地に堕ちた、星の輝き⑥
――☆ ☆ ☆ ☆ ☆――
「……やっぱりお前らか。この僕に喧嘩を売るなんて、おこがましいにも程があるよ」
人気の無い第四街区に、冷たい風が吹き込んだ。青筋を立てている少年は、気品高い白色の『細胞電子』をまとって、暴風の中に佇んでいる。
里桜とハルカは、ゆっくりと下降して来る未済を睨み付けた。分不相応だろうがなんだろうが、敵と見定めた相手に立ち向かって来た二人が、いつも通り身構えた。
「……でも、あなたは来てくれましたね。やっぱり、放送が気に障りましたか?」
「フン……『劣等種』の安い挑発に乗ったんじゃない。僕は、お前で文字通りの暇潰しをしに来ただけだ!」
未済は口を歪めて、地表から自分を見上げる、里桜とハルカに手を振り下ろした。
天から吹き下ろすように、暴風が荒れ狂う。気を抜けば身体ごと吹き飛ばされてしまいそうな強風に晒される。
「くっ……!! ハルカさん、あの人相手に出し惜しみなんて出来ませんよ!」
「分かった……! 里桜、これを!」
里桜はハルカが手渡す剣を掴み、蒼白の『細胞電子』を発生させる。腕力を強化してもなお、非力な少女には重いその片手剣が、切っ先を地面に触れさせた。
「……やっぱり重いですね、これ……!」
「そうだろうね……でも大丈夫。その手を助ける為に、オレがここに居るんだしさ」
黒髪の少年の身体が僅かに変成し、その髪を白く染め上げる。目にはまばらな星を瞬かせ、その身体を迸る電流が覆った。
蒼白の『細胞電子』が、金髪を風に揺らす少女に供給される。『許容電量』ギリギリまで電力を増大し、弾ける雷鳴を鋭くさせた。
「……よぅし、これなら……!!」
「ははっ、性懲りもなく突っ込んで来るだけか!? また、返り討ちにしてやるよ!!」
未済が自身の周囲に渦巻かせる風を強めていく。高速で飛び込んで来るであろう相手を撃退する為に、広範囲の風を支配した。
「そッ――ぅりゃぁあああッ!!」
しかし――里桜は前方宙返りをしながら、手にした剣を思い切り『放り投げた』。
「な、何ッ!?」
「『ウインド・スラッシュ』改め――『裂風・合雷』ッ!!」
回転する片手剣は、ハルカの『細胞電子』の補助を受けて射出――元の重量のままで、風を斬り裂く。加島との戦いで炎を斬った剣技が、型を変えて閃いた。
筋力が足りていない里桜の腕を砲台にしてもなお、あまりある勢いの衝撃波が空を貫く。回転する刃が一筋の雷電と化し、輪形に風を押し退け――未済へと差し迫った。
「『劣等種』のクセに……二人掛かりだと、それだけの威力が……くううッ!!」
それは、急造の風で受けるには強過ぎる斬空だった。『細胞電子』で上昇した反応速度のゴリ押しで回避し、未済は忌々しそうに舌打をした。
「避けられました! ハルカさん、もう一本いきましょう!」
「了解、頼んだよ!」
新たに細剣を腕に構え、『細胞電子』を再び発電していく。
「チッ……そんな欠陥だらけの技、まともに受ける必要が無いんだよ!」
その様子を見て、鼻を鳴らした未済の身体が上昇し始めた。
「あっ、逃げるつもりですか!?」
「ははっ! 言っただろう、安い挑発には乗っていないって! 確かにその剣の砲弾は威力がある……だけど、離れていれば絶対に当たらないんだからさあ!!」
「……くっ……!!」
「はは、はははっ!! これだから『劣等種』は……猿知恵みたいな思い付きが上手くいっただけで、この僕に勝てるとでも思ったのか!?」
細剣を構えたまま、剣を無駄には出来ないと躊躇った少女を見下し、未済は嗤う。
