表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インフェリア・スターズ!  作者: 成希奎寧
地に堕ちた、星の輝き
44/50

地に堕ちた、星の輝き⑫

「……来たッ!!」


 ――約束の歌声を察知して、里桜は目を見開く。


 ハルカの『星天の反響』が、高層ビルに囲われた空間に響き渡った。

 歌唱は一度途切れて、再び歌声が奏でられる――操られた運命は、照明弾と同数の二つ。


(ここから先は、本当の大博打……!! 鬼が出るか、蛇が出るか……!)


 里桜は祈るような気持ちを抱きながら、天命に全てを任せない覚悟で前を見続けた。


 運命操作によって、『自身に不利益を被る』未来が確実に引き寄せられる。


 ――竜子が作り上げた光球が、里桜に近付き始めていた。


(なんと言う量の『細胞電子』……ッ!! あんなの、触っただけでも身体が火傷……いえ、蒸発すらしてしまうのでは……!?)


 身体から放電する事は出来ないが、既に蓄電している『細胞電子』が反応する。電力によって発生した磁力に引き寄せられているのか、落下速度が急激に遅くなり、空中で停止。


 ――そして、当然の事のように、里桜の身体が光球に誘われて浮上し始めた。


「……う、わぁっ……やっぱり恐ろしいですね……!」


 その速度はゆっくりとしたものだったが、その分じわじわと恐怖が沸き上がっていく。竜子の激情を形にしたかのように禍々しい現象が、激しい音を立てて輝きを放っている。


 しかし、そちらにばかり目を向けている訳にはいかなかった。里桜の視界の端で、一陣の風が溢れ出す。未済が剣を構えて、凝固した風を蹴り飛ばしたのだ――。


「そんな幕引きは認められないぞ……! 僕の手で、直接引導を渡してやる!!」


 ――そして、それだけでもない。里桜が視界に捕捉していた物体は――もう一つあった。


「――ッ!? な、なんだあ!?」


 風を蹴った未済よりも速く、蒼い物体が飛来する。少年の身体を掠めたものは凄まじい勢いで回転していて、蒼色の円が虚空に映し出された。


 新たな風が吹き込まない場所で、ほぼ全ての風を未済が掌握している状況。その絶対的な支配下で、膨大な熱風をまとった剣が風を裂いている。


「剣……!? なんで、剣なんかが飛んで来た……!?」


 その正体は、加島の作り上げた火炎旋風が地面から巻き上げた『忘れ物』――一振りの大剣だった。


「……あの、剣は……!!」


 里桜は見覚えのあるその剣に対し、今度こそ『すっぽ抜かす』ような失態は演じないと誓って、手を伸ばした。




「……おかえり、アタシの剣ッ!! 置いて行ってごめんなさいっ!!」




 心からの誓いに、運命が呼応する。加島と対峙した際に手放してしまい、そのまま広場に放置されたままだった『ハリボテソード』が、彼女が居る場所目掛けて飛翔していた。


「よっ……っとぉッ!!」


 身構える少女のすぐ傍を、回転する刃が通り抜けた。そのまま過ぎ去ろうとする剣に、一瞬だけ手を触れ、その柄に指を添える――里桜の研ぎ澄まされた反応速度は、刹那すらも置き去りにする。感じた重みを、発生した『細胞電子』を使って力強く握り締めた。


(剣さえ手にすれば、考えられるっ……!! アタシがどう動けばいいのか……どうすれば動けるのか……!! ここに来る前より、ハッキリと思い描けるから……!!)


 ――『妄想』。剣を握る自分『だけ』を明確に描けるそれは、彼女の『最たる才能』が分解されて生まれた、小さくも確かな力を持つ『量産才能』だった。


 腕力の強化に留まらず、溢れた『細胞電子』が音を立てて弾ける。放たれた蒼い電光が再び身体を包み、里桜の華奢な身体を強化した。


 凄まじい勢いで飛来した大剣の勢いを殺す為に身体を捻り、幾度も、幾度も回転させる。独楽のように回る身体の体勢を維持しながら――。




「――『双製四散』ッ!!」




 ――自らの持つ微小な『異彩』を放つ。刃を自分が振り回せる重さに分かち、劣化した二振りの大剣をこしらえた。


「はっ……はははっ!! あり得ない程の幸運に恵まれたみたいだけど、結局何の意味も無いじゃないか!」


「……何の意味も無い、ですって?」


「そうさ! 今更そんなショボイ剣を用意した所で、お前に何が出来る! お前の軽い剣は、直撃したとしても多少痛い程度だからなあ!!」


 その事実に一瞬だけ下唇を噛むが――少女は、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「……ええ、そうですね。確かに、非力なアタシの力『だけ』では、あなたを倒す事は出来ないでしょう」


