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優秀種⑪

  ―― ★ ――


「……やっと着いたっ!!」


 剣花里桜は、腰に差した状態で触れていた柄を強く握る。悲鳴と破壊音が響く、曇天の下の中庭へと躍り出た。


「……ッ!?」


 ――そこには、地獄が広がっていた。


 元々は、多くの生徒に好まれる憩いの場だった。里桜も昼休みに、ハルカと昼食を摂った事がある。

 それが今は、あまりにも凄惨な光景と成り果てていた。花が綺麗に咲いていた筈の花壇は砕かれ、土を無残に撒き散らす。その他の彫刻物も半数以上が石の破片と化していた。


『――――ッ!!』


 ――咆哮。鼓膜を震わせる爆音を発したモノに、細まってしまう目を向ける。


「くっ……なんて、存在感ですか……!」


 そこには、蒼い竜が息巻いていた。全身を『細胞電子』と思わしき電気でつくる怪物。


「……まさか、あれが『優秀種』って奴ですか……!?」


 竜は答えず、雷の翼をはためかせ、雨の降らない雷の嵐を巻き起こす。


「きゃあああああっ!!」


「た、助けてくれっ……誰かあああああっ!!」


 動けずにいた学生たちが、襲いかかる雷風に悲鳴を上げた。


「ぐっ……それでも、やるしか……!!」


 里桜は戦慄しながらも、劣化した後の片手剣を腰の両側から引き抜き、手に構えた。


 初めて自身の放つ『異彩』で分割した、最安値の剣は手に良く馴染む。幾度も繰り返した『双製四散』は練度を増し、分離した経験があるものの造形ならば、整える事が出来るようになっていた。


(……戦いにも、随分慣れました。でも、アレとまともにヤり合うのは流石にっ……!!)


『異彩』の放ち方を磨いても、開き過ぎている地力を埋める事は出来ない。だからこそ、自分には無い力を持つ加島と手を組む事も良しとしたのだが――。


「……ッ!?」


 ――たった一人で立ち向かおうとする『標的』を、光の虚のような双眸が睨んだ。


 竜の周囲にはもう、破壊出来るものが無い――雷の体躯が、のこのこと現れた獲物を視界に入れ、火花を散らしながら里桜に近付いて来る。


 歩を進める度に、地ではなく空気を震わせる轟雷が発生する。怪物と言うよりも、自然現象と呼ぶ方がしっくり来る、得体の知れない暴虐が闊歩していた。


「……ふッ!!」


 その緩慢な動きを待たず、里桜は身体から『細胞電子』を発して跳躍。命の危機に直行する為の一直線な軌道ではなく、攻撃を有効打に変える為に、竜の死角へと飛び込んだ。


 空気を轟かせる唸り声と共に、竜の首が里桜の跳んだ方向へと向く――。


「……そっちじゃありませんよ!!」


 ――その時には、少女は何歩も先へと進んでいる。首の真後ろを正面に捉える位置まで、双刃が残光を引いていた。


「……だぁあああああッ!!」


 崩れかけた石像を足蹴にし、その接触面で『細胞電子』を爆ぜさせた。

 弾丸と化した里桜が、蒼白の電光を刃に乗せて斬り裂く。電気で構成されていた首が一時的に途切れるが、その損傷はすぐに塞がっていった。


「……くっ……この身体、マジモンの電気ですか……!! それなら、使えるではありませんか!!」


 竜の鱗や肉を削ぐように、削り取った電力が自身の剣に帯電している。武器の『許容電量』限界まで吸着した『細胞電子』を、自身を包む電流に合流させた。


「まだ、行きますッ!!」


『――――ッ!!』


 竜は吠え立ててから再び標的の姿を捉え、先程とは比べ物にならない速度で突進した。


 その破壊的な衝撃は、一撃でも食らったら過電流を起こして身体が破損する――そう直感させる、強大な電力の襲来に武者震いが起きてしまう。


 張り詰めた糸の上で剣舞を踊る極限状態。緊張感の絶えない戦場に、正常な心はすり減るばかりだろう。


「……どんな相手でも、この手で振るえる剣を握るだけです」


 しかし里桜は、どんな時でも、どんな相手でもそれを心に抱いていた。常に弱い立場にあった自分だからこそ、その礼儀を持ち続けた。 


 奪い、増強した電力で身体を強化する。竜の速度を上回るように、中庭を駆け抜けた。


『――――ッ!!』


「くっ……!!」


 理性を微塵も感じさせない体当たりを避けながら、手足から微量の電気を斬り取った。


 得た電力を消費した『細胞電子』として補い、攻勢を止めない。電気を発している残骸を蹴り、崩れた花壇の土の上を滑るように靴底を擦り付けて、速度を微量に調節する。


 減速によって詰まった距離に、電気の鱗が壁を作った。視界を塞がれた道でも、刃を以て活路を斬り開く――。


「ぃよっ……とぉおお!! ぬっ、あっぶなっ……!!」


 ――電気の身体を刃で引き裂き、その隙間をダンゴムシのように縮こまって通り抜けた。


 その後も足を止めず、何十パターンの攻撃と回避を続ける。里桜は、残光でドーム状の蒼い残像を形成するように、疾走を繰り返した。


「はぁっ…………『細胞電子』が尽きる事はないですが……ふぅっ……」


 如何に身体能力を強化しても、身体を動かす体力の摩耗は抑えられない。滝のように汗が流れ出て、『細胞電子』に蒸発させられる程の運動を繰り返した。今すぐに座り込んでしまいたい程の疲労感に襲われる。


