゃうわよー?』


「……ああ、もう! はいっ!!」


 覚悟を決めたような少女が手を上げた。


『ほい、そこの……ええと、少女漫画の主人公みたいな女の子、どうぞ!』


「しゅ、主人公なんてうれし……って、そうじゃなくて……!」


 一瞬うっとりとした少女は、自分を諫めるように頬を叩いてから声を張る。


「模擬戦闘や討伐では……し、死んでしまう可能性はあるんですか!?」


『これまた良い質問が出てくれたわね! 詳しい説明は省くけど、君たちには【劣化因子】と一緒に【安全装置】に関わるものなども注入してあるわ! だから、【サステナ・カレッジ内に居る限りは】絶対に命を失う事はないと断言しておこう! ただし、大きなケガをする事は勿論あるから、決して油断はしない事! 良いわね!?』


「よ、良かった……って、大ケガはするのね……」


 がっくりと肩を落とし、恐怖に身体を震わせた少女が周囲に慰められている。

安全装置がどう言ったシステムになっているのかは分からないが、研究段階にある『劣化因子』に比べて、その効果をハッキリと言い切った。それ程に堅実なシステム化が進んでいると言う事なのだろうか。


 ――学生の命が大事なのか、それとも、研究成果が大事なのかは、今の所は分からない。そして、触れるべきでもないような気もした。


『さて、次が最後の質問になるかしら? これだけは聞いておかないといけないと思った事は、今の内に聞いておいた方がいいわよー?』


「……それでは」


 遠くから、男子生徒と思わしき者の声だけが聞こえた。


『はい、そこの眼鏡の君! 最後の質問、行ってみよう!』


「模擬戦闘や討伐に、注意事項や禁止事項はあるのでしょうか?」


『……成る程、そう来たか……』


 声の主が唸りながら返答に迷っている。その考えられた質問は、より多くの情報を引き出せる内容だった。


『……オーケイ。流石に細かい所は省くけど、可能な限りの情報を開示するわね! 耳をかっぽじって、よーく聞きなさい!』 




 ――

 ・模擬戦闘、及び討伐に関する禁止行為は原則では存在しない。戦闘方法も、一対一、一対多、多対多など、どんな形でも構わない。むしろ、多人数での連携で大きな功績を残す事こそ、社会に求められる力として重宝される為、大きな評価を与える事とする。


 ・ただし、『異彩』や武器の使用を禁止する区域がある。該当区域内では『異彩』の発動制限、武器の機能停止などの措置が取られる為、注意せよ。

 

 ・自身の『異彩』や身体能力が戦闘行為に不向きだと感じた場合は、教職員に『戦闘放棄』の申し出をする事が出来る。その場合、実技面での成績評価が得られない研究員コースに移る為、施設内で求職活動をするケースが多くなるが、痛い思いはせずに済む――。




『……こんな所かしら? 細かな部分は聞いて貰えれば随時対応するからよろしくね!』


「……承知しました。ご回答、ありがとうございます」


『いえいえー。取りあえず、説明は以上で終わり! 勉学面の説明は明日のイントロダクションの時間に、担任教師が全部するから! それじゃ、今から頑張ってね!』


 意味深な言葉を残して、ブツン、とスピーカーの電源が落とされる。どうやら、これで説明終了と言う事らしい。


 うろたえ、不安な様子で身動ぐ新入生たちが広場に取り残された。


 オレは混乱の中で、入校管理室を出た後に渡された学生証を取り出した。願書に同封した顔写真が用いられているが、名前の部分にはきちんと『ハルカ』と記載されている。


「これが、マスカって事か……現実味が全くないような話だったけど、きっちり現実っぽい仕組みになってるなあ」


 要は、身分証明書と電子財布を兼ねている、便利なICカードと言う事になる。その分、紛失した時が悲惨な状況になる為、しっかりと管理しなければならないだろう。


「ッシャアッ! 誰か、試しに模擬戦闘ってのをやってみようぜ! そこのお前、一試合どうだ!?」


 勉学面への配慮はまだ分からないが、明日になれば解決する事だろう。もし分からない事があれば教職員に確認をすればいいし、何よりそこまでの緊急性もない筈だ。


「え、イヤ? なんだよつれねーな……じゃあ、そこのお前はどうだ? さっき、死ぬ覚悟があるとかって質問してたよな?」


 問題なのはやはり、模擬戦闘に討伐――実技面の評価だろうか。『異彩』や武器の使用による戦闘行為。これまでに全く経験して来なかった事の為、十分な注意が必要だ。


「してない? いや、死ねないって聞いてがっかりしてたじゃねえか! ってオイ、ちょっと待てコラ、なんでお前ら全員後ずさりしてんだよ!! しかも動きがはえーよ!!」


 それに、オレは自分の『量産才能』、『異彩』共に何も自覚していない。こんな時に戦闘でも仕掛けられたら大変だ。


「なんだよ、しけてんな……折角他人の『異彩』を見られると思ったのに……と言っても、戦うような意思がない奴を襲うってのもちょっとアレだしな……」


 まずは三六〇人以上も居る新入生の中で、目立たないように生活。勉学面で早めに好成績を収めて武器を購入し、『異彩』を探る。それが一番現実的かつ堅実な手段だろう。


 そうと決まれば、早速人混みに紛れて――。




「……おっ!! 一人、残ってるじゃねえか!」




「…………ん?」




 ――炎のように、やや黄色掛かった赤い髪を逆立てた男子生徒と、目が合った。


 何故か、オレの周りから人の気配が失せている。円形に衝撃波でも発したのかと思う程に、オレと彼の二人だけがそこに存在していた。


「……ハッ!」


 ――笑った。夏休みに差し掛かった少年のような顔を浮かべた男が、笑っていた。


 バキバキと指を鳴らし、今にも殴り掛かって来そうな形相の男を見据える。確かに、模擬戦闘に『異彩』や武器を使わなければいけないと言う決まりは無かった。


 どうしてこうなったのかは、正直に言って、分からない。


 ――けれど、ヤバい状況だと言う事はすぐに分かった。


「いや、ちょっと待って下さい! オレは、別に……!」


「大丈夫だって! 強さなんて関係ねえから!!」


「いやいやいや、そう言う事を言いたいんじゃなくて……!」


「おう、そうだ! 言葉なんて必要ねえ、この拳で語り合えばいいんだ!!」


 ――ダメだ。熱くなり過ぎて言葉が通じなくなっている。


「早速ヤろうぜ、そこの黒髪のお前! 男同士で、熱くぶつかり合おうじゃねえか!」


「公の場で誤解を招く発言をするなああああっ!!」


 ――オレは危険そのものに背を向け、地を蹴って広場から全速力で逃走する。


「ハハッ!! 場所を変えるぐらいにヤる気か、嬉しいぜえ!!」


 背後に、追い掛けて来る男の気配を感じながら足を動かし続ける。

 外側の都市部へと続く綺麗な街道を抜け、とにかく走る事を止めなかった。


  

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