少年は高度をさらに上げていく。地表で激しい音を立てる蒼雷が遠くに見え、米粒のように矮小な存在を見下そうとして――。
『――――――ッ!!!!』
――その視界が、突如として蒼い雷に覆われた。
「なっ――ッ!?」
まとっている風を砕くような轟音。未済はそれが咆哮だと気付くまでに数秒を要した。
「ぐっ……魔竜っ!! なんであんたがこんな所に居るっ!?」
少年の問いに、自らの理性を飛ばしている少女は答える事が出来ない。ただ、荒ぶる電流で編んだ喉を震わせ、吼え立てるばかりだった。
「チイッ……!! 会話すら出来ないなんて、醜いにも程がっ――うがあああああっ!?」
振り上げられた蒼雷の爪が、地に向かって線を引く。枝葉のように千切れた電流が、日の光の届かない薄闇を破いた。
爪撃によって、未済の身体を支えている風が『砕かれる』。電光の直撃を受けた身体が叩き落とされ――制服を微かに焼かれながら、少年は地表へと落下していった。
「ぐううっ……!! クソッ……この僕が直撃を食らうなんて――!!」
緊急的に風を束ね、未済は緩やかに減速――再び空中で静止する。
「――――――あ?」
速まっている思考の中で――地表に見えた、一閃の光。
翡翠のような双眸が見開かれ、尋常ではない殺気を放っている。その標的に定めるのは、離れていた距離を狭めた――少年の身体にほかならない。
殺す事を躊躇わない。その頭蓋を砕く事を厭わない。
身震いが止まらない。開いた目が閉じない。身体を移動させても――間に合わない。
(アレが直撃したら、流石にマズい――ッ!!)
「――『裂風・合雷』ッ!!!!」
虫けらのように見下していたちっぽけな光が、一直線の稲妻となって射出された。
「畜、生っ……!! 『劣等種』如きに、『アレ』を使うのは……!!」
その蒼い輝線に、未済は屈辱に顔を震わせる。歯を砕ける直前まで噛み締め、額に青筋を立てた。頭を過ったのは、普段なら躊躇われる決断だ――それでも、これ以上の醜態を晒すよりはマシだと判断し、未済は両手を高く掲げた。
「風よ――鎧となって僕を守れ!! 『乱気流の鎧ッ!!」
これまでとは比べ物にならない程の白雷が放出され、未済の周囲――いや、気付けば高層ビルに囲まれたその空間全てを覆っていた。
直後、光そのものと見紛う程に疾く、真っ直ぐに射出された細剣が飛来する――。
「ふっ、ははっ……これが、『優秀種』たる力だ……!」
――鋭い雷光は、密度を増していく風に阻まれ、速度と輝きを失いながら落下した。
「お前たち……僕にこの技を使わせた事を、後悔させてやるよ!!」
攻撃を防いだ風は勢いを保ったまま、未済の身体を覆い尽くす。予備動作だけでも相当の防御力を誇っていた乱気流を身にまとい、未済は継続的で強固な防御を形成した。
「ははっ……これで、その剣投げも効かないぞ? さあ、次はどうするんだ?」
巨大な力を以て、未済は上位者に相応しい高度を維持する。
「くっ……さっきのは当たると思ったのに……!」
「ぼやいても仕方ありません! 今のがダメなら、もっとアタシたちらしい戦い方をするだけですよ!!」
「……分かった! でも、あいつの風、相当に硬そうだから気を付けて!」
「はいっ!!」
ハルカは、相棒が使い慣れている最安値の片手剣を投げる。それはふわりと緩やかに宙を滑り、里桜が掴みやすい位置へと舞い降りようとしていた。
少女は、決して届かない星を目指すように手を伸ばす。そこはきっと、自分が失ってしまったものがある場所なのかもしれない。