「……ですが、今のアタシの目的は――」


 ――数え切れない程の死線を潜り抜け、危険な攻撃を何百と繰り返していたと言うのに、周囲の光景が『全く変わっていない』。円形に広がる中庭には、助けを求めて身を震わせている人が居座り続けていた。


 その予想外の光景に、思わず息を呑む。


「――なん、で……?」


 身体能力強化と、反応速度上昇。里桜は『細胞電子』によるその二つの効果を使い続けて、感覚を誤認していた事にようやく気付く。


 竜に浴びせた幾百の剣撃は、時間にして数分程の出来事だった。少女は時を置き去りにする速さで舞台を駆け巡り、竜は素早く飛び回る蛍に追随する速度を発揮していただけ。


 その高速の駆け引きは、『細胞電子』を連ねる事が出来ない人からすれば、目にも止まらぬ速さで――しかも加速をし続ける、二筋の光を眺める事しか出来ない光景だった。


 怪我をしている人でも逃げだせる。それだけの時間を稼いだと思っていた里桜は、思わず絶句する。


 ――あとどれだけ同じ動きが出来るだろう。あと、どれだけ時間を稼ぐ事が出来るだろう。そんな、言いようもない不安が心に湧き起こる。


 戦い続ける覚悟はある。絶対に勝とうとする闘志もある。


(でも、連携に慣れていないハルカさん以外の人……それも複数人を守るのは……!!)


 心の中の乱れが、想像した自分のイメージを曇らせる。


「しま――って、うわぁああっ!?」


 里桜が甘い着地をした瞬間には、竜の腕部が振り下ろされていた。雷電の爪が乱れた電流の尾を引いて、耳を劈く音を響かせる。


 少女は攻撃を咄嗟の判断で避けたが、宙に跳んだその身体に、鞭のようにしなった雷撃が襲い掛かった。


「ぐっ、んぅうううっ!!」


 剣を構え、『細胞電子』を最大限に放出。振るわれた尻尾に体重を乗せた刃を重ね、払いのける衝撃を捌いて殺す。それでもあまりある巨大な力が、軽量な少女を弾き飛ばした。


「ぐっ……すんごいパワーですねっ……流石はドラゴンって所ですか!?」


 剣を振るい、身体を乱回転させた里桜が再び竜と向き合った――。


『――――ッ!!』




「――えっ?」




 ――気付けば、目の前に危機がある。開かれた五指と、荒削りの雷爪が迫っていた。


 里桜には全く理解が出来なかった。突然時間が早送りになったように、絶望の光景が眼前に迫る。


 竜が迫る刹那――一瞬だけ、里桜の『細胞電子』の接続が途切れていた。加速していた竜には、その時間があれば身体二つ分の距離など容易に詰められる。


「――あ――――え――――」


 それは決して油断や怠慢ではなかった。修業では気付かない程の、僅かな至らなさがここに現れた。ハルカによる効率的で無駄の無い修業は、良くも悪くも堅実で安定感があったが、地力で敵わない相手との戦いでの異常事態には、決して対応出来ない。


『運が悪かった』と言うべき低さの可能性には、対抗する手段が無かった。


『――――――ッ!!』


 標的を破壊する。ただ本能に従って閉じる手の輝きに、目が眩みそうになる――。




 ――バチン。里桜の視界に、蒼色の雷が走った。




 危機の狭間に取り込まれた意識を叩き起こす――温かくて、熱い電流が身に宿る。


 既に自身の放電よりも強まっている『細胞電子』に合わせて、微調整を施すような絶妙な支援が心を奮起させる。柄を握る手に力を込めて、『細胞電子』を体外に放出した。





「――『旋流・回光ライトニング』ッ!!」




 反応速度、身体能力を強化した身体が強い輝きを放ち、周囲に電流の帯を発生――身体を丸めた里桜が高速で回転した。

 普段は空中で姿勢を制御する為に使っている力――電力が巻き起こす磁力の磁極に、自分の身体の持つ『細胞電子』の磁極を反応させ、モーターのように作用していた。


「ぬぅおおおおりゃあああああああッ!!」


 刃の回転によって、握り潰そうとした手を乱雑に断ち切った。身の安全を確保してから電流の帯を消し、着地する。『細胞電子』の補助は止めず、相対する竜から目を逸らさない。


「……ハルカさん、ありがとうございまーすっ!!」


 それでも、お礼はしっかりと。里桜は、絶対にそこに居ると分かっている相棒に対して、背中越しに剣を振っていた。



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