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インフェリア・スターズ!  作者: 成希奎寧
地に堕ちた、星の輝き
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地に堕ちた、星の輝き③

 廊下を駆け抜け、中庭に辿り着く。そこには、ボロボロの身体で瓦礫を片付けようとしている、魔谷先輩の姿があった。


「……よい、しょ……ッ!? いったあっ……!!」


 元々は風情ある石柱だった、ただの大きな石を持つ。しかし、少女はその重みに耐え切れず、取り落してしまった。


「がっ、ぎゃああっ!?」


 ごろん、と転がった石が彼女の足を押し潰す。見るからに痛そうな光景に目を背けたくなるが、オレは彼女を視界に入れたままで近付いた。


「……大丈夫ですか?」


「ぐううっ……!! だ、大丈夫だから……!」


 少女は痛みを堪えて、立ち上がる。満身創痍の身体で、再び重い石を持とうとしていた。


「先輩、危ないですよ!」


「……気遣いありがとう。でも自分でした事の後始末はしないとだから……」


 少女は涙目でオレを見て、皮膚が爛れた手で石を掴んだ。


「……手伝いますよ」


 その危なっかしい、震える手に助力する。石の重さの大半をこの手に感じると、驚愕に見開かれた赤い瞳と目が合った。


「え、あっ、ちょっと……!? 良いわよ、別に……!」  


「お気になさらず。先輩だって、逆の立場だったら同じ事をするでしょう?」


 魔谷先輩は面食らって、「むう」と不服げに唇を尖らせた。


「……って言うか貴方、ゲート前で呆けていた男の子、よね……?」


「はい。覚えていて下さって、ありがとうございます」


「……ちょっと、たくましくなった?」 


「そう、ですかね……? 自分では、特に変わった感じはしないんですけど……」


 魔谷先輩は「ふうん」と首を傾げている。その幼さを感じさせる仕草と、控えめな胸元を彩る見慣れないリボンの色が、程良いギャップを生んでいた。


「おぉーい、ハルカさぁん!!」


 到着した里桜が、オレと魔谷先輩の様子を見て――何故が、愕然とする。


「なぁっ……!? そ、それは愛の共同作業……『瓦礫入投ストーン・ヘッド』!?」


「そんな猟奇的な共同作業は聞いた事ないよ!? って言うか、愛とかじゃないし!!」


「おおーい、ハルカー、里桜―っ! お前らいっつもはえーよ!!」


 声に顔を上げると、加島が大柄な身体を揺らして走って来ていた。手を離せないオレの代わりに、里桜が小さく腕を振って迎える。「シッシッ」と虫を払うようにではあったが。


「加島。悪いんだけど、中庭の片付けを手伝ってくれない?」


「それと話も唐突だな! まあ良いけどよ……ほれ、その石ころ貸してみな、先輩ちゃん」


「あっ……」


 魔谷先輩の黒ずんでいる歪な手から、重石が取り除かれる。加島が軽々と持ち上げたそれは、中庭の真ん中に向かって放り投げられた。


「片付けるって言っても、俺らの力じゃ直せねえだろ? 瓦礫を寄せ集めるのが精々だ」


「十分だよ……あ、ちょっと先に作業始めて貰っても良い?」


「ん? ああ、別に良いぜ。里桜、そこら辺に散らばった石を真ん中に寄せるぞ!」


「命令しないで下さい! アタシの身体と心を使っていいのは、ハルカさんだけです!」


「…………そ、そうか……二週間で、随分仲良くなったんだな、お前ら……」


 加島の羨ましそうな視線を無視して、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「……あ、もしもし、癒羽先輩ですか? 今どこに…………はい、また往診をお願いしたいんですけど……」