しかし、今はそれで良い。その場所に至るまでに必要なものを、一つずつ積み重ねて――自分の中にある『確かな未来』を、より良いものに変える事が出来るから。
「――『双製四散』ッ!!!!」
少女は、その名前を誇るように叫ぶ。細腕で振るには重過ぎる剣を分かち、能力を落としてまで、自分の成りたい姿を映し出す。
身体から電気を発し、頭脳と四肢を直結。足回りの敏捷性を重点的に強化し、自身が剣を振るう妄想を現実に再現した。
「ハルカさん! 手筈通りでお願いしますね!!」
「了解!!」
相棒にウインクを飛ばして、なだらかな傾斜を持つビルの壁面を、蒼光の人影が駆け昇る。ポリカーボネート張りの透明な連絡通路を段違いの踏み台にして、より高く、より速く――剣を天に届かせる為の、道なき道を這い上がる。
「ナマイキなんだよっ……! 『劣等種』が『優秀種』に立ち向かうなんてさあ!!」
未済は高慢を乗せて、自らが優位にある事を叫んだ。かざした手が風を逆巻かせ、暴風を生む。荒れ狂う風の塊が、ビルの間に張られた連絡通路を紐のように引き千切った。
「――潰れろッ、虫けらがああッ!!」
その巨大な建物の破片が、風によって射出された。空気を全て巻き込むかのような衝撃波が発生し、円筒が不規則に回りながら空を滑り落ちていく。
「『天星哀歌』ッ!」
少年は自身の身体を元に戻し、祈りを込めてその名前を唄った。失われし星乙女を虚ろな姿で呼び出し、相棒を助ける為に。
「――『星天の反響』!!」
天に及ばんとする少女を目掛けて飛ばされる巨塊――それに向けて声を発する。空気を伝い、波状に広がる蒼雷の中で、命運すらも揺らがせる絶星の歌声が響き渡る。
里桜に迫る円筒に、歌声が届いた。岩の外部を覆うように音が響き、内部へと振動を伝えていく。その巨塊の持つ綻び――弱点への攻撃が当たる未来が訪れやすくした。
「くっ――――はぁあああああッ!!」
迫り来る巨岩に圧されないように、里桜は斬撃によって空中で後退を続ける。打ち、弾き、それでもなお迫り続ける、透明な壁面を蹴り飛ばす。
「技量が至らない刃だとしても、力が足りない腕だとしても――狭まる未来を斬り開く、その一撃が出るまで!!」
数十を超える斬撃を人工物の塊に向かって繰り出す。風に操られた円筒の表面積は、避ける事が出来ない程に大きい――それを一撃で破壊するだけの斬撃は、ある程度まで運を高めた程度ではなかなか再現する事が出来なかった。
「何度も、何度でも――諦めずに斬り続けるだけです!!」
だから、その奇跡が起きるまで諦めない。身体を回転させながら、剣を逆手に握り返し――ただの劣化した剣を、全身全霊を込めて突き刺す。
「貫けッ――『穿刺・閃雷』ぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
――その決意を乗せた一突きに、歌声が反響する。ゼロに等しい可能性を穿ち、訪れる最悪の命運を斬り伏せた。
ひび割れ、大きな音を立てて瓦解していく巨塊の破片が、第四街区の地面に向けて落ちていく。連絡通路だったものが完全に砕け散る前に、里桜は破片を蹴って加速した。
「ふっ……りゃああああぁああっ!!」
背の低い建物たちに降り注ぐ破片の雨の中を、蒼電が駆け抜ける。ガラスの代替品に使われていた欠片が、蒼き光を受けて煌めきを放った。
空を飛ぶ翼はない。風に乗れる力もない。落下する大きな破片を蹴り、一歩ずつ空に近付く。最底辺から這い上がると約束した足が、止まらずに走り続けている。
自分と、力を貸してくれる人の想いを合わせて、困難を打ち砕き――壁を乗り越えた。