「良く分かっているじゃないか……それがお前の――『劣等種』の限界なんだよ!!」


「……ですが、仲間の力を借りれば……ッ!! 一人では出来ない事だって、必ず出来るようになります!!」


「それが出来ればの話だろう? 見てみろよ、お前の仲間の無様な姿をさあ!!」


「……ッ!?」


 未済に指差された方角を見て、少女は絶句する。視線の先には、『細胞電子』を一切発していない黒髪の少年の姿があった。


 ハルカはふらついた足取りで、ただ里桜の居る場所に向かって歩くだけ。そこに、一切の余裕を感じられない――里桜以外の人間には、そう見えた事だろう。


「ウザったいあいつもリタイアした今、お前は一人になっちゃったなあ!! で、お前は一人で何か出来るんだっけ!? ははっ、ははははっ!!」


 腹を抱えて笑う未済を見て、金髪を揺らしている少女が静かに瞼を下ろし――。


「……んぅっ……!!」


 ――開眼する。身体中から『細胞電子』を放出し、自身に影響する磁力を強化する。その身体はより強く光球に引き寄せられ、その距離を詰めていく。


「バカな!! 勝てないと悟って、自滅でもする気か!?」


 膨大なエネルギーを持つ光球は、里桜の予想通り、近付くだけでも危険なものだった。『細胞電子』で強化している筈の皮膚が焼け、眩さに目を潰されそうになる。


「はははっ、徒党を組んだお友達の力で敗北するなんて、滑稽も良い所だなあ! あいつ、意味も無くエネルギーを吐き出したもんだよ!」


 仲間を嘲笑った未済を、里桜は力強い瞳で射貫いた。


「違います!! 竜子さんの残した力は、今もこうして生きているんです!!」


 両手に持った剣を、光球に突き立てる。マスメタルで構成され、『細胞電子』と相性の良い大剣がその電力を急速に帯びていった。


「まさか……それを制御するつもりか!?」


「ぐっ、うううううっ!!」


 過剰な電力と、迸る熱によって両腕に耐えがたい苦痛が走る。

 すぐに手放さなければ、過電流によって命に危険が及ぶ。そう確信出来る痛みが全身に広がり、諦めるようにと頭へ訴え掛けた。


「くぅっ、ぬううううああああああああッ!!」


 それでも、握った剣の柄を放さない。放してなるものかと、全身全霊の力を手に込めた。




「――『双製四散デュアルクォーター』ッ!!!!」




 両の手に構えた大剣を、さらに分解。二本の手では御し切れない剣型のシルエットが浮遊し、蒼白の光をまとって浮かび上がった。


「はっ、ああああああッ!!!!」


 里桜の咆哮と共に、荒々しく蠢いていた『細胞電子』が完全に掌握された。四散した雷光は分離してもなお相当のエネルギーを内包し、光が爆発音を立てて衝突し合っている。


 そして、電光の中に生まれた四振りの大剣は、二度の劣化を経た為、歪に変形していた。


「……翼ッ……!?」


 未済が目の前の光景に驚愕する。帯電し、許容出来ない電力を周囲に零しながらまとう歪な大剣――竜の翼を模したように、攻撃的な形をした光の剣が浮遊していた。


 放電された膨大な『細胞電子』が不定形の線を描き、手に握っていない二枚の翼を里桜の周囲に固着する。剣を構える少女も、電磁力によって浮遊を可能にしているようだ。


「バカなッ!? 何故、『劣等種』ごときにあの『細胞電子』が制御出来たんだ!?」


「簡単な事です。アタシの『双製四散』は、剣を増やす際に『最も秀でた能力』を四分の一以下の性能に劣化させます――賢しいあなたなら、それで分かりますよね?」


「……まさか、マスメタルが帯電した『細胞電子』を劣化させたって言うのかっ!?」


「御明察です!」

 里桜は口角を持ち上げて、手に持った翼剣をくるりと回した。電光が美麗な円を描く。


『自動販売機に、属性が付いた武器も売っていた。だから、その対象物の持つ性質も、劣化する特性に引っ掛かると思うんだ……まあ、性能が良い奴は高いから買えないんだけど』