「……???」


 口を開けて呆けている魔谷先輩を一瞥して、足を庇って歩いている里桜に目を向ける。


「はい……火傷に効く薬と、疲労回復用のマッサージジェルとかがあればありがたいです。はい、はい……分かりました、お願いします」


「……知り合いに電話?」


「はい。いつもお世話になっている二年生の方で、今から駆け付けてくれるそうです」


「は、はあ……そうなの? って言うか、やたら協力的な人が近くに居るのね」


「……なんか、そう言う才能らしくて。『量産才能』とは関係無いのでしょうけれど」


「ふ、ふうん……?」


 訳が分からないと言った風に、魔谷先輩は鼻を鳴らして二人の様子を見た。


「よいせ、よいせっ! 重たいですね、この石!」


「ああ……でもよ、里桜がさっきから運んでいるそれって、握り拳ぐらいの大きさじゃねえか!? って言うか、なんで瓦礫を剣の切っ先で挟んで持っているんだよ!?」


「うるっさい人ですねぇ。アタシが剣を握っていないと『細胞電子』を使えないからに決まっているじゃないですか? こんな重たい石、腕を強化しないと持てませんし」


「……ま、マジで? 使い方が上手くない俺ですら、『細胞電子』ならいつでも使えるのに……お前、なんでそんなガタガタな状況で明るく居られるんだよ……?」


「いやぁ、良く言われますね、それ。全然ピンと来ませんけど」


「……能天気……いや、バカなんだな、里桜って……」


「あっはは!! 叩き斬って――いえ、すり潰して差し上げましょうか?」


「ヒイっ!? わ、悪かったって!! 剣の切っ先でギャリギャリすんの止めてくれ!」


 コントのようなやり取りをしながら、加島と里桜が瓦礫の撤去作業を続けている。


「…………まったくもう。こんな空気じゃ、反省も何もないじゃない……」


 小柄な少女は、尻尾のような髪の束を揺らして肩を落とす。


 その口元は、本当にうっすらとだけ――救われたように緩んでいた。




「……よし。これで大丈夫ですよ」


 駆け付けた癒羽先輩による治療を受け、身体の傷を快癒した魔谷先輩が「……あ、ありがとう」とはにかむ。その年上とは思えない、愛らしい笑顔に胸が高鳴った気がした。


「はっ、ぁんっ……! ひぅっ、くっ……!!」


 ――いや。シートの上で座っているオレに、抱き着きながら喘いでいる少女へのドキドキが、まだ収まっていないだけなのかもしれないが。


 震えているその素足には、つい先程までマッサージジェルが塗りたくられ、エロティックにぬらついていた。その危ない眩しさが未だに脳裏に焼き付き、顔を熱くさせて来る。


「……その子、大丈夫なの?」


 先輩少女が若干頬を染めながら、息を切らしてもじもじしている里桜を見下ろした。


「大丈夫ですよ。ちゃんと、痛みが出る前にしっかり癒しましたから」


 一瞬だけ唇を舐めた癒羽先輩が楽しそうに笑っている。ツインテ少女は対照的に、怪訝な顔を浮かべた。


「……ねえ。あの子は、大丈夫な人間なの? ヤバい系の子でしょ、絶対……」


 その指先は真っ直ぐに、ニコニコとしている癒羽先輩へと向けられている。


「き、基本的には優しい人ですし……腕も、確かですから……」


「……そ。貴方がそう言うなら良いんだけど……」


 魔谷先輩は耳元でこっそりと話し掛けて来た為、髪が頬に触れて擽ったかった。その悪戯な尻尾の持ち主は、頬を紅潮させている里桜の頭を撫でてから立ち上がる。

 その手は、酷い火傷を負ったままだ。癒羽先輩曰く、『専門的な治療を施さないと治らない古傷』なのだそうだ。


「……あ、ごめん……やっぱり、醜いわよね……?」


 オレの視線に気付いた魔谷先輩が、ブレザーのポケットに手を突っ込んだ。


「ごめんなさい……痛くないのか、心配になってしまいまして」


「……ありがと。でも大丈夫よ、普段着けている手袋はエチケットみたいなもので、痛いのには慣れているし……私は、自分から望んでこの傷を残しているんだから」


 少女は、ポケットから引き抜いたその手を、憂うように揉んでいた。


「……よしっ!! 大まかには片付いたぜ!!」


 里桜へのマッサージを見て、「お、俺は片付け行ってくるららら!!」と巻き舌全開で逃げ出した加島が戻って来る。視線が里桜の脚に向いていたのは、責めないでおこう。


「ありがとう加島……ホントに助かったよ」


「良いって事よ。先輩ちゃんとの戦いじゃ、全く役に立てなかったからな!」

 

