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優秀種⑨

 大猪の討伐から、一週間が経った。入学した日から計算すると、二週間程が経った四月のある日。その昼休みの事だ。

 

 癒羽先輩の継続治療によって、里桜の傷が完璧に癒えた為、放課後には久し振りの修業兼討伐に出向く予定だった。マスカに入っていたコインは二人合わせても微量にしか残っておらず、しばらくは地道に安全な討伐を繰り返して食い繋ぐ事しか出来ない状況だ。


 金欠と言えば――オレたちが討伐した猪は、他の草原区域に生息する危険度の高い研究生物だったらしい。素材や肉の換金でそれなりのコインが手に入ったのだが、駆け付けた癒羽先輩による応急処置や、継続治療費、装備の調達などで全て使い切ってしまったのだ。


 そんな、目に見える何かを得られた訳ではない苦闘の末に――あの夕闇の中でオレたちは、たくさんのものを得たと確信していた。


 そしてオレたちは今、貧乏生活を悪化させない為に、一年生の教室がある4階を彷徨っている。あの死闘で痛感したリスクを、少しでも減らす為だった。


 もしまた同じような事があったとして、無事に生還出来るとは限らない。ただ強さを求めるたけでなく、別方面から戦力強化のアプローチも掛ける事にしたのだ。


「むむぅーんっ……あっ、居ました!! あの野獣のような目付きとイカれた炎みたいな頭は間違いなくあの男です!」


「でかした! でももうちょっと外見的特徴の言い方には気を付けようね!」


 里桜が指差した教室の中に、見覚えのある黄色掛かった赤い髪の毛が逆立っていた。


「加島君、ちょっと良いかな?」


「あん? 何か用か――って、おお、ハルカじゃねえか!」


 自席で教科書と向き合い、唸っていた少年はパッと顔を明るくした。


「久し振りだな! 元気だったか?」


「いや、二週間ぶりぐらいだよ……まあ、元気だよ、うん。加島君も元気そうだね」


「おう! って言うか、『君』なんて付けるんじゃねえよ、水臭いじゃねえか!」


「え? ああ、うん、分かったよ加島……あだっ、だっ!!」


 首に太い腕が回され、肩をバンバンと叩かれる。加島の方が圧倒的に大柄な為、脇に抱えられた獲物のようになってしまった。

 随分と馴れ馴れしいが、目的達成には好都合かもしれない。戦闘になる事を警戒して、里桜の快復を待つ必要もなかったかもしれない。


「その様子だと、俺との戦いで出来た傷も残ってないみたいだな!」


 オレを解放し、里桜とハイタッチをしようとして威嚇された加島が笑った。アレだけコテンパンにされたのだから、敵対意識を持って然るべきなのだろう――。


「ハルカさん! どうしてこんな悪漢と話なんて……アタシたちは、この男に勝つ為に特訓をしなければいけない筈です!」


 ――そう言えば、里桜はそんな勘違いもしていた。闘志を滾らせて、剣の柄に手を掛けた里桜をどうどうと宥める。


 確かにいずれは超えなければいけない相手ではある――しかし、その決着を付ける前にやらなければいけない事がたくさんあるのだ。


「ハハッ、悪漢か! なんでか、俺を見た奴はみんなそう言うんだよな」


 自覚が無い事には本当に困り物だが、だからこそ近付き甲斐があると言うものだ。そんな自然災害のように厄介な彼に、戦闘を吹っ掛けるような連中は、加島の火力と膂力によって蹴散らされたと噂を聞いた。


