地に堕ちた、星の輝き⑩
(……う、上手くいってよかったです……一応、それなりに確信があったから実行したんですけど……)
里桜は常に、『脳内の自分のイメージ』を再現するように『細胞電子』を操り、身体を動かして剣を振る。
だからこそ気付いた。『乱気流の鎧』、『疾風』、そして空中浮遊。そのどれもが風を操る力ではなく、『風に想像した形を与える』能力だったとしても実現出来る事に。
戦闘の中で成長を続ける少女は、筋力こそ圧倒的に不足しているが――剣士としてのセンスと確かな技術、そして実力を付け始めていた。
「ぐっ、うううう……畜生、『劣等種』のクセに……! 」
『――――ッ!!』
未済が攻勢に転じようとした時、轟雷を体躯とする魔竜が天に吼え、口を大きく割り開く。その口腔を中心にして、耳を劈くような轟きと共に電流が収束されていった。
「っ!? まだ、それだけの余裕があるのかあんた……!?」
――災害。そう表せる程のエネルギーを持った渦が、不定形な球体と化した。
脈動と共に雷光をまとうそれは、標的を求めて暴れ、蠢いている。
――その標的に、最も近くに居ただけの理由で、少年が選ばれた。
「ぐっ……くっ、そおおおッ!! 『暴風の盾』ッ!!」
未済は歯軋りをしながら、両手を構えて風に形を与えていく。
周囲からなけなしの風を掻き集め、電流の弾ける音以外を奪う。作られた強固な壁が、光を屈折させる程の密度で展開された。
乱気流を押し込めた便利な鎧から、さらに防御力に特化したもの――完全な防衛体勢を整えた未済が魔竜と向き合い、衝撃に備えた――。
『――――ア、アァ……あ……か、はっ……」
――しかし、未済の耳に届いたのは、轟く光線でも、咆哮でもなかった。
竜の体躯が蒼白の粒子と化していき――中から小柄な人影が現れ、落下する。
「りゅ、竜子さぁんっ!!」
里桜が手を伸ばした先に居たのは、身体中に重傷の火傷を負い、気を失った少女だった。
魔谷竜子が落下していく。その身体に向かって跳躍をしようとした瞬間、どこからともなく現れた、シャボン玉のような球体が里桜の視界を横切った。
「……あれ、は……!?」
「はっ、ははっ……安全装置が働くまで『異彩』を使うバカが何処に居るんだよ……!! あれで少なくとも一ヶ月は集中医療センターから出られないぞ!!」
「あれが……この学園の安全装置……!!」
シャボン玉状の何かに、魔谷竜子の身体が内包されて飛び去る。向かう先は、先端技術の揃う中央都市部だった。
瀕死に陥った生徒を保護し、医療設備に運ぶシステム――命を失う事はないと豪語した理由をしかと目の当たりにした少女は、安堵の息を漏らした。
「『劣等種』。お前もセンター送りにされるってのに、なんで安心しているんだ?」
力の主を失っても、夥しいエネルギーを蓄えて脈動する光球が佇む。その暴発を警戒して風の盾を展開したままの未済が、口を歪ませて里桜を見下した。
「確かに、センターには行きますよ。竜子さんへのお見舞いに、勝利を持ち帰ります!」
「チッ……いつまで、そんなデカい口が叩けるか見物だよ!」
光球が安定して空に座している事を確認し、自身の力に絶対の信頼を置く少年は、風の盾を分解して再構築。密度の濃い、身の丈ほどもある風の大剣と化して構えた。風自体は透明である筈なのに、白色の『細胞電子』がその存在を確かにしている。
「……風の、剣……!?」
「これなら、お前も諦めるだろう? 同じ土俵で絶対的な力の差を見せ付けられて、さっさと未来を諦めろッ!!」
空を自在に翔け、接近した未済の刃を受けた少女が弾き飛ばされた。
「くっ、ううっ……!! この人、白兵戦も強い……!!」
里桜は違うビルの壁まで吹き飛ばされ、壁面を転がるようにして堪える。
「そら、休憩をしている暇はないぞ!!」
「っ……くっ、ぐぅうっ……!!」
体勢を立て直す時間も無く、未済が追撃を仕掛ける。一度『異彩』を放てば、宙を跳び、風を武器にする事が出来る。空中において不可能な事が無くなる程の利便性――放つ『異彩』には、『優秀種』と称されるだけの理由があった。
空を跳んだ少年が、大振りだが無駄のない動きで剣撃を繰り出す。その動きを見極め、剣筋を逸らしてなんとか直撃を避けるばかりだ。
「……くっ、ふううっ…………せいっ、はぁああっ!!」
大剣の刀身を二本の剣で叩くが、ビクともしない。
「ふっ……力が弱い……んだよッ!!」
「ッ……ぐぅうううっ!!」
