地に堕ちた、星の輝き④
「――かなり虫が良過ぎる展開だとは思うけど……絶対に不可能、とは言い切れないわね」
頭にぼんやりと描いていた作戦を語り終えると、竜子先輩は口に指を当ててそう呟いた。
「は、ハルカくん……危険だから、止めておいた方が……」
「……いえ。むしろ、彼がこれからも嫌がらせを仕掛けて来る方が危険です。今の内に、こちらから手を打った方が良い――それだけは、間違いないかと」
猪と竜。オレたちはこれまでに二度、未済のちょっかいで危険な目に遭っているのだ。
心配してくれる癒羽先輩の気持ちは嬉しい。だが、里桜を傷だらけにされて、竜子先輩をあんな風に嗤われて、心を穏やかにしてはいられない。
「……わからずや」
オレの表情から何かを悟ったのだろう。癒羽先輩は胸元で手を握って、肩を落とした。
「ハルカさん。アタシもその作戦に賛成なんですけど……結構問題がありますよね?」
言い難そうに、それでも相棒として見過ごせない部分に意見した、里桜に首肯する。
「うん。まずは、どこで戦うか。他人を戦闘に巻き込まないようにしないといけない」
「それなら、第四街区が良いと思うわ。再開発の為に整備中で、誰も住んでいないし」
竜子先輩の提案した場所は、心当たりがある場所だった。
「第四街区って……オレたちと加島が戦った所だよね」
「……そう言えば、あそこは人っ子一人いませんでしたね。アタシたち、夕方まで誰にも声を掛けられませんでしたし」
「……お前ら、よく覚えてんなあ……って言うか、置いて行って悪かったな……」
「いや、あの時は敵同士だったし、薬を貰えただけでありがたかったよ」
「……そうか? でも、あの時は色々と放置したままだったんだよなあ……」
何故か反省している加島はさて置き、これで決戦の舞台の問題は解決した。
次は、『優秀種』と呼ばれる存在に勝つ為に、全ての使える力を使う必要がある。
「……竜子先輩。申し訳ないんですが、『守護暴走』の力を使って頂きたいんです。また、火傷を負ってしまう事になりますので、強制はしませんが……」
里桜と加島に目を向ける。二人は力強く頷いてくれた。
「オレたちが、貴女の力になります――あの花たちの、無念を晴らす手伝いをしますから」
「ッ……勿論、良いわよ。暴走を里桜に止めて貰えたんだから、恩はしっかり返すわ」
小柄な少女がその宣言に微笑んで答える。これで大きな問題は片付いたと言える。
「……私は戦力にはなれないから、戦い終わったみんなの怪我を治してあげるね?」
癒羽先輩が申し訳なさそうに呟く。オレは、その袖が少し余っている小さな手を取った。
「ありがとうございます。先輩が居れば、安心して戦えますから……どうか、そんな顔はなさらず……笑顔でいて下さい」
「……は、ハルカくん……」
頬を染めた先輩が、目を見開いて視線を重ねて来る。そのトパーズのような瞳に心を奪われていると、「んっ、んー!!」と里桜の咳払いがムードをぶち壊した為に手を離した。
「えっと……加島は、さっき伝えた作戦通りにお願い。加島と戦っていた時に感じた『アレ』は、きっと凄い力を生むと思うんだ」
「あ、ああ…………なあ、ハルカ?」
「……どうしたの、加島?」
歯切れ悪く、言い淀む。頭を掻いていた加島が目を瞑って、ようやく開口した。
「いや、あのな……話の腰を折る訳じゃねえんだが……この作戦、ホントに成功すると思うか……? ぶっちゃけ出来過ぎな話だと思うし、俺の『異彩』は……ただの……」
加島は、胸に仕舞い込んでいた『異彩』への失望を吐露する。
サステナ・カレッジの多くの生徒と同じ――この『確かな未来』に期待していたが為に、感じた大きな不安が渦巻いているのかもしれない。
自分の力が望んだようなものではなかった。自分よりも遥かに優れた人間が居た。自分の大切なものを失った。それらは、失望を生むには十分過ぎる程の力を持っていたようだ。
「……大丈夫だよ。オレと里桜に勝った、加島の力なら必ず出来る。そう信じるよ」
オレの隣で「うん、うん」と里桜が頷く。彼女は加島を良くは思っていないが、その力をしっかりと認めている。
「……ハルカ……里桜……」
「『劣等種』と呼ばれる人たち――オレたちにだって、出来る事は絶対にある。それを全部、『優秀種』って奴にぶつけてやろう」
「……ッ!」
加島は呆然としてから――その顔を不敵に笑わせた。
「……ッシャアッ!! やってやろうじゃねえか!!」
拳を打ち鳴らし、剛腕が『細胞電子』を迸らせる。
「悪ィなハルカ……なんか、ヘンな事言っちまった……でも、もう大丈夫だぜ!」
目に灯った意思の炎が、力強く燃えている。その胸の内の失望を拭えたようだった。
これで、三人と共有するべき情報は出揃った。拳を握って、遥か遠くの空を見上げる。
「……それじゃあ、未済を呼び寄せよう。二人は打ち合わせ通りの位置に着いて、癒羽先輩は第四街区付近の安全な場所に移動して下さい」
「分かったわ」「おう!」「……頑張ってね、みんな……!」
オレと里桜を残し、三人が同じ志を持って散開する。
「……ハルカさん。アタシたちはどうするんですか?」
「オレたちは、職員室と放送室、それと自動販売機であるものを買ってから、第四街区に移動しよう」
「職員室に、放送室?」
「そうそう。さっきの加島の言葉を聞いて思ったんだけど――」
オレは耳打ちをして、考えを里桜に伝えた。
「――良いですねぇ、それ! リベンジを果たしながら、みんなを助けましょう!!」
「うん。里桜なら、きっとそう言ってくれると信じていたよ……それじゃ、行こうか」
「はいっ!」
それからオレたちは、パンク状態だった職員室から伊田先生を連れ出し、全面的な協力を獲得。放送室に立ち入る許可を得るなど、必要な作業を完了させる事が出来た。
「昔よりマシだ。そんな風に希望を与えられれば、混乱を抑えられるかもしれません」
そんな、魔法のように不確かな言葉が、伊田先生に希望を与えたようだった。
これで、全ての準備は整った――オレたちの戦いが、遠くない未来で始まりを告げる。