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優秀種⑦

  ―― ☆ ――

 

 出現した盾が星屑を散らす。蒼白の光を放つ粒子が現実の空に舞い上がった。


「グブッ、フィイイイッ!! ブフウウウウッ……!!」


 頭で押そうとも、牙で貫こうとも。星乙女の開かれた目が生む大盾は崩せなかった。


 やがて、押し破ろうと四肢を膨らませていたその巨躯が完全に停止する。オレは背後に佇む彼女を、電流の繋がりを使って引き連れ、走り出した。


『細胞電子』によって足が速くなっている実感はあるが、里桜のようにアクロバティックな動きをする程の余力は無い。彼女の召喚に多大な電力を割いていると言う事なのだろう。

 そして、『星海の大盾』の防御力は非常に高い分、消費する電力がかなり大きい。里桜に『細胞電子』を幾度も供給した時のように、猪が暴れ回る度に脱力感が強くなっていく――あまり悠長に構えている暇も無さそうだ。


「はっ……ふっ!!」


 身体に残っている電力を脚部に集中したが、思うように強化が出来なかった。飛距離はまるで足りず、高さも予想の半分程にしか届いていない。


(……やっぱり、里桜の動きは全員が簡単に出来るって訳じゃないか……!)


 自由自在に空と地を舞う剣士を誇らしく思う気持ちが心の中に湧き上がる――やはり、あの子は本当に凄い。見習うべき所、憧れる所がたくさんある。


 しかし、今はそんな事を言っている場合ではない――まず、里桜を付け狙うあの猪をどうにかしないといけないのだから。


「ガッフォ……ブフォッ、ボホオオオオッ……!!」


 未だに大盾を牙で削り、突破しようと試みている猪が唸る。強化が足りなかった跳躍では、その巨体に届かない――だから、着地したばかりの草原をもう一度蹴り飛ばした。


 一度の試みで足りないなら、幾度も挑戦すれば良い――里桜の振るう剣のように、その刃が敵を斬り伏せるまで、何度でも閃かせるだけだ。

 二度、三度と飛び跳ねてようやく猪に接近する。とは言え、オレの力は里桜のように接近戦に有利な力ではない。


「バッフォ、ボフォオオオッ!!」


「……っ!!」


 里桜を守る『星海の大盾』が暴れ狂う乱舞をかまされ、身体から多くの『細胞電子』が失われる。どちらにせよ、長くは持たない――猪の硬い毛で覆われた背をわざとらしく踏み鳴らして駆け、跳び上がる。