 最後の物資調達をしながら、少年が溜め息混じりに呟いていた事を思い出す。


 理想のモノが無いなら、自分で作れば良い。二度もそう気付かせてくれた相棒の言葉が、里桜の心を支え続けていた。


「確かに、アタシとこの子では、竜子さんの残してくれた想いをそのまま支えきれませんでした……だから、自分のものにさせて頂いたんですよ!!」


 少女は紡ぐ。その心を――この手を震わせる、激情の憤怒と落涙の悲哀を。


「花たちも、アタシたちも! あなたの好きなようにされてたまるかってんですよ!!」


 自分の心が望むままに。愚直なまでの生き方をする少女が叫んだ。


「くっ……一対一で勝てないからと、多人数で連携する……その陳腐な愚策を恥ずかしいとは思わないのか、『劣等種』!!」


「……思いませんよ。だって、好成績を収める事にも繋がりますし」


 里桜は後ろめたさを一切感じさせない凛とした声で、胸を張って答える。


「……な、に……!?」


「お忘れですか? このサステナ・カレッジでは、『一対多』の模擬戦闘が推奨されているんです! そのルールの下に、『劣等種』も『優秀種』も関係ない!!」


「ぐっ……そんなもの、ただの屁理屈じゃないか!!」


「屁理屈で結構! アタシたちはあなたと違って、持っている力が大きくないけれど――だからこそ、人の力を借りる事を恐れたり、卑怯だと思ったりしないんです!! だって、それが――力を合わせて大業を成し遂げるのが、人間なんですから!!」


