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優秀種⑫

  ―― ☆ ――


「……どうにか、間に合ったか……」


 里桜の高らかで元気そうなお礼を聞いて、オレは安堵の息を漏らした。


 高等部の校舎は下層へ行くに連れて、生徒の数が格段に多くなっていった。『細胞電子』を使って無理矢理に人の頭上を通ったのは良いが、それでも時間が掛かってしまった。


 ここからでも、里桜の脚が微かに震えているのが見える。相当な運動量の動きで、あの蒼く輝く竜と戦っていたのだろう。だとすれば、長期戦に持ち込む訳にはいかない。


 幸いにも竜は、何故か里桜と対峙したまま動かないでいる。その四肢は小刻みに揺れていて、何かを堪えているようにも見えた。


『――ガッ、グウウ……ガアアアアアッ!!!!』


 雷がぶつかり合っているようにしか聞こえなかった咆哮が、くぐもった『声』に変わっていく。竜が身体を崩しながら、蒼雷を轟音と共に周囲へと放出した。


「ハルカさんっ!!」


『細胞電子』をまとい続けている里桜が、オレの隣に高速で飛び込んで来た。


「里桜、身体は大丈夫?」


「はい! 全力疾走を続けた後ぐらいの疲れはありますが……まだ、戦えます!」


 彼女は竜を相当に警戒しているのか、剣の柄を握る手から力を抜く事はなかった。


「……でも、いったい何が起こっているんだ……?」


『ギッ、グッ、うううっ……がああああああああああっ!!』


 やがて、その声が澄んでいき、女の子の声へと変わっていく。


(……この声……どこかで……?)


 聞き覚えのある声と共に、頭に憶えた手の感触を想起する。


「ぐっ……と、止められ、た……?」


 その『細胞電子』の体躯を失い、中から現れたのは――若葉色をツインテールにした、小柄な女子生徒だった。制服のあらゆる場所を焼き焦がし、顔やサイハイソックスに覆われていない肌には赤い火傷を負っている。