 ――つまり、現時点では彼の近くに居れば、無駄な戦闘を避けられると言う事だ。


「それで、急にどうしたんだ? 何か俺に用事か?」


「ああ、いや……用事がある訳ではないんだけど。ちょっと話でもどうかなと思って」


「それなら丁度良いや。ちょいと教えて欲しい事があるんで、付き合っちゃくれねえか?」


「別に良いけど……なに?」


 加島は目を輝かせて教科書を持ち、見開きページを手で叩く。


「勉強を教えて欲しいんだよ。俺、こう見えてもあんまり勉強が得意じゃなくてな……」


「どちらかと言えば見た目どおもごごごごっ!!」


 余計な事を口走ろうとした里桜の口を塞ぎ、「うわあ、それは意外だね!」と心にも無い言葉が飛び出す。加島は「だろ?」と気分良く鼻を鳴らした。危なかった。


「だけどよ、見た目だけ理知的に見えても意味がねえ。つー訳で、ベンガクメン?だっけか……そっちの評価も、それなりに良いモノを出したいと思い始めたんだ」


 着崩した制服や舞い上がる髪の毛、言動――それらは印象を与える情報の大半だが――から少し荒っぽい印象を受けていたが、加島は根本的に真面目な性格のようだ。


 教科書には赤ペンで書き込みがされている。字が汚くて読めないが、熱意は伝わった。


「……なんか、偉いなあ」


「偉くはねえよ。単純に、『異彩』以外の事もしっかりやらねえとって思って……お前らと戦ってから、考え方が変わったんだよな」


「もごむぐ……ぷはぁっ……アタシたちと戦ってから?」


 オレの手を取り払いながら、里桜が目を丸くした。


「おう。お前ら、すっげえ弱かったからな。特に、『異彩』を使ってボロ負けしたお前は」


 ビシリと指を差され、里桜がわなわなと身体を震わせる。


「カッチーンッ!! もう許しませんよこの下郎め! ここで成敗してくれるうッ!!」


「うわあああっ!! 里桜、抑えて抑えて!!」


 剣を両手に持ち、『細胞電子』を大量に放出した里桜の肩を無理矢理押さえ付けた。強化してもなお、素の状態の俺に制止される少女が、鼻息を荒くして軽い剣を振り回していた。


 その標的である筈の加島は、ゲラゲラと笑いながら机に頬杖を突いた。


「お前たちは、俺が生涯相手にして来た奴らの中で一番弱かった――だが、ピカイチで格好良かったぜ」


「ぬぅあああああああ…………あ?」


 水車のように剣を振る手を突然止めて、里桜はポカンと口を開けた。


「これまでに戦いを挑んで来た奴らが主にそうだったんだが、普通は力の差を感じた瞬間に、自分の身を守る為に負けを認めるもんだ。だが、お前らからは『負けない』って心がギンギンに伝わって来た……意識がなくなるその時まで、戦い続けた」


 ――勝った側が尊敬するって言うと、嫌味に聞こえるか。苦笑混じりに、加島は呟く。


「お前らは俺に負けた。けどよ、俺はお前らを格好良いって思ったんだよなあ」


「……まあ、そうするしかないって思って、足掻いただけなんだけどね」


「バカ野郎。それが簡単に出来ねえから、お前らを特別視してるんじゃねえか」


 加島にデコピンをされ、「あだっ!」と声を出してしまう。火炎放射器の引金を引いている指は太く、力強かった。


「……強さなんて関係ねえ。大きさなんて関係ねえ。そう言わんばかりだったぜ?」


「……ふんっ。それなりに見る目はありそうですね……」


 里桜が剣を収め、腕を組む。そこには自然と胸が乗り、膨らみが少しだけ寄せ上がった。


「ハルカ。一つ確認したいんだが……俺と戦った時、『異彩』って使えたのか?」


「…………ううん。あの時、オレは何も出来なかった」


「……そうか。戦い終わった後、どうにもおかしいと思ったんだよ……あんな格好良い奴が手加減なんてするかな、ってな……」


 眉間に皺を寄せて、加島が大きく息を吐いた。


「早とちりをして、悪かった。けどよ、丸腰で俺の挑戦に応えた男気にはマジで惚れたぜ」


 なし崩し的に応じざるを得なかっただけなのだが、これを言うのは野暮な気がした為に黙っておこう。加島が突き出して来た拳に、自分の拳をぶつけて応えた。


「それから、そっちのお前……里桜、だったか? 俺はお前とも、ダチになりたい所だ」


「友達になるのは、御免被ります」


 里桜は「ただし」と続けながら、おずおずと手を開く。




「……あなたはアタシよりも強い……だから、力を貸して下さい。その豪傑な腕と実力で、ハルカさんの助けになってはくれませんか……?」




 ――それは、アタシには出来ない事なんです。


 自分ではなく、オレの為に。下唇を噛んで、悔しさを押し殺して。


 その様子を見て、剣花里桜と言う女の子の事がさらに分かった。


 彼女は――自らの定めた正しさに背かなければ、手段を一切選ばない。時には屈辱や苦痛を味わってでも、自分の掲げる正義を全うする。


 ――その剣を捧げられているのだから、オレも中途半端な事は出来ないだろう。


「……おう! こんなにかわいい女の子の誘いを断っちゃあ、男が廃るってもんだ!」


 手の平が合わさり、共闘の誓いが契られる。


「ぐぬぬぅ……あなたはいつか必ず、張ッ倒しますけどね!!」


「ハハッ、それにはまず筋トレからだな! お前は一撃が軽過ぎるからな!」


「くぅうッ、バカにしてっ! 一瞬友達になってあげても良いかと思いましたのに!」


 いーっ、と歯を見せて唸っている里桜は、少しだけ楽しそうに見えた気がした。



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