 オレもそれなりには手伝ったのだが、半数近くは加島が瓦礫を放り投げてくれた。花壇から零れた土には手を付けられなかったが、また明日以降に片付ければ良いだろう。


「ふぅ……はふぅ……癒羽様のマッサージ、病み付きになってしまいそうです……」


「そう? ありがとう、里桜ちゃん♪」


 異様な敬称で呼ぶ里桜と、それを平然と受け入れる癒羽先輩。そのどちらもが、何かに目覚めているのかもしれない――いや、癒羽先輩は元々だろうけど。


 息を整えた里桜が、ニ―ハイソックスを身に着け、学園指定の靴を履いて立ち上がる。


 魔谷先輩の治療前に自己紹介を済ませていたオレたちが、ようやく向き合った。これからどうするか――誰も言葉にしなかった、未来の方向性を決める為に。


「魔谷先輩、確認だけさせて貰えますか?」


「……竜子で良いわ。貴方達には、とてもお世話になったし」


 腕を組んで、少女は薄く微笑んでいた。


「え、と……それじゃ、竜子先輩」


「……ん。どうせ、未済の事よね? これと言った話は出来ないけど、それでいいなら」


 オレが頷くと、竜子先輩は肩を竦めて眉根を寄せた。


「昼休み、花壇に水を上げてたら、突然未済が空から下りて来たのよ。んで、『管理される側のクセに花の世話をするのは生意気だ』とか言って、花壇を風で荒らそうとしたから……『異彩』を使うしかない、って思っちゃって……」


「竜子先輩の『異彩』と言うのは……やっぱり……」


「そ。あの『細胞電子』で出来た、竜の外殻をまとう力よ。未済や他の子たちは『魔竜』なんて呼ぶけど、正しくは『守護暴走レイジ・ガーディアン』って分類の能力らしいわ」


 ――皮肉にも程があるわよね。竜子先輩は、守ろうとした花すらも散らした手を、静かに見下ろしていた。


「でも、魔竜でいいわ。破壊力は凄いけど、発動中は全く制御出来ない。近くにあるもの全てを巻き込む、どうしようもない能力……さっき解除出来たのは、奇跡みたいなものよ」


 竜子先輩は語らなかったが、手以外の火傷も『異彩』のデメリットなのだろう。

 何かを守る為の力なのに、自分の身体すらも傷付けてしまう能力のようだった。


「だから、私には関わらない方が良いわよ」


「え? なんでですか?」


 里桜の素っ頓狂な声が、ツインテ少女の尻尾を振り上げさせる。


「話、聞いてた? 私の近くに居たら、危ないって言っているの!!」


「いやいや。竜子さん、さっきはちゃんと戻れたじゃないですか!」


「それは、貴女が魔竜の『細胞電子』を削ってくれたからで……!」


「ええ。あんな奇跡でよければ、アタシがいくらでも起こしますよ。それなら、一緒に居られるじゃないですか!」


 それは、少女の過ちを最低限の被害で済ませた実績を持つ者の言葉だった。里桜の浮かべた屈託のない笑顔に、竜子先輩は呆気に取られて――静かに目を伏せる。


「…………貴女、ばかなのね」


「あはは、よく言われます」


「ドMにも程があるわ」


「それもよく言われます!」


「…………ハルカ。この子、このまま放っては置けない……今後が不安過ぎるわ……!」


「あ、はは……よろしくお願いします……オレも、竜子先輩が居る方が安心です……」


「いやぁ、それ程でも! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」


 元気な声を上げる里桜。彼女が自分の置かれた立場を理解しているのかは分からないが、取り敢えず、竜子先輩との確かな繋がりが出来たと言えそうだ。


「……兎にも角にも、まずはあの人にギャフンと言わせてやりましょう! アタシたちの猪のお礼もしっかりしないといけませんし! 何より竜子さんのお花の仇を討たねば!」


 知り合ったばかりの人の為に、里桜らしい独善的な一言を言い放つ。


「り、里桜ちゃん……でも、未済さんはすごく大きな力を持っているんだよ……?」


「それがなんですか!! 竜子さんの為にも、アタシとハルカさんの為にも、アタシはこの剣を収める訳にはいきません!」


「……里桜……貴女って子は、ホントに……!」


 手を胸元で握った竜子先輩が、微かに声を震わせた。


「任せて下さい! この掲げた正義の鉄槌は、必ずあの人の頭にブチ込みますから!!」


 オレは待っていたとも言うべきその言葉に便乗し、小さく手を挙げた。


「……皆に、聞いて欲しい提案があります――」


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