「……こっちだ、ケダモノ野郎ッ!!」


「ガッ……ブフォオアアアアアアッ!!」


 背に乗られた屈辱が上書きされ、標的がオレに移る。その直後に、『天声哀歌』に目を閉じさせ、『星海の大盾』を解除。代わりに、背中に携えていた予備の片手剣を構えた。


「おおおおおっ、ッりゃあああああッ!!!!」


 両手で振りかぶり、投擲する。蒼き一矢が乱れた直線を描き、切っ先が猪の頭部に向かって空を裂く。


「ブハアアアアッ、ヒイイイッ!!」


 猪の鼻息が、その矮小な一撃を嘲笑う。如何に狙い通りの軌道を辿っても、たかが両手剣一本ではその巨体に大したダメージを与えられないだろう。


「……っ!!」


 ――追憶する。


 彼女は、文字通りオレの運命を大きく変えてくれた。彼女が失われたとしても、その事実が変わる事はない。


 その力を再現する。彼女の導きと誘いが、停滞する運命を変えてくれた事実を。




「――『星天の反響エァ・ラィラ』ッ!!」




 虚ろな少女が開口する。喉部分にある『細胞電子』が細動し、澄み渡る旋律を奏でた。


 まるで、学園祭のステージ上で彼女が高らかに歌い上げた時のように。まるで、人としての輝きを放っていた彼女にオレの心が震わされた時のように。


 歌声が草原に響き渡る。清らかな声音が蒼白の波と化して、一帯を包み込んだ。



 ――声が滑り落ちる剣に干渉し、反響する。真っ直ぐに進んでいたそれは、切っ先を微かに上向け、落下する角度を調整した。


「ガブフッ……ブファアアアアアアッ!!!!」


 その攻撃を完全に舐め切っていた猪が絶叫する。巨体を持っていても鍛えられない、小さな弱点――血走っていた目を、剣の切っ先が貫き、目玉を突き潰した。


 訪れる筈の運命を、少しだけ変更する。それが、『天星哀歌』の持つ歌声――『星天の反響』の能力で間違いないようだ。


「ふっ、はぁっ!!」


 空中に漂い続けるオレは背中に差していた長剣を抜き、身体を捻って投擲する。


 ――命中精度は低い。バランスの取れない空中に居る事、重い長剣の扱いに慣れていない事が大きく響いている。


「『星天の反響』ッ!!」


 だからこそ、再び歌声を響かせて運命を操作する。残ったもう片方の目を潰す為に、未来を可能な限り捻じ曲げた。


「バフォッ、ボハアアアアッ!!!!」


「……くっ……!!」


 しかし、その一撃は軽々と牙に防がれ、弾き飛ばされてしまった。暗がりの増す空に甲高い音を響かせながら、剣が乱回転して落下する。


(……『星天の反響』は、あくまで可能性を高めるだけしか出来ないか……!)


 その歌声では、確実な未来は手繰り寄せられない。『運を少しだけ良くする』が精々だ。


『星天の反響』は、正直に言えば使い勝手がそこまで良くない能力だろう。『劣化因子』によって得られる能力らしく――超能力や魔法の域には及ばない。


「ブフォオオオアアアアアッ!!」


「ぐっ、ああああっ!!」


 猪の振り上げた牙が左腕を掠める。その衝撃と激痛で、身体のバランスが崩れた。


 攻撃が届かない距離まで跳んだつもりだったが、『細胞電子』による強化が足りなかった。『天星哀歌』の発動中は、ほとんどそちらに電力を持っていかれてしまう――受けたダメージも、身体全体の神経が悲鳴を上げる程に深刻だった。


 その頭の振り上げで、目に突き刺さっていた剣が引き抜かれる。遠い場所に放り捨てられてしまったそれを、もう一度使う手法も無くなってしまった。


「……だから、どうしたって言うんだ!!」


 ここに至るまでの足取りを重くさせていた剣なら、まだ背負っている。予備の刃たちを引き抜き、力の限り投げる。


 崩れた姿勢で放られたそれが容易に弾かれようとも、猪に嗤われようとも――打てる手が無くなるその時まで、戦い続ける。


 ――守るべき者が居るのだから、退く事は出来ない戦いなのだ。


「……くっ……! もう、武器がっ……!!」


 しかし、幾度もの投擲を繰り返し、背に回した手がとうとう空を掴んだ。最後の一本だった、反りのある刀剣は体毛に弾かれ、夜空で回る。


 画面越しに映る一番星の光を受けて、蒼い刃が零れ落ちる。粒子を舞わせながら、切っ先が地に向かっていく。


 打つ手が――無い。投じる武器も無ければ、もう『星海の大盾』を発動出来る程の『細胞電子』も残っていない。呼び出した星乙女の身体すらも、存在感を徐々に失っていく。




 だとしても――。




「……諦める訳にはいかない……ッ!!」


 ――サステナ・カレッジでは致命傷を負っても死にはしない。その文言を信じれば、今ここで諦めても全てを失う訳ではないけれど。


「……里桜が傷付いて良い訳じゃないだろうッ!!」


 想いを綴る。掲げた意思に呼応するように、星乙女が掻き消えそうになる身体を保った。


 武器が無いなら、己の身を使う。『星天の反響』を自身に作用させる事が出来るなら、まだ出来る事はある筈だ。


「……ぐっ……うおおおおおっ!!!!」


 込められるだけの『細胞電子』を手に集中し、蒼白の雷を迸らせる。『許容電量』を越えて、手が焼けるような痛みを訴えても、まだ電力を供給し続けた。


「あ、ああああっ……!! 歌って、くれ……!!」


『星天の反響』を使えるだけ残していた『細胞電子』を星乙女に供給し、歌声を奏でる。


 しかし、オレの身体にその声の力は干渉しなかった。


(オレ自身――或いは、人体には作用しない力なのか……っ!?)


 拳に込めた電力はまだ残っている。ただ重力に引かれて猪に向かうだけでは、攻撃を弱点に叩き込む事は出来ないかもしれない。


 ――それでも、何も出来ないなんて事はない筈だ。




「……食らえッ――!!」




 落下する身体の重力と全身の力を込めて、拳を振り上げた――。




「――まだ、武器は残っているのではありませんか?」



 

 ――その時、オレを窘めるような声が聞こえた。


 

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