 里桜は両腕を拡げ、共闘した仲間たちに託された希望を掲げる。




「放つ『異彩』の光が小さくとも! 自分たちより圧倒的に優れた存在が居ても! 大切な才能を失ってしまったとしても!!」




 失意のどん底に叩き落とされた学生たちの心に、輝きを与える為に。




「アタシたちは、何もかもを失ったワケじゃないんです!! やろうとすれば何でも出来る……その為に、頑張れるんです!!」




 四振りの剣の間に走っていた電流が激しさを増し、雷鳴が爆ぜる。そのエネルギー量は、疲弊を隠していた『優秀種』の背筋を凍らせた。


「ぐっ……!! こ、のっ……おおおっ!!」


 風の大剣を解き、散った風で『暴風の盾』を構築する未済。しかし、その壁の組成はきめ細かさに欠け、整っていた光の屈折にも乱れが見える程だった。




「羽ばたけ、魔竜――『飛翔・雷翼ドラッヘ・ドンナー』ッ!!」




 里桜の命令と共に、『細胞電子』を宿して宙に舞っていた翼剣が発射された。


「ぐっ……!! 最大出力……ッ!! 風よ……盾を、より強固に!!」


 強大な電力が炸裂し、竜翼が爆発的に加速する。射出された閃光が、空を斬り裂く。その衝撃に耐えるべく、未済は両腕に力を込めて白き『細胞電子』を一斉に放出した。


「――ぐっ……ぬううあああああっ……!!」


 電光石火の一撃が轟音を立てて風の壁に突き刺さるが、優れた『異彩』に阻まれる。完全に空中で停止した光翼が、電力を宿したまま弾き飛ばされた。


「は、ははっ……耐えた、耐えたぞ……!! 僕は、やっぱり……!!」


「――なら、もう一発ですっ!! 」

 軋み、雑音を発している風の壁に向かって二本目の翼剣が放たれる。既に綻びが生じていた部分――一本目が抉ったその場所に、空を翔ける流星のような雷光が叩き込まれた。


「くっ……そおおおおおおおおおっ!!!!」


 音を立てて、壁が瓦解する。形を失った自然は荒れ狂う風の波と化し、使役者を襲った。


「ぶっ、ふばっ……ぬおおおおっ……!! 僕に操られる、風の分際で……!!」


 暴風に瞼を下ろしていた未済が、風の弱まりに合わせて目を開こうとする――。




「――目を閉じている余裕があるんですか?」




 ――その時には、眼前で――――剣花里桜が既に、剣を構えていた。


「これは、皆で紡いだ光です……この輝きは、一人じゃ起こせなかった奇跡なんです!!」


 剣を大翼のように構えた少女が吼える。標的との間に、想いを遮るものは何も無い。


「受けて下さい! 皆が抱ける未来の光――アタシたちが持っている、人の輝きをっ!!」 


 振りかぶられた双翼の剣が、人々の数奇な運命のように交差した。 


「ぐっ、ああ……!!」


 煌々と輝く刃が生む衝撃は、非常に軽いものだった。未済は、まるで胸を叩かれたと感じる程度の衝撃を受けだだけ――だと言うのに、その身を過度に強張らせる。


「……ま、さか……ッ!!」


 全てを察する。斬られた胸部が光り輝き、燃え上がるように温度を増していく事から。

そして――里桜が手にしていた剣から、一切の光が消え失せていた事から。


「がっ、グァッ……あああああああああああっ!!!!」


 超大な熱と光を帯び、クロスに差し交わした傷が炸裂する。傷口から電流を迸らせ、その身体全てを包む轟雷が空を破った。


 幾度も、幾度も巨大な稲妻が未済を貫く。終わらない雷鳴のリフレインが、力強く叩いた鍵盤のように重苦しい音を立てた。


「や、った……アタシたち……やりま、し…………」 


 耳を劈く電流の演奏を聞きながら、全てを使い切った里桜が意識を手放し、落下する。


「ああっ、が、ああっ……!! おま、えも……道ずれ、だああああああああっ!!!!」


 未済は、自らを焼き焦がす電流を用いて作った風の槍を、落ちていく里桜に投擲した。

 破壊され、周囲に散った風を巻き込んだ一投が、意思を持った暴風のように猛進する。


「――――『星海の大盾イィ・スキュータム』ッ……!」


 ――しかし、その決死の一撃すらも阻まれる。


 生意気で、鬱陶しい黒髪の少年がそこに居た。気を失っている少女を抱き、その背後に『細胞電子』で起こした『怪奇現象』を携えて。


 里桜とハルカの前に、宇宙を思わせる暗がりに星を散りばめたような盾が広げられ、『劣等種』たちの希望を、最後まで守り切っていた。


「ガバハあああッ……!! なぜ、だっ……お前は、電池切れの筈じゃあっ……!?」


 攻撃を防ぎ、消え往く星空の隙間から未済はその『理由』を見出した。

(……あいつの、一枚目の翼……あれを使ったのか……!?)


 ハルカと名乗る少年の右腕は、明らかに関節の可動範囲を越えて折れ曲がっていた。


 残り少ない『細胞電子』を使い――未済が弾いた『電力をまとったままの大剣』を自身の腕に直撃させて充電。上空で戦う仲間を助ける為だけに、右腕を犠牲にした。


 そうとしか考えられない。それ以外に道が無いからと、恐れを抱きながらも実行する。誰も予想だにしない、愚かな行為でしかないのだろう。


(……そんなバカなマネでも……こいつらなら、やりかねない……!!)


 自身が傷付く運命を良しとして、受け入れる姿を容易に想像出来てしまう。


『優秀種』として実力を認められている少年が、身を焦がす雷光の中で思い知る。


(……悔しいけど……これは、完敗以外の何物でもない、か………)


 ずっと避けていた痛みと向き合う。ずっと与えるばかりだった屈辱を噛み締める。


 ――もし自分が、予定通り『劣等種』になっていたら、彼らのように振舞っただろうか。


「……はっ……みっともなさ過ぎて、考えたくもないよ…………」


 そんな、あり得ない未来の話を思い浮かべて――冗談じゃない、と吐き捨てる。


 一人で及ばない高みを望んだり、傷だらけになりながら勝利を求めたり。選ばれし者に見下され、泥臭く生きるしかない人間に、希望なんてあるとは到底思わないだろう。


(……だけど……お前らは、どうせ…………希望があるって、言い張るんだろうなあ……)


 眩い光の中で、付き合っていられないような暑苦しさを想像して、鼻で笑う。


 それから、何を考えるにも億劫に感じた未済は――ゆっくりと意識を溶かしていった。




 地に堕ちた、星の輝き 終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