止められた刃を、衝撃を殺しづらい角度でかち上げられて後退を余儀なくされた。剣を振って姿勢を制御して滑空する――壁面を捉え損ねながら、地上への落下を防いだ。
「ははっ……さっきまでの威勢はどうしたんだ? もしかして、そろそろ『細胞電子』が切れるんじゃないか?」
「くっ……!」
痛い所を言い当てられ、里桜は歯噛みをしてビルの外壁部分を駆け昇る。屋上に辿り着き、久々に踏んだ水平な地面で『細胞電子』の放出を一時的に止めた。
「……なんだ、図星だったのか? まあ、『劣等種』の中では持った方だよ」
顔色一つ変えずに彼女を追って来た未済は、風の大剣を担いで肩を竦める。
「ただし、『優秀種』はその比じゃあない。僕もそれなりに消耗はしているが、まだ存分に戦える……こんな風にさ」
未済が大剣を振り抜き、その刀身を微量に削った竜巻を起こす。ビルの屋上に設けられていた、安全の為の防護柵が音を立てて吹き飛んだ。
「……くっ……なんて、風……!」
「……そろそろ、諦めたらどうだ? 勝ち筋なんて最初からどこにもなかったんだからさ」
里桜は息を呑んで佇む。『細胞電子』による身体強化の質も、『異彩』の融通性も。疲労具合や残された電力量にも、天と地程の圧倒的な差が存在している。持っている武器では風の大剣を破壊する事が出来ず、いなすだけで精一杯だ。
「ふふっ、ははっ……どうだ、『劣等種』! 僕は、お前と同じ種類の武器を持ってもこれだけ強いんだ。工夫をした所で、その差は覆らないぞ!!」
しかし、里桜は諦めずに剣を構えて未済を睨んだ。
和石癒羽の与える安心感、加島力人の熱い炎、魔谷竜子の攻撃力、そしてハルカの運命操作と電力供給。皆に助けられて、まだなお不利な状況にある。
それでも、ここから勝つ為に必要な要素を拾い集めて、挑み続ける。一%にも満たない勝率の中で、掴めない筈の未来を斬り開く力がどこかにあると信じて――。
「…………あ」
――『あの力』を扱えれば勝てる。仲間の力を信じた少女が、一つの手段に気付いた。
「どうした? やっと、無駄な足掻きをやめるのか?」
リスクは高い。それでも、自分に思い付く手段は全て試さなければ倒れられない。
だから、里桜は両手に剣を構えて立ち向かう。いつも通りに、どんな相手でも――自分の心に従うのみだった。
「いいえ。アタシは、あなたに勝つまで戦い続けます!!」
――それだけです。真っ直ぐな瞳が、強さも、能力差も、年齢差すらも斬り捨て、『未済』と言う人間と向き合った。
「チッ……これだから身の程知らずな『劣等種』は嫌なんだ……!! 最後の最後まで、手を掛けさせてくれるじゃないか!!」
未済が身にまとう白き雷は量を増し、鋭い雷音を響かせる。
――刹那、少年が目にも留まらぬ速さで里桜に接近した。
「うらあああッ!!」
「っ……!?」
踏み込み中に振りかぶっていた大剣が、里桜の身体を腰で両断するように切り払う。
里桜は攻撃を察知した瞬間に『細胞電子』を放電し、剣で防御をする――どうにか身体を逃がす事が出来た。
しかし、その為に両手に持っていた剣を両方とも吹き飛ばされてしまった。
「くっ……し、まったっ……!!」
剣は孤を描き、回転しながらビルの下に落下していく。辺りには代わりとなる武器は無く、いつもは武器を供給してくれるハルカの姿もない――完全に丸腰になってしまった。
「ダメじゃないか、大切な武器はきちんと持っておかないとさあ! これでお前は――」
「――ッ!!」
勝ちを確信して嘲笑する未済の隙を突き、ビルの屋上を走り抜ける。
「なっ……!! に、逃がすかっ!!」
剣を失った里桜は『細胞電子』も『異彩』も使う事が出来ない。未済はその事を知らないが、少女は絶体絶命のピンチを迎えていた。
――それでも、身体を動かした。ただ一つの希望と、ただ一つの運命を信じて。
今は『勝つ為に』逃げる事しか出来ない、ただの少女がビルの屋上から跳躍し――防護柵が取り払われた場所から、元の空中戦場に向かって飛び降りた。
「……な、にっ!!??」
思い掛けない行動に面食らった少年は、高層ビルの縁から身投げした少女を見下ろす。
里桜はパラシュートも付けずに、ただ近未来都市の空中を加速しながら落下している。
そして、唐突にポケットに手を突っ込み――。
「……ハルカさん。お願いします……! アタシに、力を……!!」
――渡されていた携行型照明弾を『二発』放り投げた。
打ち合わせていた合図。それが彼に届くように祈り、空から滑落する時間が続く――。