「……あの人は……!!」


『昨夜は緊張して眠れなかったのね。気持ちは分からないでもないわ……体調、大丈夫?』


 力無く膝を折った少女は、入学した日――ゲートへの案内を行っていた人に間違いない。


「っ!? は、ハルカさん……あんな危険な人と、知り合いなんですか……?」


「し、知り合いって程じゃないんだけど……」


 だが、『危険』と言う表現に違和感を覚える。出会った時、彼女はとても優しかった。


「……あの子、たちは……?」


 少女は、地面を四つん這いで歩き始める。自分の身体が汚れるのを構わず、瓦礫だらけの荒れ地を這った。


「…………あ」


 辿り着いたのは、仕切りが破壊され、土が零れた花壇だった。正しくは、『花壇だったもの』と呼んだ方がいい――そう思わせる程に、ただの残骸と成り果てている。


 その小さな手――酷い火傷で爛れた両手に、焼かれ、潰された花たちが掬われかける。


 ――その花びらを、風が攫う。少女に残った雷の残滓を恐れるように、その手は何も掴めなかった。


「っ!! ……また……私、は…………ッ!!」 


 地に付いた手を拳に握り、荒れ果てた地に嗚咽を漏らす。彼女の暴力で傷を負った、恐怖を抱いた――そんな被害者である生徒たちですら、その様子を気の毒に思っていた。


「……うっ、ううっ……私、はっ……どうして……!!」


 叶えられなかった慈愛と、巻き起こしてしまった悲哀。涙を零し、後悔と無力を呪いのように口にする。


 悲しみが渦巻く場所に、穏やかな静寂が訪れるのを、その場所に居た全員が願う――。


「なんだ、もう白けちゃったの? 『劣等種』同士の争いだと、幕引きにも品が無いね」


 ――だと言うのに、空から無慈悲な言葉が風のように吹き抜けた。


「……あれ、は……?」


 曇り空から、白い光が差し込んでいる。その色は太陽のものでも、里桜や竜の放つ蒼白の『細胞電子』のものでもない。眩さすら感じさせる光を携え、人影が落下する。


「とは言え、見世物としてはそこまで悪くなかったよ。学内随一の破壊力を持つ『魔竜』を相手に、一分以上持ったのは褒めてあげてもいいかもしれない」


 物理的にも上から目線で見下ろしているのは、空色の髪の少年だった。彼は白雷を放出しながら風を巻き上げ、十分な高度を保って停止した。


「……そこの金髪は、割と良い動きをしていた。あの頭の悪い猪を殺しただけはあるよ」


「っ!? まさか……あの猪さんは、あなたがッ……!?」


「そうだよ、僕がプレゼントをしてやったんだ。あのザコ羊相手にイキっている、厚顔無恥な『劣等種』共に現実を見せてあげようと思ってさ」


 ――優しいだろう? それは同じ『ヒト』に向けているとは思えない、冷たい声だった。


「そんな事よりさあ。僕が折角舞台を整えてやったのに、どうして戻っちゃうんだよ――魔谷竜子まやりゅうこ


「……あな、たっ……!!」


 魔谷と呼ばれた、ツインテールの少女が歯軋りをして見上げる。その背に庇うように――何もない花壇の前で、手を広げた。


「は、ははっ……あははははっ!! 良いね、これは素晴らしい舞台挨拶だ!!」


 見下すばかりの少年は、腹を抱えてその光景を笑い飛ばす。


「何を守ろうとしているんだ、それは!? もう僕が手を下すまでもない――全部、お前が自分でぶち壊したんだからね!」


「っ……うっ、ぐっ……ううう……!!」


 その濡れた瞳から、大粒の涙が溢れ出す。広げた両手が、力無く垂れ下がった。泣く事を恥じらう様子もなく、ただ、悲しみに顔を歪めて崩れ落ちる。


「あーあ。『劣等種』の中では圧倒的に強い力を持っているのに、そんなブザマな姿を晒しちゃってさあ……他の非力な『劣等種』共が可哀想だとは思わないの? まあ、そんなだから『劣等種』って言われるんだろうけどね……ホント、どうしようもないね」




「――ッ!!」




 侮蔑の言葉を吐き捨てる少年に向かって、里桜が跳躍する。一直線に蒼い線を描き、両手に構えた剣を振り上げた。


「……それで、お前は何をしているんだよ、金髪?」


「っ!? うっ、わぁあああああっ!?」


 空中に浮かんでいる少年が手を振り抜く。その動きから数瞬遅れて里桜の身体が吹き飛び、地面に叩き付けられた。


「くっ……!!」

 里桜は転がりながら受け身を取って、校舎の壁面を駆け上る。建築物にも使われている、武器と同じ蒼い素材――確か、マスメタルと言う名前だったか――に『細胞電子』を反応させ、身体を吸着させて出来る芸当のようだ。器用な里桜は、壁に張り付く事も出来る。


「はぁああああッ!!」


 少年の視界から高速で消え、ゴム弾のように中庭を爆ぜ――背後から切り掛かった。


「はあ……そんな稚拙な技が通用するのは、『劣等種』だけだよ」


 退屈そうに上げた手から白雷を発し、静かに振り下ろす。次の瞬間、上空から強い風が吹き下ろした。広い面を持つ風の天井が下りて来るように、空間が圧迫される。


「ぐっ……ぬぅうううっ!!」


 風が生んだ不可視の壁に阻まれ、里桜の身体が失速――落下を始める。振り抜いた刃は、少年の身体に届かなかった。


「くっ……まだまだっ!!」


「もう動くな、金髪。いい加減鬱陶しいよ」


 息巻く里桜を押さえ付けるように、少年が手をかざした。


「ぐっ……うごけ、ない……!!」


 里桜が身体を硬直させて震える。『細胞電子』を多く発しても、その状況は変わらない。


「立場を考えろよ、『劣等種』が……まあ、良い機会かもしれないな。お前のように何も知らない新入生共に、そろそろ現実を教えてあげようじゃないか!」


 少年は両手を広げて、見下した者たちに宣告をする。


「よく聞け、新入生共! お前たちの置かれた立場を分からせてやるよ!!」


「――待つんだ、未済っ!! まだ、彼らには早過ぎるっ……!!」


 学舎の中から、飛び出した伊田先生が手を伸ばす。


 願いを込めて。懇願を滲ませて。


「待つ訳、ないよねえ。どうせ遅かれ早かれ知る現実だしさ! 阿呆みたいな夢見心地から、醒める時って奴だよ!」


 ――しかし、心底愉しそうに口を歪めた少年には届かなかった。


 未済は風を唸らせ、中庭の瓦礫を巻き上げる。荒廃の気流の中で、高らかに笑った。




「――僕は高等部三年、『優秀種』の未済。お前たち『劣等種』の上位に位置し、『輝かしい確かな未来』を約束された者の一人だ!!」



 優秀種 終

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